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半吸血鬼少女の往く道は  作者: 月弓
第1章 復讐のハーフヴァンプ
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急襲


革命軍の本拠地は、Sランク相当のモンスターが跋扈する山中にある。霧が濃くて視界も悪く、索敵系の魔法が誤作動する特殊な立地は、モンスターの侵入を拒む結界を張れば隠れるには打って付けの場所だった。周囲のモンスターを狩れば食糧調達と鍛錬も並行して出来る。



問題があるのは、各地の革命軍支部だ。

冒険者ギルドや酒場に偽装して普段の情報収集等を行っている所が多いが、情報が漏れてイースタント王国政府が殲滅しに行くのも決して珍しくない。この日も────







「王国軍の侵攻に遭ってるのは何処だ!? 」

「王都から西に150kmの支部です。冒険者ギルドに偽装していた大規模な支部です……市民含め、約700人が標的かと」

「避難行動は?」

「現在、子供や年寄りを中心に避難を開始していますが……一部の者達は交戦体勢に入っていると…」

「バカが!すぐに退かせろッ!」

「無理です!街に誰も残っていなければ騎兵の足止めも出来ず全滅します」

「戦力差は──ざっと1:15です!」

「その数なら防衛戦なら押し返せる!」

「緊急連絡です!! 王国軍の中に、聖十二騎士の序列11位と12位を確認しました…ッ!! 」

「なにぃ!? 」


日も暮れようとしていた頃、伝令部隊からの通達によって司令部は混乱していた。人もエルフも獣人も……それぞれが最善策を出そうとするが纏まらず、その上聖十二騎士が出張って来たとなれば混乱するのも無理はない。


「竜人族を中心に増援を派遣してはどうか?」

「我々は構わない。しかし、速度を重視するなら少数精鋭でなければダメだ」

「下手な人選ではダメか……」

「クソっ、エレナ様の後任も定まっていないと言うのに……」

「弟子の瑤華はどうだ?」

「あの子は才覚はあるが経験が足らん。有望な人材を喪うのは痛手だし……何よりあんな子供に重荷を背負わせ過ぎるのは…」

月夜魅(ツクヨミ)と契約したのだ!覚悟は出来ているだろうに」

「大人として恥ずかしくないんですか!? 」

「エルフ族はマリアを招聘します。瑤華さんに関しては本人の意思を尊重すべきかと」


アリアの言葉に、司令部の混乱も少し収まった。マリアであれば、聖十二騎士の末端でも相手取れるし、高位治療魔法を使えるから死者は格段に減る。

そして────


「私も行かせて下さい」

「瑤華君……なら決まりだな」

「猫人族からも近接戦向きのを向かわせるゾ!」

「人狼族もダ!」


恐らくはタイミングを見計らっていた瑤華が司令室に入って来た事で、徐々に円滑な指揮系統を取り戻す司令部。


「必要な携行品を用意しろ!」

「敵の方にも監視回して下さい」

「先行する5名は10分後に出発だ、必要最低限の用意で頼むぞ!」

「了解」








◇◇◇◇


3分後、瑤華が集合場所に行くと既に1人の竜人族が居た。


「お前は?」

「瑤華・トワイライトムーン、今回の任務に参加します」

「何歳だ?」

「……14ですけど」


唐突な質問に、瑤華は警戒心を募らせる。

しかし、次の男の一言でそれも吹き飛んだ。


「この任務が終わったら、お前に体術の指南をしてやる。エレナとの約束もあるからな」

「ッ……師匠との?」

「あぁ、少し前に賭け事をして惨敗した……その時に、報酬として彼奴(アヤツ)の願いを1つ聞いてやる羽目になってな、その時にお前がある程度武術を体得した時に指南役をしてくれと頼まれた」

「そんな事が……。よろしくお願いします」


話を聞くうちに、エレナがよく話をしていた竜人の事を思い出した。『スピードホリック』のギラ、竜人族の中で最も速く空を飛ぶ事が出来る男。


「過度な期待はするな。俺に出来るのは、お前が身に付けた武術の無駄を無くす事だけだ」

「無駄を…無くす……?」

「あぁ。必要以上に筋肉を使わず、無縫艶舞の真髄である『呼吸の流れに沿った剣閃』を完成させるには絶対に必要な行程だ。だが、これは教わったからと言って出来るとは限らない」

「絶対…会得します」

「ふっ……ならばまずは、この任務を完遂するぞ」

「はい」


ギラは内心、驚きを隠せなかった。

目の前の少女が放つ殺気は、14歳の少女の身に余る程に濃かった。


「お、なんか殺気立ってると思ったら瑤華ちゃんカ」

「そんなに殺気立ってると疲れるにゃ、リラックスにゃ」


現れたのは、今回の任務に選ばれた人狼族のフェリドと猫人族のマーテル。その後ろからマリア。


「マーテル、戦いを前にしてそこまでリラックス出来るのは貴女くらいですよ?」

「にゃはは。言われちゃったにゃ」

「まぁ、殺気はしまっとけヨ。強い奴にはソレで気付かれちまうから」

「……はい」


瑤華は少し照れ臭そうにした。

時間に余裕がある訳ではないので早々にギラの背に乗る。元々彼の身長は2メートル程だが、竜人族は飛翔時に躰を大きく変化させる事が出来る。巨大化したギラの背中は、4人で乗るには十分な大きさだった。


「瑤華さん、しっかり掴まってて下さい」

「?」

「ギラは『スピードホリック』の二つ名持ちです」

「飛行速度に取り憑かれて、戦闘からっきしのまさに中毒者なのにゃ」

「その分、速度はマジで速いから……振り落とされたら確実に死ぬゾ」


フェリドの眼は、ガチだ。

瑤華は必死にその背に掴まった。


「行くぞ──」


言うが早いか飛ぶが早いか……超高速で空を駆けるギラ。瑤華は知る由も無いが、先程5人が集まった場所には広範囲にヒビが入っていた。厚さ50センチ以上のコンクリートの床に、だ。

瑤華は振り落とされないよう、必死にしがみ付いた。内臓が潰れるんじゃないかと思う程のGに体感30秒耐えたくらいで、躰への負荷が減った。


「…魔法で空気抵抗を減らしました……相変わらず馬鹿みたいな速度ですよね……」

「死ぬかと思ったにゃ……」

「……瑤華ちゃん…生きてるカー……?」

「はい…何とか……」


かなり体力を使った気もするが、現地に着くまでにはウォームアップを終えた程度までは回復するだろう。そう思い外の景色を見て、瑤華は咄嗟に声を出してしまう。


「眼で追えない……」

「安心しろ、この景色を眼で追えた奴は今のところ誰も居ない」

「頑丈なメンバーで良かったにゃ。下手したら向かう途中で死人が出たにゃ……」

「あの、フェリドさんが大丈夫じゃない気が……」


見ると、フェリドはブルブルと震えてマーテルにくっ付いている。マーテルは苦笑いして…


「こいつ、前にギラの背中から落ちて死にかけるトラウマを植え付けられたのにゃ」

「よくこの任務を引き受けましたね…」

「ギリギリまで嫌だって駄々捏ねてたにゃ……戦う時は役に立つから許してやって欲しいにゃ…」


さっきの怯えた眼は、つまりそういう事だ。

瑤華はすでに速度に慣れていて、何なら飛び降りたらどうなるのかとまで考えていたのだが。それは個人差だろう。


「瑤華さんは、思ったより落ち着いていますね」

「はい……マリア様の魔法もありますけど、四方八方から斬り刻みにくるのを目隠しで避けるのに比べたら怖くないです」

「その判断基準が怖いのにゃ……」


恐らくはエレナの鍛錬の事だろうが、これには某隠れドSエルフ様以外はドン引きだ。


「エルフってもっと温厚な種族だと思ってたゾ……」

「えっ?何か変でしょうか?」

「普通なら訓練で死ぬにゃ……」

「大丈夫ですよ、高位の治癒魔法を使える者は沢山居ますし」

「一時期訓練兵の士気が下がったのソレの所為だヨ……回復出来るからどんどん殺りましょうじゃ心折れるワ…」


そんな雑談をしていると、ギラが速度を大幅に落とした。目的地に近付いたらしい。


「──それでは改めて、今回の作戦ですがまずはマーテルさんが上空から奇襲。混乱に乗じて私達3人で敵陣後方から乗り込んで退路を塞ぎます。ギラさんは上空からマーテルさんの援護をして下さい」

「待て。マーテルと瑤華の役割を変えるべきだ」

「……危険です」


ギラの反論にマリアは少し驚いたようで、すぐには言葉が出なかった。


「危険を承知でここに居るのだろう?」

「ですが……」

「エレナの剣技は、攻める事には優れているが守りには疎い。ならば、周囲が敵しか居ない状況の方が動き易いだろう」

「それは……」

「マリア、瑤華をちゃんと見てやるにゃ。エレナの愛弟子なんて色眼鏡で見るのは、瑤華に失礼にゃ」


配置上、瑤華はマリアの魔法が届く範囲から外れる。近間に居れば、即死以外のどんな傷も癒してやる事が出来る。それが出来ないならば、エレナが命を賭して守った命を危険に晒したくなかった。


「マリア様、私はやらせて下さい」

「……わかりました。ギラは全面的に瑤華さんの支援を、こちらは一切構わなくて良いです」

「心得た」


瑤華の眼は、覚悟に満ちていた。

真っ直ぐなその眼を向けられては折れざるを得ない、こうなったら瑤華は決して折れないと…散々聞かされた。


「瑤華ちゃん、これやるヨ」

「ナイフ…ですか?」

「投げナイフだヨ、もしもの時は牽制になるゾ」

「……ありがとうございます!」


貰ったナイフ4本を腰のベルトに2本、靴の中に1本ずつしまい、ギラの背に立った。

目的地はすでに目視出来る距離にあって、黒煙が上がっていた。


「お気を付けて」

「頑張レ!」

「行ってくるにゃ」

「背中は任せろ」


それぞれの声援を背に受けて、瑤華は虚空へと身を踊らせた。エレナから貰った面を着けて…


「瑤華、作戦行動を開始します!」

















◇◇◇◇



「あー、腹減った」

「集中しろよ。反逆者を殲滅したら炊き出しだそうだ」

「はぁ……反逆者つっても、何も無抵抗な女子供まで殺らなくて良いんじゃないか?」


2人の王国兵が、雑談をしつつ焼けた家々に生き残りが居ないかを見回っている。

街の南の方はまだ聖十二騎士と他の兵士達が殲滅を継続しているが、雑兵である彼等には死体の処理や討ち漏らしの討伐しか言い渡されなかった。


「俺だって、地元の剣術大会優勝してるんだぜ?どうせなら魔族とか亜人族を斬ってやりてぇよ」

「反乱軍の根城だぞ?非人族なんて居る訳な──」


──爆音と衝撃が響く。

2人のすぐ前に、何かが降ってきた。


「何だ!? 」

「気を付けるぁ……」


空から降ってきたのは、小柄な少女だった。

ただ、普通の(・・・)少女ではない。右眼は鬼の面で隠れているから見えないが、左眼は血を思わせる紅。艶やかな黒髪を高く纏めた姿は、14歳にして見る者を魅了する。

……そんな少女が顔色1つ変えずに男の首を刎ねた。


「なっ……貴様ッ!」

「馬鹿だね、仲間を呼びなよ」


次いで、自らの剣の技量を誇っていた男も胴を輪切りにされた。苦悶の声すら出さず、上半身が着地した時に、ふぎゅ……とだけ音が漏れたが、漸く叫び声を上げようとした瞬間頭蓋を踏み拉かれた。


「あっ、叫ばせた方が混乱してくれたかな?」


とは言いつつ、失敗を失敗とも思ってない様子の少女──瑤華は、掻き消えるように次のターゲットへと向かう。

まずは先程殺した人間と同じ役回りをしていた兵士達を狙う。

数こそ多かったものの、1箇所に纏まって活動してる者が多くて斬るのも苦労しなかった。今回の目的は殲滅ではない為、数が2割を下回った辺りで移動。途中で1人連れ去って、敵本陣の後ろが見えてきたところで────股間を蹴り潰した。


「%#&@*☆ッ〜〜〜〜〜〜〜!?!?!!!!」


彼の悲鳴は、最早人の言葉では無かった。

ショック死した男は、そのまま悲鳴に反応した兵士の方へ投げる。味方兵士が地獄を見たような表情で飛んできた事に驚く暇も無く、瑤華は蹂躙を開始した。


「無縫艶舞«月蝕(ツキハミ)»ッ!」


歩兵を斬り刻めば、すぐに街を焼いた魔法師部隊が現れた。懐に潜り込んでしまえば瑤華の戦場だ。攻撃魔法は誤射の確率が上がる為使えず、捕縛系の魔法は唱え出した時点で術師を特定して優先的に斬る。結局、魔法師達は殆ど何も出来ずに鏖殺された。



既に100は斬っているが、それでも瑤華の勢いは増すばかり。剣技の継ぎ目を無くし、加える力を最小限で抑える事で、肉体に蓄積する疲労を一時的に無視出来る。但しそれは、動きに遅延が生じたり、体力が尽きればその時点で一気にツケが回ってくる諸刃の剣。瑤華の場合、どんなに頑張っても1時間が限界で、その後30分以上真面に動けなくなる。


「無縫艶舞«刈桜(カリザクラ)»」


無縫艶舞の型にはそれぞれコンセプトがある。

«月蝕»は、ある筈の月を影が覆い隠すように死角に潜り込み、確実に敵を斬り捨てる型。

«燦華(サンゲ)»は、苛烈な攻撃で正面から敵を斬り崩す型。

そして、«刈桜»は──


「ぎゃあぁッ!? 」

「痛い痛い痛いッ!! 」

「なんで!きずがなお゛らない゛よ!??」


手折られた桜は、そこから朽ちていく。

«刈桜»はそれに(ナゾラ)えて態と鈍く斬る事で傷口を汚くし、より強い痛みと治癒魔法の効き目を鈍くする型だ。刀を握る手の内を不安定にする必要があり、無縫艶舞どころか単純に刀を振る事すら危険を伴う高難易度の型、エレナですら好んで使おうとはしなかった。


「ッ…」


5分と経たずに動きが止まる。

しかし、構えを崩さなかった事と、表情を崩さなかった事で躰の動かない6秒は誰も攻撃を仕掛けて来なかった。


「無縫艶舞«燦華»」


エレナが最も得意としていた型。

正面から敵を斬り捨てる動きには迫力があり、敵が圧倒的多数の場合だと一斉攻撃の牽制にもなる。

だがこの型は、今の瑤華の実力では消耗が激しい。長続きはしない、その現実を差し引いても今は注目を集めたかった。何故なら……


「て、敵襲ッ!! 最前線の方にも増援が来たぞ!」

「何だって!? 」

「逃げろ!向こうはエルフの魔法師が塞いでる!! 」

「ら、雷撃がもうここまで来てるぞ!」

「早く逃げろ!急げッ!」

「無茶言うな!こっちもバケモノが…」


……瑤華は1人ではない。

瑤華に注意が向けば、それだけマリア達が楽に動ける。


「せ、聖十二騎士様は……」

「……………居ない……」

「そんな…俺達は見捨てられたのか!? 」


そう……彼等はマリアの気配に気付いた時点で、側近だけを連れて王国へ魔法で転移してしまっていたのだ。

転移魔法は誰にでも使えるモノではないし、転移出来る数はそう多くない。増してや序列二桁の雑魚だ、生き残る為なら逃げるのは英断だろう。

……勿論、帰った所で恥晒しとして除籍されるのだろうが…。


「さて……逃げたいなら逃げても良いよ?私はお前達人間に家族を奪われたけど、同じ所まで堕ちるのは嫌だからチャンスをあげる。武器を棄てて無様に逃げてくなら追わない、降伏するなら対応する。殺しに来るなら…殺す」


圧倒的な威圧感、そして現に地面に転がっている仲間の骸を見れば、殺すと言うのは安い脅しではないのは明らかだ。


「お前達にだって、家族は居るでしょう?私は私と同じ想いをする人を不用意に増やしたくない。……まぁ、ここは戦場なんだし、剣を向けるならそんなの考えてやらないけどね。寧ろお前等の家族も斬り刻んでやる」

「貴さ──」


若い兵士が斬られた。

瑤華に斬り掛かろうと剣を振り上げた瞬間、腕を巻き添えにして首を刎ねられた。


「……煽り文句くらい耐えれば良かったのにね」


瑤華は聖人君子じゃない。

奪われた事を棚に上げて、無条件でチャンスをあげられるほど優しくない。だから、一定数は居てくれないと困るのだ……逆上して、無謀にも自分を殺しに来る愚か者が…。


「で?他はどうするの?早く決めないと、攻撃の意思があるって事で殺すよ」

「で、出鱈目だ……」

「どこが?この場の主導権を握るのは私、選択肢は提示した。ちらほら逃げ出してる奴等も見逃してやってる……何が出鱈目なの?」


瑤華は不思議で仕方無かった。

一方的に村を蹂躙して、女子供を攫って奴隷にして…理由を問えば、口を揃えて『亜人族だから』と言う。本当に…果たして、どちらが出鱈目なのか……。


「……ねぇ、私が最大限譲歩してるって理解ってないよね?」

「五月蝿い!」

「何が譲歩だ!! 」

「亜人族の分際でッ!」

「私ね、結構革命軍の中で可愛がられてるんだよ?そんな私にここまで暴言吐いて、一緒に来た仲間達はどう思うかな?」


……1人、また1人と青冷めていく。

転移魔法で瑤華の背後に、1人のエルフが姿を現したからだ。


「瑤華さん……聖十二騎士はどうしました?」

「おめおめと逃げ帰ったらしいですよ?マリア様に勝てないって判断したんですよ、きっと」

「……ご無事で何よりです。それで残りはどうするつもりですか?」


『天災の魔女』……マリアは雷撃や暴風雨の魔法を得意とする事から、人間からはその名で恐れられている。上空に集う暗雲を見て、逃げ出そうとしていた者すら絶望で足を止めた。


「逃げるか降伏か死ぬかの3択で迷っちゃったみたいで……殲滅の命令じゃなかったから、多少助けてあげようと思ったんですけど」

「瑤華さん……」

「でも、まだここに居るって事は戦うつもりって事で良いですよね?」


瑤華の表情は、とても1つの感情だけでは言い表せなかった。復讐に酔いしれる悦楽や、戻らない日常を思い…復讐なんて無意味だと現実を見せられる悲しみ。中でも、大量殺戮を引鉄に揺らぎ出した狂気は、瑤華の口角を不気味に吊り上げさせた。


「«紅蓮地獄(ハドマ)»」


──一切悲鳴が上がる事は無く、一瞬にして残っていた数百の王国兵全員が凍死してしまう程の広範囲の魔術行使。獄寒に耐え切れず、やがて肉体は塵のように崩れていった。


「これで任務ごほっ……ごほっごほ…カッ……」

「瑤華さん!」

「ゴハッ……あれ…血……?」

「これだけの術式を使えば、慣れていない躰に負荷が掛かるのは当然です!今治療を……ッ!」


瑤華に治癒魔法を施そうとしたマリアが、思わずその動きを止めてしまった。

………笑っていたのだ。

自分の吐いた血を見て、手に付いたのを指で遊んで笑う……その光景は、余りにも不気味過ぎた。


「師匠……私、頑張ったよ…仲間を守れたよ……」

「瑤華…さん……?」

「褒めて……よくやった、って……頑張った、って…………自慢の弟子だ、って言ってよ…!! 」


笑っている。

でも泣いている。

よく見たら、両眼は真っ赤に充血して血を流している。まだマリアの治療可能な範囲の負傷だが、恐らく今は何も視えていない。もし夢と勘違いしているのだとしたら、余りにも可哀想だ。夢の中でさえ、瑤華の欲しい言葉は聴こえないのだから。





その後、すっかり返り血に塗れたフェリドとマーテルが合流してから帰投。その頃には、瑤華は疲労感から死んだように眠りに着いた。















次回で第一章終わります。

第二章からはちゃんとヒロインを……

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