狂った勇気の代償 / 閉殻
イースタント王国軍の攻撃を退けた事で、革命軍上層部は瑤華を月夜魅の所有者として正式に認めた。
聖十二騎士を討たなかった事で批判の声もあったそうだが、1度も月夜魅を抜かずに敵軍の半数近くを撃退した実績と、エルフ族長であるアリアの推薦が大きかった。というのも、月夜魅のように普段異空間に存在している武器は、装備しなければ何の効果も示さない。
つまり、敵軍撃破は瑤華の素の実力という事だ。
そんな彼女の、今のステータスはと言うと……
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名前:瑤華・トワイライトムーン
種族:吸血鬼族
Lv:90
適性:闇・氷
異能:«ルナティック・ブレイヴ»
筋力:14400
敏捷:27505
耐久:9925
持久:15000
魔力:20000
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数日の強引な鍛錬と、人間を大量に殺した事によるレベルアップによってステータスは殆ど5桁。瑤華のアーツである«ルナティック・ブレイヴ»を使えばその10倍のステータスだ。
…そしてここに月夜魅を装備してしまえば──
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名前:瑤華・トワイライトムーン
種族:吸血鬼族
Lv:90
適性:闇・氷
異能:«ルナティック・ブレイヴ»
筋力:43850(+29450)
敏捷:57505(+30000)
耐久:26825(+16900)
持久:32055(+17055)
魔力:50000(+30000)
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総合値21万超のステータスだ。
この上でアーツを使えば、アリアですら軽々と倒せてしまうだろう…………が、ここで重大な問題が発生した。
«ルナティック・ブレイヴ»は、使う度に自分の心に大きな負担を掛けてしまう。今まではその副作用も、瑤華の意志の力で抑えてきたが、1度月夜魅を抜いたままアーツを行使を試みた時……遂に瑤華が壊れかけた。
アリアとマリア、他にも沢山の魔法使いが総出でぐるぐる巻に拘束して、やっと瑤華を抑えられるだけの暴走度合い。24時間後に目覚めたものの、月夜魅と«ルナティック・ブレイヴ»の同時使用は禁じられた。
そうでなくとも、瑤華が笑わなくなっている。
エレナの件もあるだろうし、アーツが日常的に瑤華の思考を侵しているのかも知れない。
◇◇◇◇
そんなこんなの5ヶ月が過ぎ、瑤華は結美すら避けるようになってしまった。
「瑤華さん、明日から3日間は休暇が入りました」
「はい…」
「折角ですし、結美さんと遊びに行ってはどうです?彼女も同じ日程で休暇ですよ」
アリアにそう言われ、瑤華は表情こそ崩さなかったがバツが悪そうにした。
「もう、暫く話もしてません……多分嫌われています」
「いつも瑤華さんの事を心配してるそうですよ…?たった1人の幼馴染ではないですか、大切に思うなら傍に居てあげて下さい」
「……」
「そうそう、革命軍が保護した方々が住む街があるでしょう?あそこは温泉も湧きますし、休養には持って来いです」
「でも……」
「瑤華さんが来る前から革命軍は動いていました。確かに瑤華さんが抜けた損失は大きいですが、組織が回らなくなる事は断じてありません」
アリアに先手を打たれ、今度こそ表情を曇らせた。
久し振りに瑤華の表情が大きく変わったのを見て、アリアは嬉しそうに笑う……が、すぐに表情を改めた。
「……ですが、これからはそうも言っていられないのです」
「?」
「近々、極秘裏にではありますが……革命軍内部に暗殺部隊が結成されます。そして瑤華さん、アナタはその筆頭戦力として指名を受けています」
「……私が………」
「月夜魅の継承の件もあります…残念ながら、断る事は出来ません」
「覚悟の上でしたから」
「革命完了後は、存在が抹消され功績は残りません。もし所在がバレた時は、革命軍に見捨てられます」
厳しい現実を突き付けても、瑤華はブレない。
「なら、尚更私がやります」
「……恐らく、これが最後に与えられる休暇です。これからはいつも鍛錬に加え、変装術や隠蔽工作等の鍛錬も受けて貰いますが……」
「問題無いです」
「……辛かったら相談して下さいとお願いしたのに、自分が苦しんでる事にすら気付けないとは…」
「?」
アリアは頭を抱えてしまった。
エレナですら、辛い時はそれとなく声を掛けてきたと言うのに、瑤華と来たら自分が心身共に限界が来てる事に気付いていないのだ。
「アリア様、このタイミングで結美も休暇って事は…」
「そして何でそういう所ばかり聡いのでしょう……まぁお察しの通り、結美さんも瑤華さんの補佐として選出されました。本人の了解も得ています」
「ッ……」
「ご不満ですか?」
「いいえ、結美が選んだのなら私に拒否権はありません」
「(拒否権云々ではなく瑤華さんの想いを聞いているのですが……)…そういう意味でも、2人が仲良くしてくれた方が嬉しいのです」
「……了解しました…。ところで、その部隊は何人で構成されますか?」
「最初はまず3人……その方は追々紹介します。それ以降の増員は、瑤華さんに一任されます。本部に要請しても、自分でスカウトしても構いません」
瑤華はまた僅かに頬をピクリとさせた。
「さて、堅苦しい話はお終いにして……明日からはゆっくりと休んで下さい」
◇◇◇◇
「瑤華ちゃんと2人きりなんて久し振りだね!」
「そうだね」
「夜は温泉に行くけど、瑤華ちゃんは行きたい所ある?」
「……名所とか、そういうのには疎い」
「じゃあ、私が案内するね!」
……ちょっと燥ぎ過ぎですかね?
でも、久し振りに瑤華ちゃんと2人きりで遊びに行けるって思うと嬉しくって……。
「……結美はよく街に来るの?」
「うん、友達とよく来るよ。本当は瑤華ちゃんも誘いたかったんだけどね」
「私なんか誘っても、皆は楽しくないよ」
「そんな事無いよ。皆、瑤華ちゃんと仲良くしたいって思ってるもん」
「……そう」
また、瑤華ちゃんが悪い事を考えていそうで…誤魔化すように瑤華ちゃんと腕を絡めて先に進みます。瑤華ちゃんは嫌がらず、かと言ってそれ以上触れ合おうともしてくれませんでした。
「ここのアイスが美味しいんだよ!」
「……お昼前なのに大丈夫?」
「大丈夫だよ!ほら、何味頼む?」
「………抹茶……かな?」
「わかった、注文お願いします──」
もうすっかり慣れちゃった店員さんとのやり取りを終えて、2人で近くのベンチに座りました。
「……美味しい」
「でしょ?味も沢山あるし、また一緒に来ようね!」
◇◇◇◇
それからお昼を食べて、洋服を買いに行って、他にも沢山遊んで……あっという間に夜になってしまいました。
「わー!広い温泉だね!」
「…うん…広い」
瑤華ちゃんと一緒に訪れた温泉は、想像の何倍も大きくて開放感がありました。
早速躰を洗って湯船に……というところで気が付きました。全身のケロイドの痕……エレナさんが死んでしまう前は、痕が残っていたとしても僅かだったのに…。
「……どうしたの?」
「あっ、その……痛くないのかな…って…」
「……痛くない…………心が痛むより、ずっと」
「ッ……」
黙々と躰を洗いながら答える瑤華ちゃんは、どこかいつもの瑤華ちゃんと違う気がして……その違和感を探す間に、今度は瑤華ちゃんから質問で…
「結美は、私が死んだらどうする?」
…そう聞かれて、私の頭の中は空っぽになりました。
「き、急にどうしたの?」
「……暗殺部隊のこと、結美の考えを知りたい」
「………私は、瑤華ちゃんに死んで欲しくないよ」
「…本気でそう思ってるなら、すぐにでも辞退して。結美には向かない」
「えっ、どうして……」
「……私達はこれから多くの命を奪う。少なくとも、私はもう沢山奪った。命を奪った以上、自分の命が奪われたって文句は言えない。死んで欲しくない…なんて甘い考えじゃやっていけない」
…何で、急にそんな事言うの……?
「……瑤華ちゃん、何言ってるか理解らないよ!大切な人に死んで欲しくないって思う事の、何が間違いなの!?」
「間違いじゃない。だからこれから道を外れる奴が抱く想いじゃない」
「そんな……任務とか、関係無いよ!私達友達でしょ?瑤華ちゃんに生きて欲しいのは当然だし、その為になら一緒に戦うよ」
「友達……お互いの事、何も知らないのに?」
「えっ…」
瑤華ちゃんの事は私が1番知ってます!
好きな食べ物や、どんな服が好みなのかとか……瑤華ちゃんの事は──
「じゃあ、私が本当は湯船に浸かるのが怖いって事知ってた?」
「……………………えっ?」
「知らなかったでしょ?7年間、ずっと我慢してたから。私が奴隷だった時に毎朝水に沈められて、膝より深い水が怖くて…震えが止まらなくなるの、知らなかったでしょ?」
「そ、そんな素振り無かった…」
「うん、必死に抑えてたから。師匠にはすぐにバレたけど……」
瑤華ちゃんの事なのに気付けなかった……その現実が、重く伸し掛ってきて──
「あと、男に触られるのも本当は無理。獣人族なら大丈夫なんだけど……特に人間は未だにトラウマ。あっ、責めてる訳じゃないよ?私も結美の好きな食べ物とか全然知らなかったし」
やめて下さい……今ここで、昔の瑤華ちゃんの口調に戻らないで…!これじゃまるで、ずっと一緒に居た瑤華ちゃんが偽物みたいじゃないですかッ!
「これから知ろうとする必要は無いよ。私達はただの同僚、死んでも苦しむ必要が無い他人だって思えば良い。そうすれば、少なくとも同じ場所で戦える」
「……いや…」
「選択肢は2つ、私情を捨てるか、暗殺部隊を降りるか……どっちを選んでも良いけど、生半可な覚悟で付いて来られて勝手に死なれるのはごめんだから」
「ッ……」
「……でも、1つだけ教えてあげる。私ね……結美の事…ずっと、大ッ嫌いだよ」
そのまま浴場を出ていく瑤華ちゃんに、何も声を掛けられませんでした。
私の知っていた瑤華ちゃんはもう居なくて、目付きもまるで別人で……お湯は熱いくらいなのに、躰は冷えていくみたいで…。
「瑤華ちゃん……」
◇◇◇◇
「うぐっ……ひぐっ……ッ!! 」
言っちゃった、結美に酷い事言っちゃった…。
でもこれで良いんだ。どっちに転んでも、私が死んだ時に結美が受ける傷は小さくなる。
……結美が私に向けてくれる想いが、友達って言葉じゃ収まらないのはすぐに気付いた。正直嬉しかった……恥ずかしくて、気付かないフリしてたけど。それでも、結美なら──なんて思ってたりした。
──師匠が死ぬまでは。
師匠の過去を聞いて、実際に自分が置いていかれて……私もきっと、結美に同じ想いをさせるって思った。それで疎遠になってたんだけど……暗殺部隊として生きていくなら、はっきり結美の想いを挫くべきだ。悪役は私だけで良い、背負うのは私だけで良い。
「結美ッ……ごめん…なさい……」
師匠の時は、悲しくて辛かった。
私は無力で、でも託された。その重みに潰されそうだったから。
でも今は違う。
私は自分の意思で選んだ、だから泣くな!謝るな!
詫びたって言葉は取り消せない。だからせめて演じろ、結美が私から離れるように……私じゃない別の人と幸せになれるように……ッ!
「…あはは……最低だ、私……」
◇◇◇◇
「──この縁談は無かった事に、では」
「お、お待ち下さい勇者様ッ!」
今月17件目の縁談、しかも一昨日来て一蹴した貴族の弟とか……気持ち悪い。
「ユイナ様、当主様がお呼びです」
「……理解りました。すぐに向かいます」
多分また、半年後に入学する学校の事だね。
毎日毎日、疲れてるのに呼び出されるのはストレスだよ……まぁ、もう慣れたけど。
「……入れ」
「失礼します」
「今日も縁談が3件とは、すっかり世の貴族はお前にご執心らしいな」
「下級貴族でしたので、丁重にお断りして参りました(自分が1番ご執心のクセによく言うよ)」
「あぁ、お前には魔族を蹂躙した後で王太子殿下と婚姻を結んで貰う算段だからな……本題だが──」
この男も、僕が従順な駒になったと思ってる。
僕がどれだけ新しい学校を楽しみにしてるかなんて知らないんだ。
何故楽しみかって?
勇者である僕は、魔族や昨今貴族達が頭を悩ませている革命軍にとって目の上のたんこぶだからだよ。
確実に、僕を殺しに刺客がやって来る。殺される気は無い、ただその人達なら僕を『勇者』じゃなくて『ユイナ』として見てくれるかも知れない。あわよくば、そっち側に寝返ってこんな生活から抜け出せるかも知れない。何せ5年間もあるんだ、希望はある。
特に革命軍。
王国をひっくり返したいなら、僕の力は本当は喉から手が出るほど欲しい筈だ。まぁ『勇者』から『戦力』に扱いが変わるだけかも知れないけど、協力の報酬として革命後の自由を約束させればオッケー。もし反故するなら、その時は勇者の力で脅すだけだし。
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名前:ユイナ・ロイセンツ
種族:人間族
Lv:66
適性:全
異能:«勇者»
筋力:40000
敏捷:40000
耐久:40000
持久:40000
魔力:40000
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願わくば、僕と対等に戦える人に出逢いたいな。恋もしてみたい。あと少し耐えれば、僕は自由に踏み出せる。同時に、僕を虐げてきた大人達に復讐も出来る。
……だから今はまだ、殻に閉じ篭っておこう。
次回から第2章!やっと勇者様の出番を書ける!
次は時が流れて2年後のスタートです!