その少女、吸血鬼の末裔にて
「パパ!ママ!」
「瑤華ったら、そんなに騒いでどうしたの?」
瑤華・トワイライトムーン
それが私の名前、父のダルモンと母の梓沙の寵愛を受けて育った3歳女の子。
「うみからね、ニンゲンのにおいがしたの」
「……それは本当なの?」
「うん」
「…梓沙、長に伝えてくれ。俺は海を見てくる」
「気を付けてね…」
「?」
幼いながらに、両親の只ならぬ空気はひしひしと感じてた。でも、これがパパとの最後の会話だなんて思いもしなかった。
……これは私が全てを失った日の記憶。
◇◇◇◇
時は流れて、私は6歳になった。
私は奴隷として生かされていた。あの日、東方の島国にあった私達『鬼』…公的には『吸血鬼族』は海を渡って来た人間の侵略によって壊滅させられた。
「とっとと働け!」
「あぐっ!」
男は皆殺された。
女子供は奴隷として捕縛されたり、その場で慰みモノになったり……ママは、手足を落とされてたっけ…?
「っ、テメェまた商品に傷付けやがったな?罰として鞭打ち100回だっ!」
「違う、私じゃな──イダッ!!」
「口答えすんなよブタがぁ!」
私のパパは人間で、元々は凄く頭が良くて偉い人だったんだけど、亜人族との戦争に反対したら海に流されて……そんな感じの事を話してた気がする。亜人族には『吸血鬼族』、『エルフ族』、『獣人族』が居る。他に魔族って括りもあって、そこには『魔人族』と『妖精族』が存在するんだけど置いておいて……吸血鬼族は何百年も前に人間の迫害から逃れて島国で種を繁栄させた。
「しっかし、コイツのオッドアイは気持ち悪いなぁ。片目だけ紅い吸血鬼なんて初めて見たぞ?」
「お前、そもそんなに吸血鬼見た事無いだろ」
「へへっ、バレちった」
「……」
「ったく、まぁ吸血鬼ってのは必ず両目が紅いらしいからな。片目ってのは高く売れるんじゃないか?」
そう、鬼は皆が紅い眼を持って生まれる。私はパパが人間でママが鬼──つまりはハーフヴァンプだから左眼だけが紅。回復力も高いから、オークションの1週間前くらいまでに受けた傷は大体消えて無くなる。故郷でこの眼を理由を原因にいじめられた記憶は無い、そもそも人間だったパパですら受け入れたおおらかな種族だったから。
「でもよぉ、コイツいつ7歳になるんだ?ステータスが判らんと売り物にならんぞ?」
この世界では、7歳になるとステータスが与えられる。ステータスはこの世界の神様が与えてくれたモノ……らしい。何でも、ステータスについて何も理解らないから、大昔の人間が神様の仕業にしたってママは言ってた。
ステータスは種族に関係無く、絶対7歳になった日に与えられる。そこには筋力だったり、耐久性が数値化されていて、自分しか見えない事になってる。
「おい、お前が生まれた日はいつだ?」
「ッ……」
「いつまでも伸びてねぇで答えろゴミクズが!」
「っ、わかりません……」
「チッ、使えねぇ……これからは定期的に水晶持たせるか」
これは嘘、私の誕生日は今夜。
私はこの日に全てを賭けてきた。ステータスには、『アーツ』って言う特殊能力が添えられてる。アーツは魔法とは違って、この世界に存在する『魔法』と違って全員が同じモノを使えない。魔法は適性こそあれど、修練すれば誰でも使える。でも、アーツは与えられた1つだけしか使えない。魔法と違って与えられた時からある程度行使出来る……だから、この地獄から抜け出せるかも知れない。だからもし、戦闘向きじゃないアーツに覚醒したら……首を斬って死ぬ。
「……日を跨いだな。おい、今日の仕事は終わりだ。とっとと寝床に戻れ」
「…はい……」
「さて、女抱いて寝るかな〜」
「お前これ以上壊すなよ?」
「へへへ、精々気を付けるよ」
私はそさくさと宛てがわれた部屋に戻った。
そこは独房って呼ぶのが相応しい部屋で、大して広くもない部屋に10人の奴隷が放り込まれてる。私の部屋は皆子供で、誰かが夜泣きして全員鞭打ちくらいはザラにあった。人間6人、獣人3人、そして私……自ずと誰とも喋らなくなるし、誰も関わろうとして来ない。
えっ?寂しいって思った事……無いよ?だって、人間はよく私からご飯を奪い取るもん。
────────
名前:瑤華・トワイライトムーン
種族:吸血鬼族
Lv:1
適性:闇・氷
異能:«ルナティック・ブレイヴ»
筋力:25
敏捷:50
耐久:10
持久:10
魔力:70
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«ルナティック・ブレイヴ»……吸血鬼族の族長が持ってた異能だ。これは、ハズレだ。一度だけ族長に会った事があったけど、族長は『こんなアーツじゃ何も守れねぇ』と言っていた。今なら理解る、このアーツは自分の中の怒りや憎悪を暴走させて肉体のリミッターを解除する。私の知らない感情、なのに使い熟せる訳が無い。
……目の前が真っ暗だ。もう良い、死のう。
私は、懐からさっき仕事中に盗んだ粗雑なナイフを取り出して──首に突き刺した。
◇◇◇◇
──ねぇ、本当にそれで良いの?
五月蝿い、死なせて…。
──死ぬの?憎くないの?
そんな感情知らない。
──嘘吐き、知ってるでしょ?ほら…
ッ!?
視えたのは、全身を槍に穿かれたパパ。
それに、手足を斬り落とされた挙句……両眼を抉り取られて十字架に架けられたママ。
──ほら、憎いんじゃない。殺したいでしょ?
そんな事無い……私、は…
──殺したくないの?全てを奪った人間を…??
殺す……なんて…
──堕ちちゃえ!ほら、楽になれるよ!!
殺し……たいの?
──アナタなら出来る。ほらほら、起きて…
……目が覚めた、私はまだ生きてるらしい。
全身を鎖で拘束されてて、口には猿轡をされてるけど、私は生きてる。首はまだ痛むけど、意識がはっきりして、ずっと胸に抱いていた想いがちゃんと理解った。人はこれを『憎悪』って言うんだ。なら、私は戦える──蹂躙開始だよ。
「«ルナティック・ブレイヴ»」
◇◇◇◇
肉体が強化された私にとって、全身を縛る鎖は朝顔の蔦を千切るのと大差無かった。何せ強化の割合は10倍、これはパパとママを大きく上回る。
「殺す……殺してやる…グチャグチャにッ!」
外からの気配がしたから、咄嗟にドアの後ろに隠れた。
「クソが、商品を盗んで自殺未遂なんざしやがって……焼印増やして………ッ!? 居ねぇ、逃げやがっ──」
知ってる?人間って首を90°傾げると首の骨が割れて死ぬんだよ?……何で私がそんな事知ってるかって?コイツ等が前に喋ってたから、私に鞭打ちながら…ね?
…取り敢えず、この男の持ってたマチェットと投げナイフを奪っておいて外を目指そう。
「…お腹空いた……」
鬼は人の血を吸うから吸血鬼って呼ばれてる。ただ、その中には人間が歪めた認識があって…、代表的なのは吸血鬼が日光を浴びても平気だってこと。それと、血以外を摂取していれば、吸血頻度は少なくて良いってこと。
私が何度も経験した『渇き』は、大体月に1度来るけど、その時は自分の血を啜って耐えた。でも『飢え』は血を啜るか何か食べないと消えない。
「……んは奴隷が売れねぇなぁ…」
「大将ォ〜、女にはいっぱい食わせましょうよ〜。あんなガリガリより肉付きが良い方が売れ」
曲がり角の先から歩いて来た2人のうち、弱そうな方を先に殺した。ステータスに物を言わせて距離を詰めたから、全く反応出来てなかったね。死体を蹴り飛ばして死角から串刺し……はい、一丁上がり。
進んだ先は渡り廊下だった。
来た事がなくて戸惑うけど、ふと右側の窓を見たら海が見えた。大陸は東の一部地域しか人が居ないって聞いたから、この海を越えたら故郷に戻れる。
「戻って何かが残ってる訳でもないけど…」
窓から外に出て、初夏の日差しの中を駆ける。
港があって、私はそこに向かった。何人か居たけど全員殺して、今度は船を奪う。魔力でエンジンを動かす小型船に飛び乗ってすぐさま出港、感覚で操縦出来て良かった。
「追手は…来てるね……」
4隻が追って来てるし、当たりこそしないけど砲撃もある。対して私にはナイフ2本とマチェットだけ……勝ち目が無さ過ぎない?
「……あっ、そう言えば闇魔法は昔ちょっとだけ教わった気がする」
鬼は成長が早いから、3歳ならある程度の知識は持ってたし、狩り出たりもする。ママは光と闇が得意で、簡単な闇魔法を教わってた気がする。確か──
「«アサルトバレット»」
掌を4隻のうち1番左の船に向けて詠唱すると、みかんくらいの大きさの黒い球が現れて、真っ直ぐに飛んで行った。黒い球はそのまま船の左底に当たって、みるみるうちに船が沈んでく。今度は無詠唱で1番右側の船を狙った……2発外したけど当たった。
「やっぱり助けに行った。今のうちに…」
«ルナティック・ブレイヴ»の限界が近かった。
残った魔力を総動員して加速、あっという間に追手が見えなくなったのを確認して……意識を手放した。
◇◇◇◇
──ほら、殺せたでしょ?怒りのままに。
…誰…ずっと話し掛けてくるけど。
──私もアナタ、アナタが押し殺してるアナタ。
私…?そんな……
──じきに理解るよ、その時まで忘れてね?
◇◇◇◇
「ん……あれ?ここは…」
すっごく大切な事を言われた気がするけど、思い出せない……そもそも、言われたって誰に?
「……そっか、私…船に……」
そんな事より、私はまだ船の中に居た。
追手は……居ない、けどお腹空いた。非常食くらいあるよね……って探し始めたんだけど、
「何も無い……」
いくら小型船だとしても、遭難した時の非常食すら無いってどういうこと?人間ってやっぱり頭が悪い……なんて思ってた瞬間、船が大きく揺れた。
「な、何っ!? 」
追手かと思ったけど違う、船にぶつかったのは人喰い鮫の群だ!
マチェットで殺れる相手じゃない、魔法で何とか──ダメだ、速過ぎて当たらない。ってなったら逃げるのが先決なんだけど……アーツを使っても逃げ切れないかも知れない。
「……ここで死ぬんだ…」
口にしちゃえばあっさりしたもので、口に出したからこそ怒りが募った。何で私がこんな思いをしなきゃいけないんだろう…、ただ生きてるだけで裁かれなきゃいけないの?平穏を求める事が罪なの??
「……なら、堕ちてやる!! 生きる為なら何だってッ!ハハ、アハハハハッ、ハッ…アハハハハハッ!!!」
恐怖なんて微塵も無い。
私のナカで何かがプチッて切れた音がしたけど、今はそれすら心地良い──
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