02「異世界帰りのビールは美味いよね」
さて、修学旅行生を乗せたバスに轢かれた俺だったが、なんと異世界召喚という世にも奇妙な出来事に遭遇。
だが、グランギル帝国の鑑定士に最弱だと言う事がバレてしまい放逐される事に……。
相澤君は最後まで抗議してくれたが、王妃はおっさんが嫌いだったようだ。
手元には、一カ月は暮らせるだろうと言われた路銀のみ。金貨が十五枚。日本円で十五万円といったところだろうか。
城の城下へ放逐された俺は当ても無く彷徨う。
道ゆく人には、怪しい者を見る目でジロジロと不快な視線を向けられていた。
「これからどうすっぺ……」
お先真っ暗なあまり方言が出てしまった。
とりあえず宿屋っぽい所を探して落ち着こう。
「ここは宿屋っぽいな」
木造二階建ての建物に掲げられた看板には、しっかりと『宿屋』の文字。どうやら、この世界の言葉や文字は分かるようだ。
「……んぅ? いらっしゃい」
意を決して宿屋に入ると、怪訝な顔の店主のおじさんに迎えられた。俺もおじさんだから人の事言えないけどね。
「こんにちは……一泊出来ますか?」
「ああ、素泊まり銀貨三枚だ。飯はその辺の食堂で食ってくれ」
「分かりました。これでお願いします」
「はいよ」
金貨を一枚手渡すと、銀貨七枚のお釣り。
銀貨一枚で千円ぐらいか?
て事は、素泊まりで三千円。
そう考えると安いかもしれない。
素泊まり一カ月で金貨九枚。食事を考えても、確かに一月分はなんとかなりそうか。
その間にどこか働ける所を探せば……。
うん、とりあえず部屋に行ってから考えるか。
店主のおじさんに鍵を渡され二階へ上がる。
鍵には『7』と刻印されていて、部屋の扉にも数字が振ってある。
鍵に刻印された数字と同じ部屋番の前で立ち止まり、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「うわぁ……埃臭いし汚れてるな」
舞う埃に歓迎されながら部屋へ入った俺は、埃を外へ出そうと窓を開けた後、固くて寝心地が悪そうなベッドへ腰を下ろした。
「先が思いやられるな……」
クソデカいため息が自然と溢れる。
この先一体どうしたら良いのかさっぱりだ。
果たして俺は、この世界で生きて行けるのか。
王妃の言っていた通り、鉱山へ送られる未来が待っているのだろうか……。
「とりあえず、自分のスキルを確認するか」
そう思った俺は、スキルブックを召喚し、自分のスキルを確認する事にした。
『飲食時経験値獲得』
先ずはこのスキルの詳細からか。
このスキルは、名前の通り飲食の際に経験値を獲得する事が出来る。城ではパンを食わされその獲得経験値を確認されたが、『獲得経験値1』という無惨な結果に終わった。
この結果が放逐の決め手になったと言っても良いだろう。
次のスキルは、
『偽装』
このスキルは、自分のスキルや能力を偽装する事が出来る。鑑定士に鑑定された際に、思わず発動させてしまったスキルだ。
なんで偽装したのかと言うと、他に獲得したスキルに、とんでもないものがあったからだ。
それが、
『瞬間移動』
このスキルだ。
このスキルは、自分が一度行った場所へ瞬間的に移動する事が出来るスキル。しかもだ、スキル詳細にはとんでもない一文が載っていた。
※このスキルの移動範囲は、異世界と地球上を含む。
なんて事が記載されていたのだ。
思わず隠してしまったのが分かるだろ?
王妃にバレたらヤバそうじゃん。スキル使う前に殺されそうな予感がしたんだよね。
という事で、誰にも見られない場所で試したかったのだ。
「スキルを発動すると気力が減るんだよな」
城で『偽装』を発動した時、気力が2減っていたので、『瞬間移動』を発動したら確実にそれ以上減るだろう。
そもそも気力が足りなくて発動出来ない可能性もある。
「移動場所は……勿論あそこだな。頼むぞ、成功してくれ!」
地球上で一番慣れ親しんだ場所を思い浮かべ、『瞬間移動』を発動した。
その瞬間ーー
目の前が真っ暗になったと思ったら、すぐに見覚えのある光景が視界に広がる。
「うわぁ……本当に帰って来ちゃったよ」
見覚えのあるベッド。
40型の液晶。
使い慣れたPC。
そう、ここはーー
「ただいま」
俺の家だ。
「マジか、こんなあっさり帰れんだ。これからどうしようとか考えてたのが馬鹿みてぇ……」
なんともあっさりした結果に拍子抜けした俺は、とりあえず冷蔵庫に向かいキンキンに冷えた缶ビールを手に取った。
「くぅー! 異世界帰りのビールうまっっ!」
喉越し爽やか。
ビールはこれでなきゃね。
「さて、帰還出来たは良いが、時間軸とかズレてないよな?」
スマホに表示された時刻と日付を確認し、PCを起動して同じか確認する。
「お、日付と時刻は同じだ。て事は、時間軸は同じって事か。それなら……無断欠勤じゃん俺」
時刻は既にお昼を回っていた。スマホを確認すると、電波が回復したのか課長や同僚からの通知が何件か来ていた。
すぐに課長へ電話をして、風邪で倒れてましたと適当な理由で誤魔化した。
まあ、「自分、異世界帰りなんすよ」なんて言っても、信じて貰えないしな。
幸い俺の会社はブラック企業ではないので、課長から「それなら溜まった有給を使ってゆっくりしろ」というお墨付きを貰い、一週間ほど休む事になった。
「くぅ~! ズル休みで昼間から飲むビールは格別ですわ」
それはそうと、一つ気になる事がある。
ビールを飲んだ瞬間、体に力が溢れるような感覚に包まれたのだ。
「まさか、経験値を獲得した? もしかして、この世界でもスキルと能力って反映されてんの?」
気になった俺は、まさかと思いつつ「スキルブック」と唱えた。
「そのまさかジャマイカ!」
一人親父ギャグの寒さにもなんのその、目の前に浮かぶスキルブックに興奮で体が熱くなる。
「しかもレベルが"2"に上がってる! レベル2まで100の経験値が必要だった筈だ。あ、パン食って1獲得したから99か。それを踏まえても、缶ビール一本で100以上の経験値を獲得したって事だよな」
という事は、食べる物や飲む物の"種類やグレード"で獲得出来る経験値が変わる可能性が高い。
思い返せば、異世界で食わされたパンは硬くて味もそっけもなかった。それに、ちょっとカビ臭かったし……。
「ものは試しだ! 色々食ってみよう!」
思い立ったが吉日。スマホを取り出した俺は、手当たり次第に出前の注文を頼んだ。
そして数十分後。
「ちょっと頼み過ぎたか?」
目の前に並ぶ彩り緑の食べ物達。
ハンバーガー、牛丼、カツ丼、カレーにピザなど、思いつく限り注文してしまった。
「とりあえず、食える分だけ食ってみるか」
好きな物を好きな分だけ手当たり次第に喰らっていくが、自分の胃袋とは思えないほど食えている事に驚いた。
「マジか。こんだけ食っても全然腹一杯にならん……」
一時間食い続けたが、腹が満たされる事はなかった。気づけば、注文した料理の八割は無くなっている。
量にしたら十人前分はありそうな量を既に食っているが、まだまだ全然食えそうだ。
「よし、もっと頼もう!」
少し酔いが回り気を良くした俺は、スマホに表示された注文ボタンを連打していた。
そして、それから三時間後。
「……俺、化け物じゃね?」
注文した料理を全て完食。
でも、全然お腹一杯にならない。
既に三十人前は腹の中。
ありえない状況に一つの可能性が浮かんだ。
「もしかして、食った物は経験値に変換されるから、レベルがカンストするまで無限に食えるって事……?」
もしそうならヤバい。
なにがヤバいって、三十人前食って獲得した経験値で上がったレベルが"20"って事だ。
能力値もそれに伴って結構上がってる。
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名前:立花浩 年齢:40歳
称号:異世界帰りの中年
Lv 20
体力:45
気力:50
筋力:48
速力:42
技力:44
スキル
『飲食時経験値獲得』
『偽装』
『瞬間移動』
『???』
『???』
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能力はレベルが上がる毎に"2"ずつ上がっている感じだ。確かに体が軽いし、十代の頃のような無敵感が湧いてくる。
「これ、もっと美味い物食ったら最強になれるんじゃ……」
そう思ったら、体が勝手に動いていた。
目指すは数々の屍が朽ちていった戦場。
"バク盛り"という、フードファイターの頂を喰らいに行くのだーー
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