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 ミアが、エリザベス・ル=グリーンヒルからその男を紹介されたのは、彼女が主催する、四度目の茶会の席でのことだった。


 メイスンという男は、魔法貴族の傍系も傍系であったが、直系に勝るとも劣らぬ魔力を有する魔法使いだった。


「お会いできて光栄です、ミア嬢。貴女のお噂はかねがね……」

「噂?」

「ル=ヴァーミリオン家に咲く美しい花が増えたと」

「……まあ、お上手ね」


 クラレンスほどではないものの、整った容姿をしたメイスンに褒められたミアは、まんざらでもない気持ちになる。


 けれどもメイスンのその褒め言葉は少し引っかかった。


 ミアからすれば、義姉のコンスタンスはまったく「美しい花」ではないからだ。


 ミアより明らかに劣っているコンスタンスと並べて称賛されたのだとすれば、素直には喜べない。


 それでもこのときのミアはそんな激情を押し隠して微笑んだ。


 メイスンと直接会ったのはその茶会の席きりだったが、それ以後は親しく手紙を交わすようになった。


 メイスンもミアも、婚約をしている相手はおろか、特別親しくしている異性はいなかったものの、うら若き男女がふたりきりで直接会うなどということは憚られる。


 ミアはメイスンに対し、「そういう」気持ちにはなれなかったものの、彼が綴る美辞麗句の称賛を受けることは、単純に快感だった。


 一方でメイスンの言葉の端々から、どうあってもミアがいるル=ヴァーミリオン家との縁が欲しいという欲望も、如実に感じられた。


 メイスンは――彼が語ったところによれば――生家は彼が生まれたときから貧乏で、魔法の才はあるがそれを十二分に伸ばせるだけの満足な教育を、今のところ受けられていないとのことだった。


 そんな身の上話を便箋上で聞かされたミアは、少なからずメイスンに同情し、そして共感した。


 一方で、ミアはメイスンとのやり取りを次第に煩わしく思うようになっていた。


 メイスンは次第に上昇志向を隠さなくなり、手紙の中からミアを称賛する言葉はどんどんと少なくなっていたからだ。


 それにミアの想い人はクラレンスで、間違ってもメイスンではない。


 メイスンと親しくしていることがクラレンスに伝わるのは、正直なところ避けたいとミアは思うようになっていた。


 相変わらず、クラレンスはなににおいてもコンスタンスを優先するし、どこか他人行儀な様子のままで、コンスタンスはコンスタンスで、ミアの嫌がらせに動じているそぶりを見せない。


『ミア嬢が次期当主になれたらいいのに』


 そんなときに届いたメイスンからの手紙が、ミアに天啓を与えた。


 ――そうよ。コンスタンスが外へ嫁いであたしが次期当主になれれば……クラレンスだってあたしに惹かれるかもしれない!


 魔法貴族の家督相続は性別ではなく長子であることが優先されるが、加えてル=ヴァーミリオン家は治癒魔法で栄えた家柄ということもあって、治癒魔法に秀でたコンスタンスが次期当主に指名されている、という背景があった。


 しかし、もしコンスタンスが他家へ嫁ぐことになれば、次期当主の席は空く。


 そうなれば――もしかしたら、治癒魔法が使えるミアがそこに座れるかもしれない。


 クラレンスは様々な魔法を扱い、特に火の魔法を使うことに秀でていたが、治癒魔法はからきし駄目だった。


 ――そうよ。それがいいわ! あんな無愛想で冴えない女より、あたしのほうが愛嬌もあるし、次期当主にふさわしいわよ。


 ミアは近ごろは重く感じられたペンを取るや、思い立ったが吉日とばかり、すぐにメイスンへの手紙を書き綴った。


 内容は、コンスタンスにメイスンを紹介したい、というものだった。


 上昇志向の強いメイスンのことだ。一も二もなく飛びつくことは目に見えていた。


 クラレンスほどではないものの、メイスンだって見目はいい。


 コンスタンスは地味で、いかにも男慣れしていない女に見えたから、メイスンが口説けばきっと心がぐらつくだろう――。


 ミアは自分のこの計画に穴はないし、なんだったら天才的な発想だとさえ自画自賛した。


 メイスンの志向するところはミアとは違うだろうが、いずれにせよクラレンスとコンスタンスの結婚が阻止できるならば、それでいい。


 メイスンは、次の手紙でミアが思った通りにコンスタンスと会うことに前向きな姿勢を見せてくれた。


 あとは、ミアがコンスタンスの在宅を見計らってメイスンを紹介すればいい。


 どうせ、コンスタンスは男の上手いいなし方も知らないだろう。


 なんだったらメイスンが多少強引にやってもいいとさえ、ミアは思った。


「お義姉(ねえ)さま、紹介するわね。こちら、わたしの友人のアルバート・メイスンさま。どうしてもお義姉(ねえ)さまにひと目お会いしたいって……ふふ、必死でしたの」


 コンスタンスは黒っぽい目をまったたきさせて、少し呆気に取られた様子でミアを、次いでメイスンを見た。


「アルバート・メイスンです。お恥ずかしい……。それでも、どうしてもコンスタンス嬢、貴女にひと目お会いしたく――」


 メイスンがその美しい唇から、コンスタンスを褒める美辞麗句を紡ぎ出したが、コンスタンスはただ固まってふたりを見るばかりだ。


 ――男に慣れてないからって、限度があるじゃない?


 ミアは内心でコンスタンスの態度をせせら笑う。


「いいんじゃないの、お義姉(ねえ)さま? お義姉(ねえ)さまとメイスンさま、ふふ、とってもお似合いに見えるわ」


 馬鹿さ加減がね、と続けたくなったのをミアはどうにかこらえる。


 ル=ヴァーミリオン家の次期当主を前にして、舞い上がるメイスンの姿は、事実ミアには非常に滑稽に映った。


 メイスンに熱心に口説かれて、表情をなくして固まるコンスタンスも。


「ねえ、一緒にお菓子でも食べましょうよ、お義姉(ねえ)さま。きっとそうすればメイスンさまのことも気に入って――」


「――だれの許可を得てその男を我が家に入れたんだ?」


 固まったままのコンスタンスを好機と見て畳みかけるミアだったが、そこへ場の空気を引き裂くかのような、鋭い声がかかった。


「……クラレンス」


 コンスタンスが、うめくように双子の弟の名を呼んだ。

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