革命軍と分岐点
島を離れてもう1週間、まず私は結美を連れて元居た奴隷収容所に向かった。
私の他にも吸血鬼族の奴隷は居たから、その子達は絶対助けようと思って…。
でも、結果は酷いモノだった。見せしめに吸血鬼族は全員殺されていて、他の奴隷も殆どがオークションに連れて行かれてた。残ってたのは、私とそう歳の変わらない人間の子供達だけ。他種族に比べて、人間の脳の成熟は遅い。だから、何回か鞭を打っておけば脱走して損害を被ることも無いし、何よりある程度歳を重ねてた方が需要はある……そんな考えだったんだろうね。
そこに居た、護衛役8人を含む人間17人をアーツに物を言わせて鏖殺した私は、残った子達を保護しようとした。食料庫を漁って、野菜や肉を出来るだけ躰に負担が掛からないようにスープにして食べさせた。
……それでも、半分以上の子が栄養失調で手遅れだった。スープを飲んだ翌朝、もう何人か死んで……そうじゃない子も躰が何も受け付けなかった。口に含んで、どうにか飲み込んで…何倍もの量を吐き出す。薬草を使ってもダメ……結局、昨日までで全員死んだ。
◇◇◇◇
「ん……ぁ…」
「……おはよう、瑤華ちゃん」
そう言って隣に寝転んでいた結美の眼には隈が出来てた。私達は昨晩、死んでいった子達を火葬して骨を埋めてきた。
火葬は私達の弔い方、人間は土葬が主流みたいだけど……やり方を知らなかったから。ちなみに、吸血鬼族は陽光や聖水に弱い訳でも、玉ねぎやニンニクが食べられない訳でもない。それは人間が勝手に流した噂に尾鰭が付いただけで、確かに昼にはステータスが減少して夜には増加したり、人の血は好きだったりする。でも、陽光に当たって炭になったのは見た事無いし、別に人間の血じゃなくても動物の血を定期的に啜れば生きていける。
……って、そうじゃないよね。
兎に角、埋葬を終えた私達は泥のように眠った。私はここ数日殆ど寝てなかったし、結美だってとても落ち着いた眠りには程遠かったと思う。
「……これからどうしよっかな…」
「ここに留まらないの?」
「うん。定期的に業者が来るし…離れるにしても、またここで奴隷を収容されないように燃やしておきたい」
「……この子達の事、自分の所為って思ってる?」
「………半分は、ね」
こんな事になったのは、私の脱走と言う行為が引鉄になったのは紛れもない事実。でも、もういつ引鉄を引かれてもおかしくない……何なら銃を構えて指が引鉄に掛かってたくらいの状況なのも事実。
「多分私、皆が死ぬ原因になったのを悔やむ事も、長い生き地獄からこの子達を救ったって誇る事も出来る。それだけココは限界だった」
皆、笑って死んでいった。
他の子達が絶望して死ぬ中で、笑って死ねたのは救い以外の何物でもない……これは、経験の無い人には絶対理解出来ない事だろうけど…。
「でも、それ以前に私の所為で見せしめにされた子が…オークションで売り飛ばされた子が居る……私はどこまでの命を背負って行けば良いんだろうね?」
「……」
「全部なんて背負い切れない。でも、背負わなかったら後悔する………もうやだ、頭ぐちゃぐちゃだよ…ッ!」
自分の所為だなんて烏滸がましくて、でも自分に責任が無いなんて言えなくて……どっちつかずの私は最低だ。
「瑤華ちゃん、あの──」
「何も言わないで。ちゃんと自分で解決したい」
結美にはまだ寝てるように促して、私は管理人室に向かった。地図の1つでも見付かれば今後が楽になるから。それと、何かしてないとすぐに心が壊れそうになっちゃうから……。
◇◇◇◇
その日の夜には、私達はその場を去った。
馬車に乗せられるだけの食料を乗せて、地図は何種類か貰っておいた。あとは皆燃やした、夜が開ける頃にはあの場所に溜まった苦しみごと灰に変わってくれるように祈りながら、私達は逃げ出した。
「……まだ戻れるよ?」
「ううん、絶対着いていくから」
「そう……これから西にある大国に行くよ。その国は亜人族に対する差別が薄いらしいから、上手くいけば生活に困らないと思う」
「…うん……」
それから、朝になって近くで見付けた洞窟で休息を取るまで、私達の間に会話は無かった。
ただ、不安を押し殺そうとする結美が、ずっと私の手を握ってた。実はその温もりが、私にとっても救いだったりするんだ。
◇◇◇◇
「それじゃあ、交代で仮眠取ろっか。先に休んで良いよ」
「瑤華ちゃんが先に休んで。昨日も、魘されてたみたいだし…私はまだ大丈夫だから」
瑤華ちゃんは不満そうだけど、すぐに寝袋に入って休んでくれました。
日中とは言え、洞窟の中は少し肌寒いので焚き火を絶やさないようにしなきゃいけません。故郷に居た頃にも、復興当初はよくやっていたので苦じゃないです。寧ろ、瑤華ちゃんが傍に居てくれるので何倍も心が落ち着きます。
…あの頃は、何が起きたか理解出来ないまま地下シェルターに避難して、何日かして外に出たら沢山の仲間が死んでいて……幼馴染の瑤華ちゃんやそのお姉さんが行方不明になって…。それでもずっと、生きてるって信じ続けたから瑤華ちゃんが戻って来たって聞いて、とても嬉しかったんです。でも…、大人達は皆して瑤華ちゃんを悪者扱いして──だから、あんな場所には居たくなくて一緒に旅に出る事にしました。
「うっ……ゃ…いや……」
「瑤華ちゃん……もう大丈夫だよ…」
そう言って頭を撫でても、瑤華ちゃんの顔は強張ったままで変わらなくて。口調も、昔はずもっと優しいモノでした。瑤華ちゃんを私の知らない人に変えてしまった経験が、どんなに辛いものなのか私には理解りません。でも、瑤華ちゃんに抱いた気持ちは変わらないです。ずっと私が隣で、瑤華ちゃんを支えるって決めました。
「ん……」
「目が覚めた?具合は大丈夫?」
「…今何時?」
「まだお昼過ぎだよ。もうちょっと寝る?」
「ううん、もう十分休めた」
まだ表情は暗いけど、出発した時に比べたらだいぶ落ち着いていて、私もそろそろ限界が近いから変わって貰う事にしました。
「瑤華ちゃん……聞いて、良い?」
「?」
「瑤華ちゃんのお姉さん……月海さんの事なんだけど……」
寝袋に潜ってから、私はずっと気になってた事を聞いてみました。瑤華ちゃんと一緒に居ないのだから、月海さんの身に何が起きたかはある程度予想が付きます。でも、瑤華ちゃんが帰って来てくれたから…希望を捨てたくなくて……
「…わかんない。収容所に入ってすぐ、お姉ちゃんは別の所に連れていかれたから……」
「そっか、ごめんね…」
「ううん。私はお姉ちゃんが生きてるって信じてるから…謝らないで」
謝るのは、きっと瑤華ちゃんにとって月海さんの死を認めたのと同じ……だからもう何も言わずに、眠る事にしました。
◇◇◇◇
日が暮れてそろそろ出発しようとしてた時、私は何人かの人間がこっちに近付いて来てるのを感じた。結美を急いで起こして、私は武器を手に取った。
「どうしたの…!?」
「人間の気配……数は5人。ううん、離れた所にざっと10人……」
「そんな…」
「私が近付いてきた5人を仕留めるから、結美は洞窟を出てすぐに2時の方向に走って!」
正直、«ルナティック・ブレイヴ»を使う体力はまだ戻ってなかったけど、そんな事言ってる暇は無い。出し惜しみは一切無しで!
「よっこいしょッ!」
乗って来た馬車のストッパーを外して、荷台後方を思いっ切り蹴り飛ばした。ついでに、その音に驚いて暴れ狂う馬も手綱を斬って追従させる。外から人の悲鳴が聞こえて来たタイミングで、私も地面を蹴って1番近くの奴を──
「──あぐっ!?」
……気付けば組み伏せられていた。
右肩を押さえられて腕は背中の方に、うつ伏せのまま体重を掛けられたら抜けられない。本当は痛みも伴うんだろうけど、«ルナティック・ブレイヴ»発動中は痛覚が多少麻痺するから気にならない。
「おい、落ち着けって……」
「ちゃんと抑えなさいよ」
「いやこの子、折れるギリギリの力込めてるのに抜け出そうと…ッああもう!」
「グッ、ウウゥゥァア!」
「お嬢ちゃん落ち着いて、危害を加えるつもりは無いの」
「人間は皆そう言う!…そもそも、吸血鬼族の小娘1人を捕まえる為に大人5人が屯って、恥ずかしくないの?」
これは挑発と陽動。
人間は大体こう言えば怒るし、1人って嘘に引っ掛かってくれる。……何で知ってるのって?昔この方法で脱走した仲間が居たからだよ。まぁ、囮の子はその場で四肢を斬り落とされて、他の子は行方不明なんだけどね。
「随分口の悪い嬢ちゃんだな……ッ、ママに言葉遣いを教わらなかったのか?」
「母さんは3歳の時に人間に殺されたよ!口が悪いのは奴隷商人が毎日暴言ばっかりだったからじゃない?」
一応アーツの影響もあるんだけど、それは言わないでおく。不利になるから。
このまま注意を引き付けておけば、結美は安全な所まで逃げられる。その為に、次は何を言ってやろうか……そう考えてた時だった。
「班長、この子供どうし──熱っ!!?」
「よ……瑤華ちゃんに、酷い事しないでッ…!」
「結美!? バカッ、早く逃げて!」
私を抑えてた男に当たった火球は、結美の放った魔法。私は男が怯んだ隙に逃げ出したけど、武器は取られてるし……結美を背に隠すように構えるしかない。それも、さっき不意討ちでも組み敷かれたんだから、何の牽制にもなってない。
「ッ〜〜、おいティエナ!お前その子が近付いてるの知っててスルーしてたろっ?」
「だって、その子の言うように多勢に無勢じゃあ大人気無いでしょ?ねぇ班長…」
「まぁな。それに、俺達の目的はあくまでスカウトだ。拘束して連れ帰る事じゃない。その子が戻って来た以上、先程お前に制されたこの少女が逃げに走るとは思えない」
「それに〜そっちの子も、仲間を置いて逃げるようなら不合格だもんね〜」
「……」
「えっ、えぇ??」
困惑する結美は別として……この人間達、会話の最中も隙が無い。不意討ちどころか逃げる為の1歩を踏み出す事すら出来ない。
「……この子の事、気付いてたの?」
「索敵に特化したアーツの持ち主が居るからな。それに、この場所を割り出したのは«天啓»のアーツを受けたからだ。それにしても、あの状況で自然な嘘が吐けたのは賞賛に値するよ」
「前情報が無かったら〜逃げられてましたね〜」
「それはどうも……で、何の為にこんな事を?まさかこのまま話をしようなんて言わないよね?その気になれば私達を幾らでも拘束出来るでしょ?」
途中、意図が理解らない事も言ってたけど、それも隙を作る為の罠かも知れない。もうこうなったら、一か八かで強行突破する!
「仕方あるまいな…全員、武具と防具を解け」
「「「「了解」」」」
「……えっ?」
何故か全員が身に纏ってた鎧やら剣やらを外しだした。逃げるチャンスだったのかも知れないけど、困惑した私にはそれが出来なくて……その間に5人全員が普通の服だけ着た軽装になった。
「ほら、コレも返してやる」
「これで多少戦力差は埋まったんだし、話し合いに応じてくれない?」
私は投げ返されて地面に刺さった武器を見て、更に困惑しちゃった。だって、こんな事今まで無かったから。
「……何が目的?」
「君達を革命軍に招き入れる為に来た。改めて自己紹介しよう、革命軍偵察隊第2班の班長、アーロン・バードだ」
「アタシは副班長のティエナ・ティーン、宜しくねかわい子ちゃん達」
「つぅ…火傷した…あ、俺はカイル・クラウン。出来れば冷やすもん欲しいんだが…?」
「あーしは〜、シェリーで〜す。孤児なので姓はありませんよ〜」
「……」
「その無口なのはミュート・クラウン、俺の弟で基本喋らねぇ。気を悪くしないでやってくれ」
さっきとは打って変わって、だいぶ隙が生まれてる。逃げ出そうと思えば逃げられるのに、どうしてか私は動けなかった。
「……瑤華・トワイライトムーン、この子は結美・スキャルドメイル…。さっき『スカウト』って言ってたけど、私達を捕まえて傭兵にでもしようってこと?」
「理解が早くて助かる……が、それは君達が戦う事を望んだ場合のみだ。君達が望むのであれば、補給部隊で生産職を熟して貰う事になる」
「因みに〜、革命軍も余裕は無いので〜タダ飯喰らいは諦めて欲しいのですよ〜」
少なくとも、嘘を言ってる顔じゃない。
でも、革命軍に入るって事は人間の中で生きろって事でしょ?まず不可能だよ…。
「一応言っておくが、革命軍の4割は亜人族や魔族だ。人間同士の争いにも関わらず、賛同してくれる同志は居る」
「まぁ、それも戦闘員だけで換算してるから、保護してる亜人族の子供達を含めたら半数は下らないな」
「……それを信じるとでも?」
「だよねー、でもまぁ…コレ見たら信じてくれるっしょ?」
ティエナって女の人が指を鳴らすと、さっきまで離れた所にあった気配が近付いてきた。囲まれる──
「えっ、エルフ族!? 獣人族まで……」
「どうして…」
「あら可愛い子、抱き締めて良い?」
「吸血鬼族は初めてあったヨ!よろしくネ!」
「アリアさん、流石に初対面で抱き締めるのは「ぎゅー!」……もう手遅れか…」
「結美!? 」
「じゃあ私モ!」
結美はエルフの中でも一際美人のお姉さんに、私は私より少し背が高いくらいの獣人族の女の子に抱き締められた……うっわ、モフモフだ!
「……コホン…。エルフ族の族長アリア・クリスタル様と人狼族の族長ペネット・ウルフ様だ」
「うりうり〜♪」
「く、擽ったいです……」
「ほらぁ、モフモフだよ?」
「もふもふ……もふ…」
「あの!そろそろ本題に移りたいんですが!」
その声で2人共離して貰って……改めて気を引き締める。……さっきからティエナって人がニタニタしてるのがなんか腹立つ。
「アリア様が、さっき話した«天啓»のアーツの使い手だ」
「そうそう、夢に視たのよ。放浪する吸血鬼族の子供を2人保護する夢。しかも、革命軍の状況が好転するってオマケ付きのね」
「そう、なんですか……」
「だからほら、私達の所に来なさい!魔法なら幾らでも教えてあげられるし、女性の割合が圧倒的に多い種族だから待遇も良いわよ?」
「ズルいズルい!モフモフの方が良いもん!獣人族は他にも種族が多いから楽しいよ!」
……うん、悪い人達ではないんだ。
「革命軍は、亜人族や魔族を弾圧する人間の王国を打倒する為に生まれた組織だ。参加する者は皆、差別を後世に残す事を拒む。自分達と同じ苦しみや過ちを繰り返さないで欲しいと願っている」
「……理解りました。今は貴方達を信じます」
「瑤華ちゃん…」
「ただ、私は……私の大事な人を傷付けられたら許さない」
「あぁ、承知している」
差し出されたアーロンの手を、私は強く握った。これが、この選択が私を苛烈な戦いに引き込むなんてまだ……知る由も無かった。
次回、途中からヒロイン枠の子が登場します!