帰還
今回の件でわかったのは、自分がわりと薄情な人間だったということだ。
数週間ぶりのギルドハウス、先ほど溜まった埃の掃除を終えた風呂場の湯船にゆっくりと身を沈めながらそう思う。あんな話を聞きながら悠長に風呂に入ってるなんて頭おかしいんじゃないかと思われているかもしれないが、戻ったらとりあえず風呂って決めてたからな。
「ふぃー……」
暖かいお湯に包まれる心地よさを全身に感じながら目をつむる。──激動の一日だった。
ミーミルから元の世界の最後やこの世界の成り立ちを聞いた後、他にもいくつかの話を聞いた俺とフラットはみんなの元に戻った。ミーミルから話を聞いている間にさすがに二人の激情は収まったらしく、リアルもシードも落ちついてはいたがその表情は虚ろといった感じだった、
それから俺は力の入らない二人を抱えてもらいながら、<<テレポート>>を使用してギルドハウスに戻る事にした。とりあえずの聞きたいことは一通り聞けたし、彼女から到達した報酬として与えられたスキル<<オラクル>>で知識の供与だけであれば遠隔でも出来ると教えてもらったからだ。
だとしたらあそこに長居する意味はないし、なによりある程度住み慣れたギルドハウスの方がまだ精神的に落ち着けるだろうと判断してのことだ。あの場所は行こうと思えばまた行ける場所だしな。
そして戻った後俺とフラットは、ミーミルから聞いた話を全員に伝えた。一番インパクトの大きい話はすでに伝わっていたから誰も激情することはなかったが、リアルとシードは終始うつむいたままだったし、岩鉄も沈んだ表情のままだった。そんななかメイだけは真面目な表情ではあったものの沈んだ表情を見せなかった。むしろ最後の方では安堵の表情を見せていた。
話を終えて、沈んだ3人が無言で自室へ戻った後残ったメイに聞いてみたところ、彼女はこう答えた。
「あたし達の場所が完全に消えたなんて話勿論すごくショックだよ。でもとーさんとかあたしの好きなみんなはきっとどこかの世界で元気に生きてる、みんなそんな人たちだから。だからすごく寂しいし悲しいけど安心はできたかなって」
まだ高校生の女の子なのに本当に強い娘だな、と思っていた俺に対して彼女は続けて言った。
「後はみんなが、特にリセねぇが居てくれて本当に良かったと思う。流石に一人だったら耐えられなかった現実だと思うから」
そう言って彼女は柔らかい体を押し付け抱き着いてきた。だがその様子にいつもの揶揄うような気配はまるでなかったのでしばらくは好きなようにさせてやった。
それから俺は簡単な食事を用意して全員の部屋に配った後(リアルやシードは首を振ったが無理やり押し付けた)、風呂の掃除を始めた。──正直何かしらしてないと落ち着かなかったのかもしれないし、過去の経験からいつも通りの行為が少しずつでも心の負担を和らげると知っているからかもしれない。
そして掃除を終えて、今一番風呂を頂いているというわけだ。
戻ってきてからずっと動き回っていたので、ようやく腰を据えたという感じがある。そんな中、ふと思い出す事があった。
話の途中ミーミルが見せた涙とありがとうの言葉──彼女はそれに関して語る事はなかったし、それに関して深く聞くのも野暮だと思って聞くことはなかった。
あれに関してはほんの一瞬彼女が持つほんのわずかな欠片の意思が表に出たものと思っている。こちらの勝手な想像だがそれでいいだろう。
「……ん?」
ふと、温泉の入り口の方から物音がした。
メイか? 入り口に自分が入浴中の札は下げておいたので少なくとも岩鉄やフラットは入ってこないと思うが……だとすると振り返って確認もできないんだよな。何もつけてないとまずいし……
「リセ……」
「……シード?」
聞こえてきたのは、想像していなかった声だった。俺は振り返る事はしないでそのまま問いかける。
「大丈夫なのか?」
少ない言葉だったが、意図は伝わっただろう。こちらに近づいてくる気配と共に、彼女が答えを返してくる。
「うん……あの後少し眠ってしまって……そしたらちょっと落ち着いたの。だから、ちょっと話をしたくって」
俺の真後ろまできて、気配の動きが止まる。
「ええと……念のため確認なんですが水着を付けてますよね?」
苦笑が聞こえた。
「安心して、ちゃんと身に着けてるよ。でも、まだ気にするの? その……もう戻れないんでしょう?」
「うぐっ」
最後の部分だけひどく言いずらそうに言われたシードの言葉に、思わず呻きが漏れてしまう。
そう、これもミーミルに確認したんだが現実世界への姿に戻す、或いは男性へと性別を変更するのは不可能とのことだった。よって俺の姿は一生リセのままであることがほぼ確定したわけだ。フラットのようにエネミーの姿に変わることはできるが、性別はそのままになるそうなので意味がない。
ちなみにそのフラットに関してはユグドラシルに元の姿のデータが保存されているため、元の姿に戻る事は可能とのことだった。それがわかっていればいいです、とフラットは元の姿に戻る事はしなかったが。
「あ、あのごめんなさい。ショックな話だよね」
「いや、気にしなくていい。どうにもならん事がわかって逆に吹っ切れた感じもある」
間違っても女として生きていくつもりはないが、女の姿で生きていくことには覚悟は決まった。
「でもそしたら、別に私が裸でも気にしなくていいんじゃないの?」
「どこまでいっても中身は男なんですよ」
「そうゆうものかな……横、失礼するね」
言葉と共に、彼女が俺の横に体を沈めてきた。ちらりと横目で見れば確かに水着を身に着けているので安心する。そしてその表情もいまだ浮かばないものではあるものの、これまでの虚ろなものではなかった。多少なりとも落ち着いたというのは嘘ではないらしい。
肩を並べる……いや肩を寄せるように俺の横に浸かった彼女はじっと俺の顔を見てくる。
「……なんだ?」
「リセは、その、強いね。私たちが知った内容は深く沈みこんでもおかしくないことなのに、貴女はいつもと変わらないように見える」
「あー……」
俺は先ほど思ったことを口にする。
「俺はどうやら割と薄情な人間だったらしい。会社の同僚とか飲み仲間とか、会えなくなって寂しいと思う程度でそんなに悲しい気持ちはないんだ。まぁ特に親しい連中はどいつもこいつも物語にどっぷりつかってるような連中だったからどっかの世界で生きてるとは思うしな。結局のところ本当に大切な連中を除けばその程度の感覚なんだ。そりゃ気づいたときは悲しかったけどそれで終わりだ」
「そっか……私はそこまでまだ割り切れない」
「それが普通だよ。俺がおかしいんだ」
「そんなことは……でも、本当に皆がいてくれて、リセがいてくれて良かった。そうじゃなかったら心が持たなかったと思う」
「それは俺も一緒だよ」
「うん……」
沈黙。だが彼女は何か言いたそうだったので、俺は黙って空を見上げながら待つ事にする。
「世界がさ、崩れていくのをみたの」
やがて、シードはぽそぽそと話始めた。俺は視線を彼女に戻し、だが邪魔しないように無言で話を聞く。
「それこそさ、ポリゴンが崩れていくように世界がバラバラになっていくのが見えて……そしてそれも消えて無になっていくのが見えたわ。あれ、夢だと思ったんだけど現実だったんだね……」
彼女は体を動かすと、俺と正面から向かい合った。
「ああやって私の友達とかも消えていく夢を見たけど、それも現実……」
彼女の瞳が潤んで、声が震えてくるのを見て俺は立ち上がるとこれまでと同じように彼女を胸に抱き寄せた。──そういえば以前は同じ場所で逆の立場で抱き寄せられたな。
抱き寄せた彼女は、しばらく声を押し殺して俺の胸で泣いた。崩壊の様子を目の当たりにしてしまった彼女は、俺達よりもつよくそれをイメージできてしまうため感じるショックも大きいのだろう。俺には掛ける言葉は見当たらずただひたすら全裸のまま彼女を胸に抱き寄せ、頭をなで続けるくらいしかできなかった。
どれだけ時がたっただろうか。外の空気に体が冷えこみ、だが彼女を抱き寄せた場所にだけぬくもりを感じている中、ようやく泣き止んだシードがぼそりと俺の胸に顔をうずめたまま、つぶやいた。
「リセ……あなたは消えないで。ずっと、私の側にいてね」
「ああ」
言葉だけ聞くとプロポーズに聞こえなくもないな、と思いながらも俺は答えた。
一つ、決めたことがある。
シードや、メイだけではない。俺の存在がわずかでも支えになるのだったら、俺はいつまでだって皆の側にいようと。
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