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命の洗濯


「ふぃ~」


熱い湯舟の中に身を沈める瞬間が、その日の内で一番最高の瞬間と感じるのはどっちの世界でも変わらない。風呂は命の洗濯といったのは有名アニメのキャラだったか。


うちのギルドハウスの裏手には和風の露天風呂がある。洋館の裏に和風なのではたから見ると思いっきり違和感バリバリなんだが、俺がギルマス権限で強引に設置した施設だ。

露天とはいえ高めの柵も屋根もあるから雨の日でも入れるし、獣が迷い込むこともない安心設計である。

空が晴れて月が出ている夜なんかは特に最高だ。この時間帯だけは現実に戻れなくてもいいかななどと考えてしまう。


マジでごり押しでこの風呂を強行設置した過去の自分に感謝したい。毎日一人でこの広い露天風呂を満喫というのは最高の贅沢だろう。


ウチの風呂、は大体3グループに分かれて入っている。男性組、女性組、んで俺だ。

いくら現在の外見が女とはいえ、中身女性の女性アバターと一緒に風呂に入るのは気が引けるし、かといって男性組と一緒に入るのはそれはそれで問題がある気がするのでどちらも拒否った(そも男性側は誘ってきてないが)。そしてのんびり入りたいので、いつも一番最後に入らさせてもらっている。どうせ家事とか終えた後にトレーニングしてたら遅い時間になるしな。


「……しかし本当に綺麗な肌だよなぁ……」


湯船の中から手を出し、眺める。

毎日見ている自分の手だが、自分だとは思えない綺麗な肌。

始めの頃に裸を見たり触ったりするたびに感じていた罪悪感はさすがにもう感じなくなったが、違和感はどうしたって消えない。仕方ないだろう、俺が数十年見続けた体は男のものだ。こんなか細い少女の体じゃない。


「髪も綺麗だよな、面倒だけど」


今は湯船にあまり触れないようまとめ、タオルを巻いている髪にも触れる。

転移初日、風呂に入った後男の時と同じようにクッソ雑にシャンプーだけして上がったら、なぜかシードにめっちゃ怒られたあげく(そもそも雑に洗ったのがなんでわかったんだ?)髪の洗い方をがっつりレクチャーされた。それ以降もこまめにチェックが入ることになったため、仕方なく言われた通りの手順で髪を洗うようになった。おかげで風呂の時間が10分以上伸びてしまった。俺は湯舟に使ってる時間が好きなだけであって、それ以外は短くていいんだがな……


で、その洗髪や髪を結うのが面倒くさくなって髪を切るかって話をしたら全員一致で否決された。なんなんだお前らは。


「人の髪の事になんであんな口出すんだか……」

「綺麗な髪してるからでしょ、もったいない」

「ほぉぁっ!?」


おっと変な声が出た。


突然かけられた声は背後、ようするに風呂の入り口側からだった。この声は、シードか?

俺はそちらの方を見ないように注意しつつ


「あの、シードさん? 今私が入っている時間帯デスよ……?」

「こっち見て大丈夫よ、水着来てるから」


その言葉に恐る恐る振り返ると、確かに水着を着ていた。あ、このビキニ去年の夏イベントで配布された奴だ、俺も持ってるわ。

……いや、そうではなく。


「あの、シードさん? もうお風呂に入ってましたよね? どうしてまたお風呂に?」

「なんでさん付けなの?」


混乱してるからだよ。誰も来ないと思ってたのに女の子が入ってきてビビってるんだよ。

ああでも少し落ち着いてきた。


「お風呂、隣いい? リセは私達から見られるのはいいんだよね?」

「ああ」

「じゃ、失礼して」


掛湯をしたシードが、俺の横に身を沈めてくる。


「んー……気持ちいいねぇ」

「で、用件は?」


その格好をしてわざわざ二度目の風呂にきたあたり、もう一度お風呂に入りたかっただけってわけではないだろう。俺に用件があるはずだ。


「んと……」


シードは、一瞬だけ言い淀んでから続けた。


「旅に出るにあたってのもう一つの懸念事項について話しておきたくってさ」

「あー……」


その話かー。

夕食の時に話題に出さなかった、もう一つの懸念事項。


「相手の事を()()()()()()()って話か」

「うん」


シードが頷く。


「リセは、どう考えているのかなって」


そう、シードの言う通り懸念していることが一つある。モンスターとはいえ、()()()()()()()()()()という問題だ。


「……倒したエネミーがゲームみたいに消えてくれればよかったんだがなぁ……」

「そうだね……」


これも検証勢から貰っていた情報だが、エネミーを倒した場合、ゲームと違い死体はその場に残る。プレイヤーと同様にだ。ということは、自分がその存在を殺したということを見せつけられるということだ。そして更に近接勢に関しては直接相手を切り刺しする感触を感じることになる。生き物を殺した感触を感じてしまうということになるのだ。平気な人間もいるだろうが、繊細な人間なら耐えられるだろうか?


「フラットはまぁ大丈夫としてだ」


アイツはうちのギルドに入った後、一度リビルドチケット(有料)を使ってスキルの再構築を行い、完全支援型になっている。攻撃手段をほぼもたないため、相手を倒す手助けをすることはあっても直接手を降すことはない。


「岩鉄とリアルはどうだろうな……特にリアルだ」


肉弾戦を行う二人に関しては、先ほどの懸念が直撃する。それでも岩鉄は聞いている限りでは成人の男性だし、性格も老成さを感じさせる雰囲気がある。上手く折り合いの付け方を見つけてくれるかもしれない。だが問題なのはリアルだ。我々の中で恐らく最年少で感受性の豊かなあの少女は果たして耐えられるだろうか?


「リセってリアルちゃんに甘いよねぇ」

「なんだ、焼きもちか?」

「バーカ。でもまぁわかるよ。でもさ」


シードが言おうとした言葉を引き継いで俺は言う。


「本人も言っていた通り、自分だけが何もしないってのもつらいからな。ひとまず様子を見て、フォローしていくしかないかな」

「そうだね……あと、リセ自身はどうなの?」

「ん、俺?」


シードが頷いたので、俺は答えた。


「俺は大丈夫だ」

「……断言できるの?」

「ああ。もう()()()()()()

「え」


いざ本番というときに全員が躊躇するようでは命取りになる可能性がある。俺は一度森の中でエネミーと遭遇はしているが、あれはいろいろ状況を理解していなかったし、そもそも戦おうという考えすら起きなかったので参考にならない。なのでこの世界のエネミーがほぼゲームと変わらないのが確認できた後、俺は一度わざと安全なルートを外れプレイヤーを襲うエネミーの襲撃を受け、その敵を()()()いる。

その時に、いろいろな思いはあるにせよ躊躇はせず魔法は撃てたという話をシードにした。


「というわけで、俺は大丈夫だ。……シード?」


話し終えてシードを見ると、彼女の眉間に皺がより、眉が吊り上がっていた。これは……怒っている? そしてシードの両手が俺の顔を伸ばされ


「なんで! リセは! そういう無茶なことするの!」

「いだだだだだだだだ!」


拳骨でこめかみをクグリグリするのはやめろぉ!


「もしもの事があったらどうするの!」

「俺は<<フライト>>も<<テレポート>>もあるからヤバくなったらすぐ逃げれるんだよ!」

「それでも!」


あ、グリグリ収まった……と思ったら今後はその手が俺の後頭部に回され、引き寄せられた。

あれなんか顔に柔らかいモノが柔らかいモノが柔らかいモノが


「一人であまり抱え込もうとしないでよ……せめて私には話して欲しい。長い付き合いでしょ……?」

「……悪かった」


シードはサービス当初に会い、そのまま意気投合してギルドを立ち上げて以来の付き合いである長い仲だ、相棒といっていい。そんな相手に相談も受けずに無茶(自分ではそんな無茶をした覚えがないか)をされれば確かに不満は感じるだろう。俺だってシードにそんなことをされたら同じ文句を言いそうだ。


「もう勝手なことはしないと約束するから……トリアエズハナシテイタダケマスカ」

「あ、うん、ごめん」


シードが慌てた様子で抱え込んでいた俺の頭を離す。

多分先ほどの行動は完全に無意識で、冷静になると恥ずかしさが出てきたんだろう、体を離したシードの顔は赤く染まっていた。そして多分俺の方も顔が赤くなってる。


お互い相手の顔がなんとなく見れなくなり、うつむいて黙りこくる。

先にその空気に耐えられなくなったのは俺の方だった。


「……シード」

「あ、ひゃい!」


シードの返事が裏返ったが、ここで止まるとまた空気が戻りそうだったので気にせず続ける。


「お前の方はどうなんだよ」

「私の方って」

「戦えるかどうかだ」


シードが顔を上げた。まだ少し顔が赤いが落ち着いては来たらしく、今度は裏返っていない声で答える。


「私も大丈夫。実はリセを迎えに行くときに一度襲われて戦ってるから」

「お前人の事怒っといて……」

「私のはリセと違って不可抗力だから違いますぅー。でもまぁ結論からいうと向こうから襲ってくる相手なら私は問題なく戦える、と思う。さすがにがっつり人型だと自信ないけど」

「そりゃ俺も一緒だ」


この辺り正直に言ってくれるのは助かる。変に隠されてもデメリットしかないしな。


「まぁ全員ダメそうなら<<テレポート>>で強制離脱するよ。転移先はここのエントランスに設置してあるしな」

「うん、そうなった場合は任せる。あ、みんなちゃんとテレポートの自動受諾設定するように伝えておくね」

「おっと忘れてたぜ。さすがサブマス様」

「へへ、任せなさい」


<<テレポート>>は別のスキルと組み合わせることでパーティメンバー全員をまとめてテレポートさせられるんだが、ウィンドウで拒否や確認有の設定ができる。緊急時に使った場合にわざわざ確認なんか入ってたら当然不味いわけで、俺はどうも根が大雑把なせいかこういったところを見落としがちになるので、こういった事を小まめにフォローしてくれるサブマスの存在は非常にありがたい。


俺はずぶずぶと体を沈め、湯船に肩まで浸かる。


「何にせよ、結局のところこの辺に関してはすべては旅の目的地が決まってからなんだけどな」

「だねぇ、明日から頑張らないと……あ、リセ。髪洗ってあげよーか?」

「……せっかくだから頼むわ。慣れたけど自分でやるのめんどくさいのは確かだし」

「いつでも頼ってくれてもいいのよ?」

「まぁ疲れたときは頼むことにするよ」

「はいはい、それじゃ一回上がって」

「あいよ」


なんか大股開きで上がったら微妙な目で見られたが、だから俺は男なんだよ。















誤字報告ありがとうございます。何度か見返してるんですがそれでも見落としますね……


あと油断してるとたまにリサという知らない子が登場するので注意しないと……

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