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半吸血鬼少女の往く道は  作者: 月弓
第1章 復讐のハーフヴァンプ
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怒りの矛先


エレナの葬儀は静かに執り行われた。

革命軍幹部や仲の良かったエルフ族や人狼族、そして瑤華が参列したが、それでも20人にも満たない小規模な葬式だ。

瑤華はずっと泣いていた。

最後に、遺体を火葬する時は特に酷くて……黙って立ち尽くし、火葬用の炉をじっと見詰めたまま涙を流していた。大切なモノが壊れてしまった者の姿だった。……無理もない、エレナは瑤華にとって実の家族にも等しい関係性だったのだから。








だが、その翌日から瑤華は笑顔だった。


「瑤華ちゃん、無理してない?」

「全然大丈夫だよ。あ、そろそろ鍛錬の時間だからまた後でね!」

「瑤華さん、まだ戦いの疲労は残ってる筈です。無理をされては……」

「次の任務が近いんですから、弱気な事言ってられないです!ご心配ありがとうございますマリア様」

「瑤華、休まないと躰が持たないゾ」

「適度に休んでるので問題無いですよ。それじゃあペネット様、今日も体術の指南よろしくお願いします!」


近頃の瑤華は、刀の鍛錬に加えて拳術や地方の特異な体術等のあらゆる武術の習得を始めた。師となる者がいれば教えを乞い、そうでなければ革命軍の蔵書から古文書を取り出して独学での鍛錬。

元が吸血鬼だから夜行性で、睡眠時間が少なくて良いのを最大限利用し、任務が割り当てられていない時間は基本鍛錬しているのが現状だ。








◇◇◇◇



「瑤華さん、この後お時間宜しいですか?」

「アリア様?…大丈夫ですけど…」

「……お話すべき事があります。場所を変えたいので付いて来て下さい」


そう言って連れて来られた部屋には、人狼族長のペネットも居た。


「ペネット様?」

「来たナ……」

「エレナの遺言で、あの子の過去を伝えて欲しいとの事でしたから……」

「そっか……アリア様は知ってたんでしたね……師匠があの戦いで死ぬこと」

「……辛いだろうから、聞きたくないならそれでも良いゾ?」

「いえ……教えて下さい…」


出来れば聞きたくなかったけど……提案された以上は断れないよ。心の整理とか言ってられない。


「では……私の知る全てをお話します──」









御存知かと思いますが……って前置きからアリア様が語り出す。


「エレナは半世紀以上前に、(ツガイ)を人間に殺されています……その人間こそが、当時は聖十二騎士団序列11位だったドモル・バランです…」

「……」

「エルフ族は元々、男児の生まれる割合が極端に少なくて一夫多妻制を導入しています。ただ…エレナはそれを拒み、人狼族のコウガ・ウルフ……ペネットの伯父に当る者と駆け落ちしました」

「………………はい!? 」


いきなり話が突飛な方に行ってるんですけど!?


「暫くは2人でイースタントの南西にあった、王国の人間至上主義の影響を受けない村で暮らしていたそうです」

「伯父さんは戦闘とかからっきしだったみたいで、エレナが冒険者として依頼を熟して、代わりに家事は全部やってたんだとサ」

「当時のエレナは『天才剣士』と自分で言ってましたからね……稼ぎも多くて、家に帰れば最愛の旦那と温かい夕食が待ってる。幸せな時間でしょうね」


私はもう疎覚えだけど、確かにそれは凄く幸せなだと思う。でもそれは……


「程無くしてエレナは新しい命をその躰に宿しました。その時は流石に里帰りして来ましたよ。本当に幸せそうに、無邪気に笑っていました。ですが………そのたった2日後です、イースタントは2人が暮らしていた村を、反逆者の根城として討ち滅ぼしました。聖十二騎士を3人も動員して、徹底的に……」

「ッ……」

「エレナは悪阻を魔法で強引に抑え込んで戦いました。ですが、その程度で奴等に勝てないのは…瑤華さんも承知していますよね……あの子は背中に重傷を負い、異変を嗅ぎ取った人狼族が急行した時には村は焼け野原」

「父さん達が必死で生存者を探したヨ……それで見つけタ。エレナを庇うように死んだ伯父さんと、まだ辛うじて息があったエレナの姿……酷かった、背中には十字の切傷があって、その上で真っ黒に炭化して……顔なんて、左眼の辺りは吹き飛んでたって父さんガ………」


想像しただけで吐き戻しそう……師匠は、そんなに辛い経験を……私だったら、耐えられなかったと思う。


「……エレナはすぐにエルフの里に運ばれ、高位術式による治療の甲斐あって一命を取り留めました。ですが……お腹の子はッ…………」

「っ、皆まで言わないで下さい…」


そんなの、言う方だって救われない。


「すみません……。エレナは、目覚めてから一度も笑わなくなりました。自分を『天才』と呼ぶ事も無くなって、毎日苛烈な鍛錬を繰り返して…夜はひっそりと泣いていたのです。思えば、あの頃のエレナは復讐に取り憑かれていたのでしょう、革命軍への勧誘も二つ返事で受け入れしまう程に……」

「でも、気付けばもう半世紀ダ…。人間なら戦いに出る事は無いし、下手したら死んでル。エレナは生きる意味を失って、植物みたいになってタ」

「……そんな時、瑤華さんが現れたんです。実は当時は瑤華さんの指導者を誰に任せるか揉めていたんですよ」

「えっ!? 」

「ほら、当時は警戒心の塊だったじゃないですか。そんな瑤華さんの心に寄り添う自信が、不甲斐無いですが誰にも無かったんです。だから、私がエレナを推薦しました………喪ったモノが大きい2人なら、互いの傷を癒せるなんて…打算以外の何物でもないですけど…」


でも、その打算のお陰で私は救われた。

不器用で口下手で……それでも私を見てくれて、手を差し伸べ続けてくれた師匠が、私は大好きだ。


「それからのあの子は、まるで別人でした。貴女の事を話す時は優しく笑って、褒めて伸ばすのは苦手…って言って私の前で貴女を褒めちぎってましたよ?」

「ッ……」

「«天啓»が降りた時も、私が死を伝えると……暫く悩んだんです。そして、その上で『やっと終われる』と……以前のエレナなら、即答していたでしょう。あの瞬間、瑤華さんには言葉で尽くせないほど感謝しました。言うなと頼まれたのを反故する事も、真剣に考えていました」


そう言うと、アリア様は突然椅子から降りて、土下座してしまった。


「ごめんなさいっ!この上無い恩義を感じておきながら……私は旧友の願いを選びました。悔いてはいません、だからこそ貴女からの罵詈雑言も受け入れる所存です!! 」

「やめて下さいアリア様ッ!その事は仕方無かったんです…私だって、同じ立場なら同じ選択をしました……」

「ですが……」

「私には…師匠と引き合わせてくれただけでも、アリア様には返し切れない恩があります。だから……」


アリア様はどうにか椅子に戻ってくれた。

それこそ最初は『どうして教えてくれなかった』って思ってた。

でも、想いは命の数だけある。そのくせ1つ1つが難解で、相手が居るなら自分の想いなんて通らなくて当たり前。優先されるべき想いがあって、それが私の想いじゃなかったのは自覚してる。


「強いのですね、瑤華さんは…」

「私なんて、まだまだ未熟者です。もし強く見えたのなら……それは、師匠のお陰です」

「…なら、私から言える事はもうありません。それでも、辛い時はいつでも声を掛けて下さい」

「代わりなんてなれないけど、胸を貸すくらいなら出来るからナ」

「……ありがとうございます」


そして視線は、私の右手に向いた。


「エレナの刀……月夜魅の所有権について、上層部が揉めています」

「ッ!」

「安心して下さい。貴女から月夜魅が剥奪されないように私が後ろ盾につきます。月夜魅が瑤華さんを選んだのは紛れも無い事実ですし……エレナの形見を、どこの馬の骨とも知らない者に持たせたくはありませんから」

「私達もだゾ!ちなみに人狼族は満場一致ダ!」

「ッ、ありがとうございます!! 」

「ただ……月夜魅を手にする以上、熾烈な戦いに身を投じる事になります。その覚悟はありますか?」


そんなの、あの瞬間(・・・・)から決まってる。

師匠に任されたんだから、絶対やり遂げる!


「師匠に『革命軍をよろしく』って言われました。その時からもう、覚悟は決まってます」

「……理解りました。こちらでも、瑤華さんが強くなるサポートをさせて頂きます」


私は恵まれている。

恵んでくれた人達の意思はちゃんと受け継ぐ。

血反吐を吐いて死にかけても、皆を守り抜けるように強くなる。

今までみたいな、曖昧な恩返しなんて考えない。

──私は瑤華、師匠の一番弟子だ。














◇◇◇◇


瑤華ちゃんの鍛錬は、日に日に過酷なモノになっています。アリアさんの手助けもあって、数々の武道を学ぶ為に数多くの師に教えを乞い、寝る間も惜しんで鍛錬して……同じ部屋の子達も心配で…。


「ホラホラァぁ、次行きますよッ!」

「結美は3時方向に逃げて、私は逆から!」

「う、うん!」


今は、私が普段からやっている鍛錬に瑤華ちゃんも参加しています。

ルールは単純、マリアさんが作り出した特殊な結界の中で、マリアさんの魔法の弾幕から逃げ切ること。

魔法の知識を叩き込まれた私は、1年前からこの鍛錬をやってるんですけど……本当にこれ、地獄です。マリアさんは『移動しながら、高速で魔法を発動する練習にはもってこいです』なんて言ってますけど、絶対隠れドSのマリアさんが楽しんでるだけです。

瑤華ちゃんが魔法の氷柱を放つのなんて、この思考の間に20発以上撃ち落とされてます。


「ふむ……瑤華さんは気配を消すのが上手ですね──仕方無いのでここら辺を焼き払いましょう!」

「そんな無茶苦茶なッ!? 」


瑤華ちゃんは初めてだから、この破格の攻撃に翻弄されていて……私は慣れてるから多少余裕があるけど、瑤華ちゃんに構う余裕は無いんです。


「このっ!」

「よく凌ぎましたね、では!」

「な──きゃあっ!」


巨大な岩が瑤華ちゃん目掛けて降り注ぎました。この結界の中では、どんな傷を負っても痛みを感じるだけで、結界を解けばその傷を現実に持ち込む事はありません。

それでも……痛みは残るので、被弾するのは極力避けなきゃいけないんですが……


「ほらほら、足元が疎かですよ?」

「っ、脚が動かない……蔦?」

「«束縛蔓(ソーンバインド)»です。早く斬らないと上が危ないですよ?」


そう、瑤華ちゃんの頭上には氷の槍が何本も作られていました。でも瑤華ちゃんは、言い終わる頃には自分から抜け出していて──




──バンッ!



避ける先を予想して、地雷式の爆発術式。

私もよく引っ掛かります。教えられるなら教えてあげたいんですけど……私も今、沢山の火球と岩と蔦に襲われてて手一杯なんです!


「結美ちゃーん?自動追尾にしてる割には反撃が無いですよ〜?」

「そ、相殺するのが限界なんですけど!? 」

「(ッ、今だ!)」


突如、結界の中を黒い煙が埋め尽くしました。瑤華ちゃんの魔法です……けど、意味無いんじゃ──


「不意討ち狙いですか……ですが、私に近付けば探知魔法で気付きますよ?」


空中に居るマリアさんに近接戦を挑むなら、跳躍して距離を詰めなきゃいけません。でも、マリア様の探知魔法は自動で雷撃を放つオマケ付き。いくら瑤華ちゃんでも……


「──そこっ!」


空が光って……瑤華ちゃんが!


「ッ!? この感覚、謀りましたね!」

「やっぱり、勝手に攻撃して来ましたね──しかも、連発にはコンマ5秒の隙が生まれる!」


煙が晴れた先で、瑤華ちゃんの刀がマリアさんの持つ杖を捉えていました!


「成程、変なリズムで氷柱を撃ち込んでいたのは囮で隙を作る為ですか!」

「えぇ───無縫艶舞«月蝕(ツキハミ)»ッ!」

「消えた!? 」

「成程、一度私の探知範囲内に入れば追撃は無いと見込んで……それではこちらも!」


刀を振れるギリギリの所で、空中に作り出した氷を足場に喰らい付く瑤華ちゃん。対してマリアさんは重力魔法で辺りを陥没させようとしています。


「ぐっ──それならッ!」


螺旋階段を昇るように上空へ逃げて行っても、瑤華ちゃんを襲う力からは逃げ出せなくて……私が放った魔法も全部、何倍にもなった重力に捕まって届きません。


「上に行ったって逃げられませんよ〜?」

「…知ってます、逃げる気なんて無いですから」

















───ゴオォォォオォォッ!!!










爆音が聞こえたと思ったら、土煙が痛いくらいの勢いで襲ってきて何も見えなくなりました。


「…………まさか、こちらの魔法を利用して本来の何十倍もの自由落下をしてくるとは……しかも、的確に急所を狙う。正直侮っていました……エレナの手助けがあったとしても、ドモルを倒しただけはありますね」

「……ッ………」

「あと一瞬身体強化が遅ければ首を落とされていたでしょう……まぁ、コレ(・・)も予想外なんですが…」


土煙が晴れた先には、半径10メートルは下らない大きさのクレーター。そしてその中心には、頭上で防御の姿勢を取るマリア様と………その腕の半分まで喰い込む斬撃を放った瑤華ちゃん。でも、その瑤華ちゃんを魔法で出来た槍が囲っていて、それ以上斬り込めない瑤華ちゃんの負けを意味していました。

マリアさんが指を鳴らすと結界が解かれて、私達の躰の傷も消えました。


「……次は勝ちます」

「そう焦らないで下さい。これでも私はエルフ族で2番目の実力者ですよ?一朝一夕では勝てませんよ」

「………」

「何を苛々してるんですか、怒ったって──」

「──善戦じゃ意味が無いッ!勝たないと喪うだけなのにッ!! なのに勝てるように立ち回れない……自分の戦場に持ち込めなかった!」


唐突に怒鳴り声を上げる瑤華ちゃんに、私だけじゃなくてマリアさんも驚いています。ここ最近の瑤華ちゃんは、感情を表に出そうとしなかったから。


「あれから何日も立ってるのに、私は一度も師匠に教えて貰った事を出来てない……強い相手でも出来なきゃいけないのに、私は……ッ!!!」


瑤華ちゃんの『出来る』の基準は、きっとエレナさんです。

エレナさんを超えなくてはいけない……そんな強迫観念が、瑤華ちゃんを追い詰めてしまってるんだと思います。エレナさんの教えを体現出来ない……何も守れない弱い自分が、瑤華ちゃんにとっては誰より憎くて腹立たしいんでしょう…。


「………………ごめんなさい、ただの八つ当たりです」

「待って瑤華ちゃん!」

「……ごめん、次の鍛錬があるから」













◇◇◇◇



「あれは…、近いうちに壊れてしまいますね」

「そんな……」

「結美、あの子の事はきっと貴女がよく知っています。……酷な話かも知れませんが、傍に居てあげて下さい」

「……勿論です。私は、瑤華ちゃんの1番の親友ですから」


そう言う結美の顔は、いつものように自信に溢れたモノではなかった。認めたくは無いが、今は瑤華の心の大半をエレナが占めている。過ごした時間も、密度も……もう足元にも及ばない。エレナが関わる事で、結美はもう以前のように強がれない。

どれだけ自罰的であっても自分を許せない瑤華に、掛けてやれる言葉なんて持ち合わせていない。そんな非力な自分が、許せなかった。















……ヒロインは誰ぞ?

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