御夕飯を作りましょう
あれから20日程たった。
目が覚めたら元の世界ということもなく、夢オチという可能性はほぼなくなったと思う。
現実の方がどうなってるかという不安を抱きつつも(時間がリアルタイム進行だと仕事とかヤバいしそもそも捜索願い出るだろう)、俺たちは異世界での生活に徐々に慣れつつあった。
「ただいま~」
シードと共にギルドハウスに戻るころには空も赤く染まり夜の気配が漂い始めていた。購入してきた食材を抱えて食堂に入ると、フラットと岩鉄の二人がくつろいでいた。食堂はかなり広くスペースを取っているため、たまる時は大抵この場所だ。外出していた俺とシードを除いた3人は今日もトレーニングをしていたはずだが、もう切り上げたのだろう。岩鉄は髪がしめっているので、風呂もすませたようだ。若草色のスライムに方はよくわからんが。そもそもアレ、風呂に入ってる時どうなってるんだ?とある事情から一緒に入ったことはないんで見たことないんだよなぁ。
まぁ不定形生物のことはともかく。ギルドハウス、温泉増設しといてよかったよなぁ……
毎日仕事終わりに温泉入れるのってかなりデカイ。現実の自宅の狭い風呂と比べたらそれこそ天国といっていいだろう。しかもそのまますぐに部屋帰って寝れるしな。風呂入ってから眠るまでの時間だけは毎日が旅館気分だ。
「リアルはまだトレーニング中?」
「最後ちょっと走ってくるっていってましたね……ああ、帰ってきました」
窓の外を見ていたフラットがそういうのと同時に、エントランスの方からただいまと大きな声が響く。そのままどたどたと足音がやってきて食堂の扉が開き
「あ、リセとシード帰ってる。おかえり~」
「ただいま。それからそっちもおかえり、リアル」
「御夕飯の支度、これから?」
頷くと、それじゃあたし着替えてくるね!と食堂を飛び出していく。
そんなリアルの後ろ姿を見送りながら、元気になったなぁと思う。
実はこの世界に転移してきたその日の夜から、彼女は大分不安定になっていた。自分たちの状況をある程度整理したことによって、いざ眠ろうとしたにいろいろ考えすぎてしまったらしい。特に、恐らく実年齢が一番低い彼女は、家族や友人と当面会えないという事実がかなりきたようだ。そのため、しばらくは夜はシードの部屋で一緒に眠っていたのだが……
二週間で大分ふっきれたのか、ここ一週間は元気にトレーニングに努めていた。
「さて、腹ペコが一人追加されそうだし すぐ夕飯作るよ」
買ってきた食材のうち今日使う予定の無いものを冷蔵スキル(指定した範囲内を冷却するスキル。攻撃するような威力はないがかなり効果が持続する。元々こんなスキルはアルテマトゥーレには存在していなかったが、気が付いたら初期スキルとして追加されていた。これも「違い」の一つだろう)のBOXの中に放り込み、代わりにいくつかの食材を用意してキッチンに並べる。
さすがに料理するのにツインテは邪魔なので、一度解き後ろでまとめ直した。髪を結うのも最初は手間取ったが、シードに教わってなんとかやっていくうちにこの三週間で随分となれてしまった。現実に戻ったら全く役に立たない技術だけどな……
それからフラットがどこからか持ってきたエプロン(ほんとなんでこんなもの持ってるんだ)を身に着けて調理道具を引っ張り出す。その姿をみて饅頭──スライムがつぶやいた。
「いいですよね、若妻みたいで」
……コイツは何言ってるんだ? あと岩鉄も親指を立てないでいい。
「お前ら、中身はただのおっさんなのちゃんと思い出しておけよ?」
「やだなぁ、そこがアクセントになっていいんじゃないですか」
……理解ができないので、奇人と話すのはやめよう。時間の無駄だ。
「毎日ごめんねぇ」
気にすんな、とシードに返しながら食材を刻んでいく。
食事の準備は基本、俺の仕事だ。シードを除く3人は自炊経験なし、シードも人に披露するほどではないと難色を示したので俺が作ることになった。自炊歴2桁年の腕を甘く見てはいけない。ただし味付けが多少大味なのはおおめにみろって奴だ。
しかしこの世界、現実の食材や調味料がベースになって良かったよ(よくわからんものもあるが)。この辺が全部独自設定だとさすがに俺もどうしようもなかった。
「トレーニングはどんな感じよ」
玉ねぎや人参を刻みながら背後に声をかける。さすがに包丁使いながらよそ見はしない、5人分作らないといけないので割と分量が大変なんだよな。
「全員順調ですよ」
ここ2週間の調査で分かったことだが、成長の仕方について、これまで通りな所と、これまでと異なるところがあった。
これまで通りなところはスキルの成長・取得のさせ方だ。
アルテマトゥーレでは、スキルはレベルアップで覚える方式ではない。スキルにはそれぞれ必要熟練度が設定されており、その熟練度を溜めることでスキルレベルを上げることが出来る。そしてスキルを一定強化するとそれを前提とするスキルを取得できる仕組みだ。ただし取得は探索者協会へ行って手数料を払う必要があるが(これもゲームと同様)。
そしてこれまでと異なるところは、基礎能力の上げ方だ。
本来はエネミーを倒すことで経験値を獲得してレベルを上げることで上昇、というオーソドックスなものなのだが……そもそもレベルの概念自体がなくなっていた。よってエネミーといくら戦ってもレベルがあがらない。じゃあどうするのかというと──検証勢の方々が(一晩ではないが)みつけてくれました。
単純に、普通にトレーニングであがる。
検証勢いわく筋トレしてたらSTRとか上がったとか、瞑想やイメトレしてたらCON(集中力)があがったとの報告があった。ようするにこれも現実同様に変わっているわけだ。
それらがわかったので、俺たちは情報収集の空きの時間をスキルと能力のトレーニングに当てていた。今後いろいろ動くことになった場合、能力を上げておくことに損はない。
「んで、今日は何かパラ上がったか?」
「そんな毎日あがるわけないでしょう」
そりゃそうか。
バターを溶かした深めのフライパンに刻んだ野菜を放り込んでいきながら、全員の能力のことを考える。
俺達のレベルに関しては(概念自体がなくなったが)サービス初期からの古参である俺とシードが抜けており、そこから少し離れてフラット、さらに離れて岩鉄とリアルとなっている。なので3人にはトレーニングを優先して貰い、ある程度出張る必要にある用件は俺とシードで処理していた。家事も同様だ。
ええっと、薄力粉の粉っぽさが消えたから残りの調味料ぶち込んでっと──
「よし、あとは煮込むだけだ」
「やっぱり後ろ姿新妻感が出てますよねぇ、リサさん」
「わかる」
シード、わからんでいい。
家事系であの機械ないのにそんなことできるのとかあったらそれの代わりになる生活系スキルがあると思ってください。
あとこの世界は現実世界よりトレーニング効率がいいので真面目にトレーニングすれば目に見えて結果がでます。