7年後の吸血鬼 / 勇者の少女
後半ヒロイン枠が登場。
それぞれ短めです。
「では──」
「宜しくお願いします!」
革命軍本部のある山奥に、金属のぶつかり合う甲高い音が響く。いつもは鍛錬で五月蝿くなる闘技場が、今は少女2人の戦いに注目を注いでいた。互いに刀を構え、時が止まったように微動だにしないまま早くも10秒が経過。その瞬間、どちらも音速に迫る勢いで刀を振り抜いた…。
瑤華・トワイライトムーン、齢14歳。
◇◇◇◇
「っ、あ〜負けた!」
「……結局、初陣まで一本も取れなかったわね」
「師匠が強過ぎるんです…」
「…そうね、『神速』の二つ名は伊達じゃないもの…そう簡単には勝てないわ」
地に倒れる私をつらっと覗き込むのは、さっきまで私と打ち合ってたエルフ族No.1の剣士、エレナ・土御門・フェリスさん。私の心から尊敬する師匠なんだ。
「……明日は初陣…失敗したらフォローするから、気楽にやれば良い」
「ちゃんと成功させます。じゃないと、良くしてくれた皆さんに恩を返せないですから」
7年前、革命軍に保護された私と結美は戦う事を選んで日々の鍛錬に明け暮れました。同時に、何も知らなかった私達にこの世界の事を教えてもくれました。
今私達が居る大陸には3つの人間の国と、エルフ族、ダークエルフ族、妖精族、魔神族、各獣人族の住む途中があって、東の島国には吸血鬼族が住んでいる。そして更に海を渡った先には、危険な魔物が跋扈する未開の地が広がっているとも…。
驚いたのが、人間達も全員が亜人族や魔族を忌み嫌ってる訳じゃないって事です。大陸の東側には、人間絶対主義の『神聖王国イースタント』。西側にはどの種族にも寛容な『自由同盟ウェストニア』。東南の半島や孤島を統一した『中立国ユナイタルランド』。吸血鬼族の国を襲撃したのは勿論、イースタントの人間。まぁ、イースタントは地方と王都の貧富の差が激しくて同族でも差別や抑圧が酷いみたいで、革命軍みたいな組織も出来上がる。
ちなみに、人間の国を除いた大陸の中央部を北側から順にダークエルフ族、妖精族、エルフ族が統治してる。南西の広大な土地は魔神族が支配してるけど、魔物が段違いに強かったり、作物がどうやっても育たなかったりで居住地域はそこまで広くないんだって。ただ、魔剣とかの素材はいっぱい採れる。
「ユナイタルランドに侵略しようとするイースタント軍の妨害……でしたよね?」
「…そう、食料部隊を襲撃するのが私達の役目。まぁ、私はその後主力部隊を叩きに行くけど」
「…私も同行しちゃダメですか?」
「……何度も言ってるけど、それはダメ。確かに今の瑤華なら……それなりに強い相手も相手取れる。…でも、何が起きて、何が自分に不利に働くか理解らないのが戦場……自分の独壇場を創り出す経験が乏しい瑤華は、まず格下相手で経験を積んで」
普段あんまり喋らないのに、今日はよく喋るなぁ……じゃなくて、私に力が足りてないのは理解ってる。結美を戦場で守る力も、あの日…父さんが本当は何をしたかったのか確かめる力も……無い。だから私は、早く強くなりたいのに…。
「……焦らない。まだ何年かはアイツ等も本気で侵略に走ったりはしないだろうし、それだけあれば瑤華は私と肩を並べて戦える」
「師匠、刀を握ってもう100年でしょう……たった7年の私じゃ届かないですよ」
エルフ族と魔神族、妖精族は長命な上に容姿が若々しい姿のまま保たれる。師匠も、私とそう変わらない年齢に見えてもう111歳。技を磨いた年期が違う。
「……瑤華は才能の塊だって言ってる。技を磨いたって言っても、70年間は惰性で振り続けて時間を無駄にした」
「えっ…?」
「…今思えば馬鹿らしい、私なんてちょっと刀を上手く使えただけで……その程度じゃ何も出来ない。……そう気付いたから必死に研鑽した。そして、伝えるべきは全て伝えた……」
そんな話、聞いた事無かった。
「…瑤華アナタには本当の才能がある。私が磨いてあげられるのはここまで、あとは自分で自分を磨いて」
……あれ、なんだろう…??
「私には本当にここまでしか出来ない。私には努力しか無かったから……まぁ、これからも──」
「師匠、なんでそんな事言うんですか……こんなのまるで、遺言じゃないですか…」
「……考え過ぎ。これからは革命軍が蜂起する地盤を作る為に忙しくなるから、つい…ね?」
そう言って微笑む師匠はいつも通りで、実は寂しがりな師匠だから、きっと忙しくなって私に構えなくなるのが悲しいだけなんだ。
「じゃあ、すぐに師匠を越しちゃいますね。師匠の仕事も取っちゃいます。忙しくなくなったら、一緒に飲みに行きましょうよ。その頃には私もお酒飲めるでしょうし」
「……ふふっ、面白い事を言うね。楽しみ…」
◇◇◇◇
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名前:瑤華・トワイライトムーン
種族:吸血鬼族
Lv:77
適性:闇・氷
異能:«ルナティック・ブレイヴ»
筋力:6300
敏捷:8888
耐久:2463
持久:7502
魔力:6377
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この7年で私のステータスはバカにならなくなってる。合計値3万超えのステータスは、人間の冒険者ならS級認定される。しかも、私はまだまだ成長限界に達してないから、SS級認定の最低値の25万までの道が見えてるんだ。まぁ、アーツを使えばステータスが10倍にはなるからそのボーダーラインも軽々超えちゃうんだけどね。
「あっ、瑤華ちゃん!こんな所に居た」
「こんな所って、宿舎の屋上じゃん……」
「ここって危ないから立ち入り禁止なんだよ?」
「えぇ〜、よく師匠と鍛錬してたよ!? 」
私を探しに来てくれた結美を隣に招いて、2人で星空を見る……うん、至福。
結美もこの7年でかなり成長して、身長は150cmの私より更に6cm高い。昔は短く切り揃えていた銀髪も、今は腰に届くくらい長くなってる。エルフ族長のアリア様の妹のマリア様に魔法を教わってるんだけど、鍛錬で死にかけるって愚痴はよく聞くね。
「明日は初陣なんだし、躰冷やしちゃ駄目だよ?ほら、お風呂行こ?」
「はーい」
私達みたいに保護された子供達は、大きな宿舎の中で共同生活を送ってる。当然お風呂も共用で、大浴場を泳いで何度も怒られたな〜。
「そう言えば、今日師匠が変でさ」
「なになに?気になる」
「実はさ──」
私は今日の出来事や師匠の事を話した。
今は私達しか使ってないし、お互いに話したい事が山程あるからすぐ長風呂になっちゃう。
「──瑤華ちゃん、エレナさんが大好きだね」
「まぁ、師匠だし?私がそれなりに戦えるようになったのもあの人のお陰だからさ」
「…ちょっと羨ましいかも……」
「えっ?」
「ううん、なんでもない…。明日もあるんだし、そろそろ上がろ?」
結美の様子がちょっとおかしかったけど、こう言う時は何も教えてくれない。
部屋に戻ってからは、ルームメイトの皆に労われた。基本大部屋で8人くらいで寝泊まりしてるから、同じくルームメイトの結美を除いても6人。あとは他の部屋の人達だったり、下の階の男子部屋から来る人も居たりしてちょっとしたお祭り騒ぎになっちゃった。
…最後には結美が『明日の為にそろそろ休ませてあげて』って収めてくれたけど、もうちょっと騒ぎが大きくなってたら寮の管理人さんが飛んで来てただろうからおっかない…。
「(皆、応援してくれる……)」
明日の任務、絶対完遂しよう……そう心に決めてから、私は目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「お嬢様、朝食の用意が……お召し物を着る時はメイドを呼ぶようにお伝えしましたが…?」
「だから私、服は自分で着られるから!それに…朝食だってマナーの事ばっかりで味わえないし」
「なりません。お嬢様はこの国を束ねる十二貴族の中でも上位に名を連ねる『ロイセンツ家』の一員なのです」
「……養子でしょ」
「それでもです。さぁ、御洋服をこちらに」
違う、僕はユイナ。
ただのユイナ……ユイナ・ロイセンツなんて名前じゃない。
両親は地方の農家で、友達も沢山居て、狭い世界だけど自由があって……それなのに、
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名前:ユイナ・ロイセンツ
種族:人間族
Lv:20
適性:全
異能:«勇者»
筋力:7500
敏捷:5000
耐久:6900
持久:6800
魔力:10050
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この、«勇者»のアーツに目覚めてしまったから全部奪われた。村では珍しい、女の子なのに『僕』って言う一人称は真っ先に止めさせられた。そもそも貴族に引き取られたのだって、ロイセンツ家が村に莫大なお金を支払ったからで……何年かの不作で生活難になってたのから抜け出そうと、村一丸で僕を売った。最後にはパパとママも。
そして毎日、読み書きやマナーの練習と、人類を魔物や魔族から救う勇者としての戦闘訓練を強要されて……まだ14歳なのに、友達が何かすら理解らなくなってくる。手はマメだらけ、躰は痣だらけ……でも、心には何も残らない。この『悲しい』って思う気持ちも、夕焼けを見た時の『感動』って思う気持ちも……ふっと湧いては消えていく。
◇◇◇◇
「おはようございます、勇者様」
「ごきげんよう勇者様」
「勇者様、今日もお美しい…」
僕は『勇者』なんて名前じゃない。
学校でも、誰も私を見てくれない、あれ……『僕』ってなんだっけ?最近すぐ理解らなくなる。
「おはよう…」
僕はこの人達に敬語を使っちゃいけない。
立場が上だから、横柄にしてるくらいが良い……そういう風にしろって言われてるから。
「凄い、教官を一撃で……」
「もうこんな高位の魔法が使えるなんて…」
「孤高の存在よね…」
「この力があれば魔族や革命軍なぞ一捻りだ」
「ロイセンツ家にこれ以上武勲を立てさせては不味いのではないか…?」
「しっ、聞こえてしまうだろう…」
知ってる。
皆が僕を見る時、必ず恐怖が混ざってる事くらい。皆、僕のバケモノじみた力を気持ち悪がってるんだ。しかも、自分に牙を剥かれると面倒だから煽て散らして…。
「帰ったか、とっとと着替えろ」
「……承知致しました」
屋敷に戻ったら、現当主の義父と只管打ち込み稽古をさせられる。幾ら勇者でも、子供の力じゃ国でも5本の指に入るロイセンツ当主には勝てない。それでも、毎日打ち込み稽古をさせられる。一本も取れないと殴られる、痛みに耐える訓練だ…って言って。
「やあっ!」
「フン、多少はマシになって来たか……喜べ来年からお前の通う学校が変わる。新しく出来る、王立の『勇者育成校』だ」
「…!? 」
打ち合いながらも、ロイセンツ当主はそう言った。僕は何も理解らなくて混乱したけど、切っ先を乱せば叩かれる。
「勇者は仲間を連れて旅に出る。過去にも勇者と言われる者が居たが、彼等は優秀な友を連れていたそうだ。この学校は、お前に相応しい仲間を見付ける為に作られた!明日からは人への目利きの仕方も教えてやろう」
「……」
嫌だな…そんな事教わりたくない。
純粋に仲良く出来る人と一緒に居たい。たとえ、恐ろしい魔族でも殺したくない。僕は……人並みの幸せがあれば、地位も権力もこの力も要らないのに…。
「お前にはもっと強くなって貰わねばな。ロイセンツ家の更なる繁栄の為に!」
「…………はい……」
◇◇◇◇
「はぁ……疲れた…」
躰の疲れって言うより、心が疲れた。毎日毎日磨り減って、もういつ擦り切れてもおかしくない気がする。せめて躰だけでも休めたい……でも、僕は起き上がって壁にかけてある愛剣を鞘から抜いた。
「手入れはちゃんとしないと……ね」
もうすっかり手に馴染んでしまったけど、重さも感じなくなってきた愛剣。それでも使い続けるのは、愛着があるから。矛盾かも知れないけど、僕は戦いたくないけど剣を振ってるのは好き。剣技が上達するのが最近は楽しくなってるんだ。……でも、やっぱりそれは『試合』であって『殺し合い』じゃない。
「……今日もありがとね」
そう伝えながら丁寧に刃を磨いていくと、少しだけ心が暖かくなる。ロイセンツ当主は、剣が軽くなったらすぐに変えろ…って言ってたけど、こっそり取り替えておいたりしてもうずっとこの剣を使ってる。これからもずっと、この剣と一緒が良いなぁ…。
2人が出会うまではまだかかりますね……。
モチベが保てればいいな。