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アドレセンス・デザート  作者: せいやし
一章―劣等感―
6/7

5話

 俺の隣に、不自然なぬくもりを感じて目を覚ました。良く見慣れた天井。横を見るとそこには何も無く…

 「ひゃあ!?」

 間抜けな声が出てしまった。何も無いはずなどない、そこには安らかな寝顔のラサがいた。そうだ…昨夜、俺はこいつと…


 あれから俺は、とても長い間ラサの腕の中で泣いた。乾燥した砂漠ではもったいないと思ってしまうほどにたくさんの涙が俺の心のわだかまりを洗い流すかのように、あるいはそのわだかまりそのものが俺から抜け落ちていくかのように流れ、その涙はこぼれおちることなくラサの服に染み込んでいった。ひとしきり泣いて落ち着いた頃、俺の心はすっきりしていた。ラサに何を言うべきか分かっていた。

 「ありがとう」

 思えばラサに感謝の言葉を伝えるのはこれが初めてだ。最初に出会ったあの時も、命を救ってくれたあの時も、俺は自分の弱い心ばかり気にしていた。それを恥ずべきこととは思わず、むしろこうやって礼をするぐらいに成長したと捉えられるのは、ひとえにラサのおかげに違いない。

 「そんなことはないよ。むしろ君の悩みが少しでも減らせたようで良かった。」

 そう言うと思った。やっぱり、こいつは優しくて、誠実で、いつも人のことを第一に考えている。いい奴だ。少し前の俺ならとんでもない劣等感を抱えているであろうほどに。でも今はそんな感情は起こらない。今あるのは、未来への希望と、自己肯定感だ。

 未来、という言葉で思い出した。俺にはまだ、やるべきことが残っている。

 「ラサ、あの怪物、まだ動いているんだよな。」

 ラサは俺の意図を察したようだった。優しい目が険しくなる。空気がまた冷たくなる。

 「俺に奴を倒させてくれ。そしてそのために、お前たち二人の力を貸してくれ。」

俺が一人で挑むわけではないと知り、ほんの少し安堵の表情が隠れるが、それでも一筋縄では行かないらしい。こいつは俺を引き止めることを言ってきた。

 「まだ、休んでて良いんだよ。それに、その決断は君の意思なのか? 兵士としての立場から言っていないのか? 君が、どうしたいかに従うんだ。」

 俺の答えは決まっていた。

 「俺が怪物を倒したいのはな、お前のためなんだよ、ラサ。お前にとって俺が恩人なように、俺にとってお前も恩人なんだ。大切な人への思いは、行動で表したいって、お前も良く知ってるだろう。それに、あの道はいずれお前たちが通らなきゃいけない道だ。お前たちにとっても悪くない話のはずだ。」

 「その気持ちは嬉しい。だが、やはり心と体が疲れた状態では危険ではないのか…」

 「疲れてなんかいないさ。なぜなら、今からたっぷり休むからな…暖かい布団で、思いっきり寝る。」

 ああ、そうだ。休もう。休んで、そしてまた頑張れば良い。そのときにまた辛くなっても、また休んで。無理をする必要なんてなかったんだ。周りから見てどんなにみじめでも、俺は俺だ。どんな条件も必要無い、俺を俺のままで認めてくれる人がいるから。その気持ちが伝わったのだろう、ラサはまた俺を一撫でした。

 「なぁラサ、俺、わがまま言っても良いか…俺、今日はお前の隣で、同じ布団で寝たい。」

 特に何も考えずに、頭に思い浮かんだことをさらりと口に出した。直後、俺がどんなに恥ずかしいことを言ったのか、ラサの顔を見て気づいた。さっきまでの優しさに満ちあふれたような穏やかな顔とはずいぶん違う、顔を赤らめて照れたような焦ったような顔だ。

 「同じ布団で寝るなんて、そんな恥ずかしいこと…いや、でも、君の頼みだからな…」

 幸か不幸か、こいつの律儀さが俺たちが恥ずかしい状況に陥るのを加速させている。慌ててお前が嫌ならいいと伝えたが、嫌ではないし、何より君が望んでいるのだからと言って聞かない。稚拙な押し問答を繰り返した後、根負けしたのは俺で、白い顔を真っ赤にさせながら、ぎくしゃくした動きでラサの待つ布団に入った。

 布団という布でできた閉鎖空間にふたりきりでいることで、相手の存在を今まで以上に強く感じる。香でも付けているのか、どこかいい香りと、それでも昼の暑さでかいた汗のにおいが混ざった独特の、どこかなまめかしい香りがふわりと漂う。俺は今までの人生を孤独に過ごしたから、視覚と聴覚以外でここまで他人を意識したことは無い。ラサの存在をもっと認識したくて、少しためらったもののこいつも嫌ではないと言っていたことを思い出し、ええいままよとラサを抱き寄せた。

 細い。例え怪物に攻撃を届かせたといえど、それはこいつがそれだけの技術を持っていたのであって、筋力などは軍人の俺のほうがずっと強そうだった。しかし、その細い体格でも、どこか芯の通った暖かみ、いや熱さと、それに比例する強さを感じられる。それはラサの持つ物理的な強さであるというよりは、精神的なものから来ていると感じられた。

 しばらくした後、俺は三度頭を撫でられた。安心の証、許容の証。そういえば最後に頭を撫でられたのは幼子の頃、あの師匠にであったか。思えば親にも、まして教師にも頭を撫でられた記憶はなかったかのように思える。俺が幼い頃注がれなかった愛情を、その分ラサに注いでもらっているようだとこいつに伝えたら、また赤い顔をするだろうか。

 兎にも角にも、その手は俺を睡眠に誘うには十分だった。さっきまであれ程うるさかった自分の心音も、顔の火照りも、ラサに撫でられることで落ち着いていった。俺はもしかしたら誰かに撫でられるのが好きなのかもしれない。

 俺を認めてくれた、大切な人の存在を強く感じながら、俺は何年ぶりかの独りではない夜を過ごした。


 …とかその時は気取っていたものの、一晩経ってみれば、思い出せば思い出すほど、恥ずかしさと嬉しさと、その他いろんな感情が溢れ出てくる。顔が火を吹いたように熱い。色が白いのも相まって、きっと俺の顔は信じられないくらいに真っ赤になっているだろう。誰にも見られていないのが不幸中の幸いか。

 「あっ、ダッカさん! お目覚めですか。」

 「へやぁ!」

 また間抜けな声が出た。俺を呼んだ声の主はカサブランカ。そういえば隣の部屋で寝ていると昨日ラサが言っていたか。

 「おやおやぁ? 顔が真っ赤ですよ? もしや昨晩、ラサさんとあんなこととやこんなことを…」

「してない! 断じてしてない! ただ一緒に寝ただけだ!」

 とは言ったものの、それだけでもだいぶ恥ずかしいことに思えてくる。というか「一緒に寝た」って…状況次第ではそういう意味になるのでは…

 「そっ、そういうお前も、ラサとそんなことやったことあるんじゃないのか!」

 あまりの恥ずかしさに、少しばかりの仕返しをしてやろうと強引に話題を変えた。まあこの旅を二人だけで続けているくらいだし、そういう仲なのかもしれないが…

 「いや? 全然。同じテントの中で寝るぐらいで、やましいことは何もしてないですよ?」

 「あっ、そっ、そうか…」

 「同じテントで寝る」という言葉にやや引っかかったものの、少し安心した…って、俺は何が心配だったんだよ…

 「じゃ、私は準備して来ますね。」

そう言ってカサブランカはこの部屋を立ち去った。ラサとふたりきりになる。ふたりきり…

 カサブランカがまた近づいてこないか、一応ではあるが軍で培った注意力を駆使して彼女の気配を探る…うん、大丈夫そうだ。

 未だ気持ち良さそうに寝ているラサに向き合った後、意を決してあいつの頭を撫でる。

 色も質感も俺とは違うが、その髪が生えた形の良い頭を撫でていると不思議な満足感で心が満たされていく。昨日、泣きじゃくる俺を撫でたラサも、こんな気持ちだったのだろうか。少し体制を変えて抱き寄せるようにして、背中をさすってやると、こいつの体つきが直に手に伝わってきてまた赤面してしまった。

 「ダッカ? そんなに私が気になるのかな?」

 「にゃあ!?」

 本日3度目の間抜けな声。さすがに情けなくなってくる。というか「にゃあ」ってなんだよ「にゃあ」って。俺は動物か。

「いやまぁ…今までのお返し…みたいな?」俺自身なんでこんな行動に出たのかよくわかっていなかった。ほぼ無意識の行動だ。それだけラサを求めていたのか。だがそんなごまかしの言葉でも、こいつを赤面させるには十分だったらしい。結局また二人の顔は昨晩のように真っ赤に染まったのだった。

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