団らんの食卓
「あたしこのギルドに所属してて本当に良かったと思う」
「リアルちゃんそのセリフ毎日言ってない?」
「毎日思ってるもん! ご飯美味しいの大事だよ?」
食事に口を付けて表情を輝かせたリアルが、シードに対して力説している。まぁ確かにまずい飯が続くと一日の活力も沸き辛くくなってくるよな。
「そういってもらえると作り甲斐があるな」
リアルはこの辺りストレートに表現してくれるのでありがたい。やはり喜んでくれる人がいると作ることに対するモチベが違ってくるからな。ほかのメンバーも感想をいわないわけじゃないが、リアルは感情がすごく表に出るのでこちらとしても特に嬉しい。
「優しいし、面倒見はいいし、ご飯もおいしいし……こっちにいる間はリセの事ママと思っていい?」
「それはさすがに勘弁してほしいかな……」
「ママー」
「よしお前はぶっ飛ばす」
「リセさん僕に対してだけ当たりが強くありませんかねぇ」
明かにからかう調子で言ってくるからだろ。
というかママとか新妻とかお前らの俺を見る目は一体どうなっているんだ。こちとら30代半ばのサラリーマンで今の姿は少女なんやぞ。
「まったく……さっさと喰え」
若草色の饅頭にそういいつつ、自分も食事に口を付ける。うん、味は悪くないな。
「あーでも毎回言ってるけどお米が欲しくなるよねぇ」
「アズマが実装されてればなぁ……発表されてるけど実装はまだだった部分てこのあたりどうなってるんだろうな?」
シチューにパンを浸して食べているシードに、俺はそう返す。
アズマは次のアップデートで実装予定だったエリアだ、俗に言うゲームでよくある極東地域って奴だ。公開されていたスクリーンショットの中には明らかに稲田もあったので、あそこが実装されていれば米も喰えそうな気がする。
「アズマ、存在してるくさいですよ、この世界」
「え、マジで?」
「東にあるマクリオって街から、アズマ行きの船が出てることを確認したそうです。僕のフレンドが準備してから行ってみるといってました」
マジかー。だったらこっちに向こうの食材輸入してくんないかなぁ……マクリオ、ここからだとかなり遠いから自分で買いに行くのつらいんだよな。なんでファストトラベル系のスキルないんだよこの世界。<<テレポート>>は一方通行だしさぁ……
「お米、確かに食べたいよね……あ、でもリセのご飯はなんだっておいしいよ!」
うん、ありがとな? 隣に座ってたら頭をなでてやりたかったところだ。
明日はリアルの好きなものにしてやるか? もちろん贔屓だ文句あるか。
「シード」
俺がリアルの好きだといったこれまでの献立を思い出そうとしていると、珍しく岩鉄が口を開いた。
「ん? 何、岩鉄?」
「例のスキルは取得できたのか?」
「……ああ、問題なく取れたよ。<<ペインリリーフサウンド>>と<<アネスシージア>>」
「……これで問題の一つは消えたな」
岩鉄が満足げに頷いて食事に戻る。
転移当時に出た探索に出る際の問題として痛覚の問題があったが、これに関して「元からないものでも、これ必要な奴とかどっかから設定湧いて出るからそれ系のスキルもあるんじゃ?」と話題になりいざ調べたところ、案の定スキルの中にいくつか痛覚軽減系のスキルが見つかった。そのうち一つの前提スキルをシードが達成できそうだったためそれに関するトレーニングを行い、めでたく本日探索者協会で取得してきたわけだ。
ちなみに<<ペインリリーフサウンド>>が痛覚軽減、<<アネスシージア>>は痛覚遮断で行ってしまえば完全な麻酔だ。なので<<アネスシージア>>は緊急時用、通常時は<<ペインリリーフサウンド>>を使用することになるだろう。完全痛覚遮断はいろいろと不味いしな。
「ここから先、ずっと検証勢任せというわけにはいかないからね」
シードの言葉に俺は頷く。
最近プレイヤー間では英雄みたいな扱いになってきた検証勢だが、今の所現実への帰還の手がかりを見つけたという報告はない。そしてフレンドリストで確認する限り、数人程度ではあるが名前の表示が消えている。これは検証勢は当然ある程度無茶をしているのでゲームオーバーになってしまったという可能性が高いのだが、もう一つの可能性も考えられる。
「現実への帰還方法が発見即帰還になるようなものの場合、待っていたところで意味がないからな」
ついでにいえば、かなりの数がいる転移プレイヤーの中には、帰還に対して消極的な人間が少なくない。理由としては、まぁ一番の理由としては死亡リスクだ。我々も現状似たようなものだが、探索を一切せず街で暮らしているプレイヤーは割と多い。この辺はまぁ帰りたいが無茶はしたくないという、消極的帰還希望の連中が大部分を占めているだろう。
そしてそもそも帰りたくないと公言する連中も存在する。
ひとつは、性転換願望もしくは元の外見にコンプレックスを抱えている組。せっかく理想の姿に慣れたのになんでわざわざもどらなければいけないのかというわけだ。ちなみに俺は普通に元の姿に戻りたい。
それから、元々ファンタジー世界に生まれたかった組。こいつらはまさに水を得た魚のようにこの世界を自由に泳ぎ回っている。
そして、最後の一つは現実サイドに何らかの闇を抱えている連中だ。「向こう側よりはこちらの方がマシ」という判断で帰還を求めていない。
ちなみにうちは全員一致で帰還希望だ。特に俺、リアル、岩鉄は現実側の心配事もあるので早めに帰還を望んでいる。フラットもそこまで急いてはいないようだが同様だ。シードに関しては聞いたときに少々微妙な反応だったのだが「帰りたい意思はある」とのことだった。
「懸念事項もとりあえずの答えは見つかりましたし、そろそろ動きだすべきかとは思いますね」
普通にスプーンを使って食事をとりながら(体の一部が変形して、手みたいなものを生やしている)、フラットが提案する。しかし今更ながらこいつ色付きでよかったよな。透明だと体の中で消化していく食い物見えて酷いことになってたんじゃないか?
「なんです?」
「なんでもない」
勘の鋭いスライムだな。
「なんか奇異の目で見られた気がしましたが……まぁいいでしょう」
食事の手を止めて、フラットが続ける。
「打って出るための懸念事項ですが、そのうち一つの痛覚に関してはシードさんのスキル取得で解決しました。そしてこの世界でのエネミーの強さに関してですが、ほぼゲームのままと検証勢から報告が上がっています。そうなると最後の懸念である死へのリスクですが、僕のバフ系スキルをきっちり入れておけば少なくとも高レベル帯のエリアではない限りリスクは大幅に軽減できると思います。それに」
そこでフラットが岩鉄に視線を向ける。岩鉄は頷くと言葉を引き継ぐ。
「俺の耐久強化スキル、ヘイト管理スキル、カバー系のスキルはどれも生きている。実戦で使ってみないとわからないところもあるが、タンクとしての役割は問題ないだろう。ほかのメンバーのリスクも更に下げられるはずだ」
「でも、痛みとかは……」
「シードのスキルで減衰してもらえるなら問題ないだろう。痛みには慣れている」
心配げなシードに、岩鉄は即答する。ちなみに慣れているのは変な理由ではなく、そういったスポーツをやっているからだそうだ。
ふむ……
俺はシードと視線を合わせ頷きあうと、最後の一人に目を向ける。
「……リアルはどう思う」
「あたしは……」
彼女は一瞬下を向いたがすぐ顔を上げ
「正直怖いけど……あたしも頑張るよっ! みんなにまかせっきりもやだもん」
両手を胸の前でぐっと握りしめながら答えた。
「そうか」
そろそろいろいろな覚悟を決める時か……いつまでもこうしてはいられないよな。
「わかった。明日以降の方針を変えよう」
リアルがごくっと息をのんだ。ほかの3人はいつも通りの表情で俺を見ている。
「とはいえ、まだ目的地も定まってないからすぐ出発とかはないぞ。まずは明日からは帰還に関する情報収集に切り替えよう。ただしいつでも出発できるように荷物の整理と心の準備は進めててくれ」
「了解」
全員が声を合わせて頷いたのを確認して、俺はパンパンと手を叩く。
「よし、それじゃこの話はここまでにしよう。大分話し込んでしまったけど、完全に冷める前に飯は食べて欲しいしな」
そうだった!と慌てて食べだすリアルに笑いが起こる。それにちょっとだけ頬を赤く染めながら、みんなも早くたべよ、との言葉に俺たちは従うのだった。