この世界は果たしてゲームなのか否か
それから30分ほどメンバー全員でメール等を飛ばしまくった結果、さすがに全てが解明するほどのことは当然のごとくないものの。そこそこの情報は集まった。
予想していたことだが、案の定一部の馬鹿共が速攻で検証に走っていた。恐ろしいのは大半の連中はゲームと思い込んで突っ走ったはずだが、一部の連中は間違いなくある程度現状を理解してその上で突っ込んでいるのが予想できる点だ。正直狂気の沙汰だ。
とはいえそのおかげでこちらは情報を得られるので感謝しかないわけだが。
「さて情報を整理しようか」
進行をやるならこれ付けてくださいと渡されたファッション用の伊達メガネ(今スライムの姿なのになんでこんなもの持ってるんだ)をかけて、俺は席についた4人の前に立つ。
「とりあえず一つずつ整理していこう。まずは一番大きな問題として、そもそもの今の状況について」
「はい、先生!」
誰が先生か。
「リアル君、どうぞ」
「はーい。やっぱりみんなの意見としては、アルテマトゥーレ、或いはそれによく似た異世界への転移したってのが大部分だったね」
まぁ昨今の物語の流行とかあるし、そもそもわけわからん状況になってるんだからだったらそういう考えになるよなぁ。これ20年くらい前に同じ状況がおきたらみんなどう思ったんだろうな?
そのままリアルが話を続ける。
「面白い意見としては、ゲームとしてのアルテマトゥーレ自体が異世界から来た人間に作られ、その元の異世界に飛ばされたってのもあったよ」
「夢という意見もありましたが、これは僕はないと思いますね。最後の記憶が授業中だったので、居眠りしたとしてもこんなに長く寝ていられるはずがない」
「VRゲーム内に閉じ込められたって意見も下火だったね。そもそも日中だったからログインしていなかった人も多いし」
お互い確認した情報を自分の意見を交えつつ語るリアルとフラットの話を聞きながら、ふと俺はあることに気づいた。基本的に必要のないことは喋らない(今も他のメンバーと似たような情報しかないようで黙っている)岩鉄はともかく、こういった話し合いにわりと積極的に参加するシードが何もしゃべっていない。それによく見れば顔色も少し白くなっている気がする。
「……シード、大丈夫か? 少し顔色が悪いが」
「あ、うん大丈夫。ちょっと理解の範疇外の事が起きて多少混乱してるのかな」
「それが普通だろ」
先ほどのリアルの時もそうだし、現状みんな多かれ少なかれ不安はあるよな。
シードは自分の顔を平手でパンパンと叩く。
「ごめん、大丈夫だから続けよ? とりあえず現状に関しては、アルテマトゥーレに転移したという前提で動くべきかな」
「……まあそうだな」
「じゃぁ次の話題行こうか。こっちに来てる人間の傾向だけど……」
話題を切り替えたシードにやや性急さを感じたが、まぁ自分が話を止めてしまったと思ったんだろう。この辺りは結局予測の範疇を超えないのでまぁいいかと判断し、その話題転換にそのまま乗ることにした。
こちらに来ている人間の条件についてだが、こちらについてはサンプル数が多いため割とわかりやすい結果が出た。
「ぶっちゃけ大部分廃人プレイヤーよね」
シードの言葉にうなずく。
集めた情報をまとめれば、基本的にはこちらに来ているのは毎日ログインしているような連中ばかりだった。ただ
「ログイン時間じゃないですよね。全体的にアルテマトゥーレにのめりこんでガチ攻略してるのが殆どです」
毎日ログインしているような奴らの中でも、雑談時間が大部分を占めるメンツや他ゲーと掛け持ちしているような連中はフレンドリストから名前が消えていた。恐らくだが、こちらには来ていないということだろう。また初心者や低レベルプレイヤーも殆ど来ていない。例外的にまだ始めてそれほどたっていないフレンドもいたが、確かその子は元々アルテマトゥーレ関連の創作やってて最近ようやくVR機器準備できたって廃プレイしてたしな……
「ただまぁ何にしろ、これ少なくとも数千人単位でこっちに来てるよな?」
「自分のフレンドリストの割合からの想定ですが、下手すれば1万人超えてるんじゃないですかね、これ」
1万人規模の一斉異世界転移。これマジだとしたら現実側大騒ぎになってるのでは?しかもそれが特定ゲームのプレイヤーだけだとわかったら、マスコミや一部のアフィブログが根拠もなく嬉々として叩きはじめそうだよな。
ただこちらとしてはこの状況は助かる。情報収集すらどうやってすすめるかと悩む現状、人海戦術を取れるのは非常にでかいし、なにより頼りになるガチ検証勢は大部分こっちに来ている。
おかげで、次の件の情報収集が捗った。
「次に、ここがアルテマトゥーレであることを前提した場合のゲームとの違いについてだが」
ここは今回に関しての本命だった。単純に世界の情報とかに関してはまだ調べるには時間が足りていないし、ゲーム内容と同じところならプレイヤーは最初っから理解している。そして検証勢のおかげでかなり情報が集まっていた。前二つと違って確定した情報だから重要度も高い。
細かい所での違いはそれこそいろいろ出てきたがその中で特に重要だったのは3つだった。
一つ目は
「五感があるということですね」
元々視覚と聴覚はあったが、本来VRゲームではあるアルテマトゥーレには触覚、嗅覚、味覚はない。が速攻で食い物関係の確認をした検証勢曰く、普通に味も匂いも感じるとのことだったし、なんなら普通に腹も減るしトイレにも行く必要があった。ようするに現実と同じということだ。
「……」
「あれリセ、どうしたの?」
「なんでもない」
そうだね、トイレに行く必要あるよね。うん。後濡れた布が張り付く感触とかも普通に感じてたし当然触覚もあるよね。
まぁその辺に関してはどうでもいい。問題があるのは浮かない顔でシードが告げる
「痛覚がある、ことだよね」
それだ。痛覚のレベルが現実と同じとなる場合後衛組はともかく、前衛組は回避盾を除いて実質戦闘不可能だろう。戦争もない平和な国に暮らしていた人間のうちどれだけの人間が斬られ刺される痛みに耐えて迄戦えるのかという話だ。
これ、もう一つの情報……これは俺自身がこの目でも確認したことだが、それと合わせれば致命的な問題となる。
俺はそれを全員に話した。これは知っておかないと、いざというときに不味いことになる。
「リスポーンしない!? 死んじゃうの!」
俺の話──森であったプレイヤーの最期を聞いて、リアルが悲鳴を上げる。口元を両手で抑え震えだしたのをシードが横から抱き寄せた。
「可能性としては、現実世界に戻ったという可能性もありますが……」
「遺体が残っていたからな。試しに死んでみるというわけにもいかないし……危険に対しては最大限注意を払うしかない」
「これは情報収集に関しても身動きがとりづらくなりましたね……」
スキルによって戦う力はあるにせよ、前述の内容でダメージを喰らうような相手とは現状戦うのは危険すぎる。ある程度情報が揃うまでは申し訳ないが検証勢に情報寄生させてもらうことになりそうだ。
「まぁでも戦わない範囲でも調べないといけないことはたくさんありそうだけどな」
少し調べただけでも例えば消えているスキルや増えているスキルがあったりしている。この辺も含めてゲームとの違いは些細な事でも確認していかないといざという時に致命傷になる可能性がある。
あとは、そう。
「知らないのに知っている情報があるのも原因究明したいよなぁ」
「そうね……害があるんじゃないけど正直気持ち悪いわ」
先ほどのウィンドウの開き方などがそうだ。どこでも知った記憶がないのになぜか知っていることがある。集めた情報のなかでも格闘技や剣術の経験などないのに体の動かし方がわかるという話があった。
これ、シードの言う通り気持ち悪いのだ。それこそ今の自分が本当に自分なのか不安になる。
ただこの件に関しては本当に手掛かりが何もないので後回しにせざるを得ないだろうな。
その後もいろいろな話し合いは続き、気が付けば西の空が赤く染まりだしていた。
「他に何かある奴いるか?」
一通り全員で集めた情報を出し終えてディスカッションの勢いも収まってきたし、そろそろ一度締めるかと全員に向けてそう問いかける。するとこれまでは基本的に何もしゃべっていなかった岩鉄が、すっと手を挙げた。
「お。なんかあるのか岩鉄?」
岩鉄はこくり、と頷く。
「PKを見た奴がいる」
……は?
「マジか? MPKではなく?」
岩鉄は頷く。
アルテマトゥーレではギミックやエネミーを使ったMPKはあるものの、プレイヤーへの直接攻撃自体はシステム上制限されていてできないため、PKは行えないはずだが……これもゲームとの違いか。
「街中で堂々とやらかした奴がいたそうだ。ただ」
「ただ?」
「その直後に憲兵?らしきものが現れてそいつは捕縛。抵抗もせずに捕まったと思ったらスキルが使えなくなってたらしい」
使用不可なのではなく、事後にペナルティが来る形になったのか? 厄介だな。多少のペナルティだと間違いなく実行する奴が出てきそうだが……
「ちなみにその憲兵に確認したところ、そいつは今後一切スキルが使えなくなるらしい。あと別件で街中で大技を使ったのがいたが、こっちが一定期間のスキル使用停止処分だそうだ」
免停と免許取り消し。運転免許かよ。
まぁでもそこまできついペナルティなら個人的な恨みでもない限りは実行する奴はいなそうだな。ただし、この情報が大きく広がるまではもういくらかは馬鹿が出る可能性が高い。
となれば、か。
「まとめにはいっていいか?」
全員の顔を見回すと皆頷いたので俺は話を続ける。
「今後現実に帰る方法を調べていく必要があるが、今の岩鉄の話やリスポーンの件がある以上しばらくは無茶ができない。当面はメールでの情報交換とこの辺り近郊での調査を主体とし、ギルドハウスからあまり離れないようにしよう。いいかな?」
『はい先生!』
せめてマスターと呼べよ。