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アドレセンス・デザート  作者: せいやし
一章―劣等感―
3/7

2話

 それから3日経っただろうか、検問所にいつもより早い補給が来た。なんでも、この地域にかなり大きな怪物が出たためその討伐隊が結成されたらしい。この国境検問所を討伐隊の拠点に使うための、いつもより早く多めの補給ということだった。

 国内の農業や経済は逼迫しているのではないのか。そんなことをする余裕があるのか。最近のサー国は何か変だ。なんてことを上の空で考えていると、補給に来た兵から思いがけないことを言われた。

 「この作戦には国内の兵の大半が参加するからな。ダッカ、お前も行くんだぞ。」

 そんなに多くのリソースをこの作戦に割くなんていよいよ変だ、とか、俺がいない間の警備はどうするんだ、みたいなことより先に、自分の名前が出てきたことに驚いた。この俺が、他人からさんざん役立たずと言われた俺が、まさかこんな大きな作戦に参加できるなんて。もしかしてここで功績を上げることができたなら、それが高く評価されて、都を守る兵になれるかもしれない。いや、肩書はどうでも良い。ただその実績で、人から好印象を持たれるかもしれない。人の役に、立てるかもしれない…

 「準備しておけよ。出発は2日後だ。」

 「わかりました。」

 こんな機会はなかなかない、もしかしたらもう二度と来ないかもしれない。だから、逃す訳にはいかない。俺は、来たるべきその日に備え、準備を万端にすることにした。

 ふと、作戦要項の作戦決行地の欄に目が止まった。この検問所を中心とした地域で、カリハ国の国境に近い町の付近にも及んでいた。他国の領域で軍事行動をするなど、非常に危うい行動ではないかと思ったが、それよりも俺が3日前に送り返した、あの世間知らずな旅の一行が気になった。よもや襲われてなどいないだろうか。見たところ戦いには不慣れなようだが。太陽のように明るい笑顔の少女と、空のように広い心の青年を思いだすと、胸騒ぎが止まらなかった。


 そして訪れた決行日。普段は俺以外に人のいない検問所は国中の兵で溢れ、異様な雰囲気を漂わせていた。討伐隊隊長の話によると、南東のほうで怪物の目撃情報があったため、カリハ国に入って索敵、交戦するらしい。

 出発前の休憩時間、俺は水飲みに集まった兵たちが奇妙な噂話をしているのを聞いた。

 「最近の国政はどこか変だな。」

 「そうね…サー(王)もご病気がちだと聞いたし…執政を執っている大臣が、何か企んでいるのかもしれないわ。」

 「おいおい…あんまり政治を批判するようなことを言うのは良くないぜ…どこで誰が聞いているかわかんねえ。」

 僻地を担当する俺には関係が無いと言えばそれまでだが、都ではそんなことが起こっているというのか。とはいえ、俺もこの国の国民であることには間違い無いし、情報を取り入れておいて悪いことは無いだろう。そんな建前をつくって、本当は暇だったので、盗み聞きを続けた。

 「噂によると、軍トップのエスファハンが政治に介入してるとか。」

 「それ、大丈夫なのか?政治の時間に習った、シビリアンなんとかってのができて無いんじゃないの。」

 「シビリアンコントロールな。ま、あのスーパーエリートのエスファハンなら、今の大臣より良い政治をしそうだけどな。」

 エスファハンという名を聞いたとき、思わず眉がひくついた。あいつと学友だった頃の、嫌な思い出がよみがえってくる。

 そこで盗み聞きをするのはやめた。過去のことを思い出すのはよそう。そろそろ俺も出発の準備をしなければ。

 「なあ、あんな白いやつ、誰だ?」

 「ああ、あいつはダッカっていってな。まあ、いろいろあるやつだよ。」

 悪かったな、俺が「いろいろあるやつ」で。だがどんなに僻事を言おうとも、それは事実だ。俺は存在自体が、迷惑だ。


 ウンマ砂漠にはところどころ古代文明の遺跡が存在しているが、特に多いのがこのサー国とカリハ国の国境地帯だ。オアシスも無く、日照りが強い過酷な地域でどうやって古代人は生きていたのか、それを解明するため考古学者は昔から探検を行ってきたが、脱水で命を落とす者が後を立たない。それほどまでに過酷な砂漠だ。だが今日の砂漠は何かおかしい。まず気温が低い。討伐隊が出発したのは日の出の頃、それから移動を続けて、まもなく太陽が南中する頃であるが、気温が朝から一向に上がっていないどころか、むしろ下がってきている。それから空が異様に暗い。雲が空を覆いつくしていて、太陽の光が届いていない。だが気温の低さは明らかに日照不足だけでは説明しきれないほど著しいものだった。もしやこれは、怪物の影響だというのか。

 予想は的中していたようで、怪物目撃地だというところに着いた頃には、辺りは夜明け前より寒く、空は不気味な灰色―言うなれば、鉛色―をしていた。兵たちはもう、凍えに凍えていて、いたるところで手を温める吐息や鼻をすする音が聞こえている。かくいう俺も例外ではなく、歯をがたがたと震わせていた。しかしそれでも、戦意を失ったわけではない。俺は震える手で必死に武器を握りしめ、盾を構えた。

 ふと、その武器から何か青い光が見えた。しかし、何かと疑問に思う時間は無いまま、「それ」の姿を認めた。

 砂漠に棲まう、破壊神。その姿はこの世のどんな生物にも似ず、不気味の一言でしか表せない。この作戦での、俺の、俺たちの目標。怪物が、現れた。


 何だ、これは。その言葉しか湧き上がってこない。人生で一度も体験したことのないことに、驚きを通り越して呆然としてしまう。

 何が起こったというのか、言葉で表すなら、そう、砂が空から降ってきたのだ。それも真っ白で、恐ろしく冷たい砂が。ただ、普通の砂というわけではない、皮膚や服に当たるとおかしな挙動をして液体―見たところ水のようだ―に姿を変える。そんな砂が空から降り、地面を白く変えていく。俺は何をするでもなく、見ていることしかできなかった。

 と、兵の悲鳴ではたと我に帰る。見やれば、兵が怪物の腕のような器官で持ち上げられ、そして―振り落とされていた。

 まさかこれは、怪物のわなだったのだろうか。俺たちの動きを鈍らせ、そして殺すための。

 それからはもう、阿鼻叫喚だった。作戦も何も、あったものでは無い。ある兵は逃げ惑い、またある兵は果敢に立ち向かったが、怪物に区別などなく、どの兵も恐ろしいやり方で蹂躙されていた。件の冷たい砂による低温と、降り積もったそれによる足元の悪さが拍車をかけた。俺はというと、功績を上げたい功名心と、恐ろしさに逃げ出したい心がせめぎ合って、もうどうすることもできなかった。気づけば討伐隊で生き残っているのは俺だけだった。幸か不幸か、俺が白かったからこの冷たい砂の色にまぎれて怪物に見つかりづらかったのだろう。しかしそれももはや意味をなさない。俺は怪物に他の兵と同じように掴まれ、高々と持ち上げられた。

 迫りくる死は、俺に今までの人生を思い出させた。みじめな、一生。誰かに迷惑ばかりかけ、誰の役にも立てなかった。涙が出て、しかし体はもう、動かない。

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