遠方からの来客
転機というのは本当に突然やってくる。それは今の我々の現状を見ても明らかなわけで──
ピッ
「……お?」
そのメールが届いたのはシードに髪を洗ってもらった夜の翌日、夕食の支度を始めようとした時だった。
検証勢からの連絡であれば食事の支度は終わってからゆっくりチェックしようと思ったが、送り元を見てすぐに開くことにした。あまり想定していなかった名前だったからだ。
FROM:メイ
TO:リセ
HEADER:やほー
BODY:おにーさんお久しぶり、元気してる? 最後にあったのは2か月くらい前に向こう側であった時だったけ。こっちではずっとあってないよねぇ……
というわけで、実は今おにーさんのギルドハウスのすぐ側まで来てまーす。顔出しに行っても大丈夫?
「ああ、アイツもプレイしてたな。こっち来てたのか」
メールの送り主のプレイヤーの顔を思い出す。こちらでは最近あまり接点がなかったため、連絡先の対象から抜け落ちていた。
「すっかり忘れてたわ。もうちょい心配してやるべきだったな」
「ほんと翔おにさーん、薄情だよね。酷いなぁ」
!?
突然背後から響いた声に思わずピシッと背筋が伸びる。と同時に手に持っていたものを取り落とした。
ドスッ!
落とした物──包丁は真っすぐ床へと落ち、両足の間の床に綺麗に突き立つ。
「うわぁお!?」
一瞬の体の硬直の後に慌てて後ろに飛び退ると、何か柔らかいものが背中に当たった。
そしてそのまま背後から細い腕が伸びてきて抱きすくめられる。
その腕の主が耳元で言葉をささやいてくる。
「危ない危ない、気をつけないと。大丈夫? 漏らしてない?」
「し、してない!」
多分!
じゃなくて!
「お前……!」
声の主に文句を言ってやろうと腕を振り払い、体を翻したところで目が合った。
声の主ではない。
食堂の入り口で、きょとんとした顔でこちらを見ているリアルとだ。
「何してんの?」
……何してるんだろうね?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「メイです、よろしく~!」
ちょっといろいろあってその数分後。
リアル以外のメンバーも戻ってきて全員集合した食堂に、いつもと違う声が響き渡った。
その勢いに若干戸惑いを見せながら、リアルと岩鉄が自己紹介を声の主に返している。
一方残りの二人は
「久しぶりだね~、メイちゃんもこっち来てたのね」
「お久しぶりです」
「シードさん久しぶり! あとそっちのスライム君is誰」
「フラットです。過去に一度神鳴る者の地下迷宮でご一緒させていただきました」
「あーあーあー、あの時のヒーラー君……なんでそんな姿になってるの?」
「これには聞くも涙、語るも涙の物語がありまして」
『転身』しただけだろうが。
いや、そんなことはどうでもいい、それよりもだ。
床に突き立った包丁の後始末と、あとこっそり大丈夫だったことを確認してから俺はシード、フラットとわいわい話し込んでいるショートポニーの少女──メイをにらみつける。
「おい、メイ」
「なに、おにーさ……あ、なんか怖い顔してる」
「言いたいことはいろいろあるが……まずどこから入って来た」
「普通に玄関空いてたよ。中にいるの窓から見えたし声かけても反応ないから入ってきたんだけど」
あれ……献立考えるのに集中してて、聞き逃したかな……いやでもあのメールのタイミングだと確実に中に入ってからメール送信してるよな? 少なくとももうちょっと普通に声かけれただろう。
「あと包丁扱ってる人間を後ろから脅かすのはやめろ。マジ危ないだろ」
「それに関してはごめんね。びっくりして漏らしちゃうかもだしね」
「するわけないだろ馬鹿野郎」
おいシードこのタイミングで微妙な表情を浮かべるのやめろマジで。
「それと、実名呼びは完全にギルティな」
「あ……それは本当にごめん。ちょっと安心してポロっと出ちゃった。えっと、改めてなんて呼ぶ? リセちゃん? リセねーさん? リセちー?」
「そこは好きに……」
「ねぇ、二人ってオフライン側でも知り合いなの!?」
先ほどまで人見知りが発動して借りてきた猫のようにおとなしくなっていたリアルが、突然話に割り込んできた。好奇心が先に出たらしい。
そもそもすでに一人知っている奴がいるし、隠すことでもないので俺は頷く。
皐月芽衣。これでもかというくらい5月生まれな名前なのに実際は11月生まれな彼女は、リアルが聞いた通り現実側の知人だ。年は……確か17。俺とは一回り以上離れているが別に変な関係ではないし、血縁者というわけでもない。
昔からのVTRPG(最初の頃はTRPGだったが)を一緒に遊んでいる先輩の娘。そして彼女自身もVTRPGを遊ぶためVTRPG仲間でもある。
「シードとフラットもそうなの?」
リアルの言葉に二人は首を振る。
「私は彼女がアルテマトゥーレを初めたころに何回か一緒にパワーレベリングに付き合っただけ。知り合いなのは聞いてけどね」
「僕に関しては一回ダンジョンで大規模PTを組んだ時一緒になっただけなので。知り合いだったのも今知りました」
メイは俺等が始めてからしばらく後、フラット達と合う前に彼女の友人2名と一緒にアルテマトゥーレを始めた。その時に何度かレクチャーやパワーレベリングへの付き合いをしてやったが……その後は俺があまり自ギルドに現実側での知り合いを入れることを好まなかったこともあり、彼女たちが確かどこかの大規模ギルドに所属した以降は現実側であった時は多少その話はするものの、殆どアルテマトゥーレでは会っていなかった。だから今日まで忘れていたわけだが……
あ、そういやコイツのギルド……
「なぁメイ?」
「なに?」
「お前の所属ギルドのギルドハウス、確かここからくっそ遠かったよな? なんの用件でこっちきてるんだ?」
目的がなければ基本ギルドハウス近辺にいるはずだし、遠征するにしてもソロはリスクが高いからギルメンと一緒だろう。情報収集か何かでこっちで来てるのか?
「あ、私今フリーだから」
Why?
「所属ギルド脱退した」
え、マジで?
「え、このタイミング抜けたんですか?」
フラットの言葉に、メイは首を振る。
「抜けたのはこんなことになる直前」
「なんかあったのか?」
「いやぁ、サブマスにどこからか私がリアルJKってのを知られたらしくしてさぁ。やたら絡まれるようになってそれをマスターに報告しても何も改善されなかったんでスッパリやめた。正直英断だったと思う」
本来そういった問題が起きたときに対処すべきサブマスやマスターがその様じゃ、脱退するのも無理はない。結局はゲームだ、過度のストレスを感じて迄することでもないしな。ただそれが今の状況になったあとだったらボタン一つで抜けましたはいさようならとはいかなかった可能性が高いので、こういっちゃなんだが良いタイミングで脱退できていたと思う。
「じゃぁこっちに来てからずっとソロか」
「うん。……実はここに来た理由もそれが絡んでるんだよね」
成程。
先ほどまでの態度とは打って変わり、上目遣い気味にこちらを見てくるメイの言いたいことは分かった。
今の状況下、ソロはきついよな。世話になってる先輩の娘さんだ、何かがあったら寝覚めが悪いどころでは済まないし、ここは何とかしてやりたい。
「皆、いいか?」
俺は他のメンバーに順番に視線を送ると察してくた皆は大丈夫、と返してきた。リアルだけすぐにはわからなかったようだが、シードが耳打ちすると大丈夫とコクコク頷く。その皆に頷き返してから俺はメイを正面から見つめこちらから言ってやることにした。
「うちのギルドに入るか、メイ?」
「あ、うん。お願いします」
顔に安堵の色を浮かべ、メイが全員に向かって頭を下げる。やはり多少は断られる事を考えていたのだろうか。この状況下でそんなことするわけないのにな。
メイが大きくため息を吐く。
「この世界で無条件で信用できるのおにーさ、じゃなかったリセねーさんくらいだからさ。助かった」
「「「「無条件」」」」
おい全員でハモんな。単純に彼女が子供のころから知ってるからだよ。まぁ変に言い訳するとフラットあたりがまたいじってきやがりそうだから特に反応しないが。
とりあえず、部屋の準備やいろいろな説明はシードに任せるか、夕食の支度しなければいけないしな。あとは積もる話は食事の時でいいだろう。
そんなことを考えているとメイが口を開いた。
「ああ、そうだ。手土産ってわけじゃないけど、一つ話があるんだ」
「なんだ?」
「あっち側への帰還に向けての提案なんだけど」
全員の動きが止まった。
「……何か、情報があるのか?」
メイが頷く。そしてあくまで可能性の話で、現時点では朧気でしかないんだけどと前置きした上で彼女は言った。
「ユグドラシル、探さない?」
ブクマ入ると本当にモチベーションがあがります。ありがとうございます。