彼女の見た光景
幸いな事にメイが示した場所の周辺にはエネミーの気配はなかった。
高さはそれほどない場所のため、上からの襲撃の心配はない。通路のような場所のため左右への注意も不要で、前方と後方だけ警戒すればよかった。挟み撃ちになる可能性はあるが現状遭遇したここのエネミーなら片方に火力を集中すれば突破は問題なし、フラットのエネミー避けの結界をかければ両側から襲撃を受ける可能性自体もかなり低くなるだろう。
俺達はこの場所を今日の宿と定め、夜営の準備を行う。拡張インベントリのおかげでいろいろ持ち込めるので、これまでの夜営に比べると格段にいい状態だ。とはいえ結局は洞窟の中、下も岩肌なので快適というのはもちろん無理だが。
欠食児童共が明らかに何かを求める目で俺を見るので、他の準備は任せて俺は夜食を作る。調理道具や簡易冷蔵庫を拡張インベントリにぶち込んで持ってきているのでギルドハウスとさほど変わらないメニューが作れるのがでかい。やっぱり保存食をもそもそと食べるよりは調理された上手い飯を食べる方がモチベーションもあがるからな。
実際、完成した食事を口にしたメンバーの表情は全員幸福感を感じるものだった(いやフラットの表情はよくわからんが……)特にリアルなんかは満面の笑みでおいしいおいしいとぱくぱく食べていた。ここまで表に出されるとこちらも本当に作り甲斐がある。
用意した食事は綺麗に平らげられ、フラットのインベントリに大量にぶち込んできた水で(装備品がほぼないから大分空きがあるということで突っ込まさせてもらった)食器と調理器具をさっと洗ってインベントリにしまい込んだところで俺は一息ついた。
片付けは一人でいいと俺がいったので、他のメンバーは思い思いにくつろいでいる。岩鉄とリアルは武器のメンテをしているし、メイなどはやはりインベントリに放り込んでいたのかハードカバーの本を読んでいた。フラットは……あれこれ寝てるかな身動き一つしないし。そしてシードは……
彼女は真剣な面持ちで洞窟の先、進行方向の方をじっと見ていた。
その姿に昨日の夜の青ざめた表情や、先ほどの事を思い出す。
ふむ。
俺も少しのんびりしようかと思ったが、ちょっと予定変更だ。俺は下ろしたばかりの腰を上げると黙って本を読んでいたメイに対して話しかける。
「メイ、この辺りにエネミーの姿はないんだよな?」
彼女は本から顔を上げて
「うん、食後にも念のため一回<<サーチエネミー>>してみたけど気配なし、大丈夫だよ」
よし。
「ちょっと先の様子を偵察してくるわ。シード、ちょっとついてきてくれるか?」
「え、うんいいけど」
ビクンと一瞬体を震わせてから振り返ったシードが岩壁に立てかけてあった弓を手に取る。
「あ、じゃあ私……いやこっちも残った方がいいか。ここ荒らされても困るしね」
立ち上がりかけたメイがそう言ってもう一度腰を下ろす。どうやら目くばせしたのに気づいてくれたようだ。そもそも偵察に行くなら本来誘うべきはメイなのにシードを誘ったということからなんとなく感づいてくれたのだろう。本当に勘がよくて助かるよ。
「じゃあちょっと行ってくるよ」
「うん気を付けてー」
再び本に視線を戻したメイや他のメンバーにひらひらとてを振って見送られながら、俺とシードは洞窟の奥へと足を進める。
「珍しいね、リセが自分から偵察に行こうとするなんて」
横で肩を並べて歩く(彼女の方が背が高いので実際は並んでいないわけだが)シードの言葉に「まぁな」とあいまいな返事をして俺は歩を進める。
シードのいう通りで俺が偵察に自分で出ることはまずない。そもそも俺は探知系は弱いし最大火力があるとはいえ防御力はぺらぺら、足もメンバーの中では遅い部類に入る。偵察は通常はシードかメイ、護衛にリアルが付くという感じになる。
じゃあなんで俺が出たかというと勿論偵察なんかが目的じゃないからだ。
不思議そうな目で俺を見ているシードの視線に気づいてないフリをしながら、俺は黙々と歩を進めていく。とりあえずみんなに声が届かなくて姿も見えなくなればいいから……丁度眼前で道が曲がっていて視界から外れそうだな。あそこでいいか。
歩きながら振り返ると、やがて夜営場所が完全に視界から消えた。この距離ならよほど大声を出さない限りは聞こえないだろうからここでいいか。
俺は足を止めると、横を歩いているシードに振り返った。
「……どしたの? リセ」
俺は彼女の瞳をじっと見る。今は別におかしな気配はないが……いいや、ストレートに聞いてしまおう。
「……帰ることに対して何か心配な事でもあるのか?」
「えっ」
俺の言葉に見ていてこっちが不安になるくらい彼女の表情が青ざめ、ゆがむ。
「ど、どうしたの急に」
声にも明らかに動揺が出る。
「そんな反応を見せてどうしたもないだろう……心配事があるなら聞かせてくれ」
「どうして……どうしてそう思うの?」
「さっきまだ洞窟の突破に時間が掛かりそうって話をしたとき、安堵の表情を浮かべただろう。……もしかして帰りたくないのか?」
「違う!……違うの」
一瞬声を荒げた後はっとして、もう一度否定の声を上げる。
「帰りたい気持ちは間違いなくあるの。この世界でのみんなとの暮らしは悪くないけど、それでも元の世界にはいろいろ大切なものがあるから」
「じゃあ、なぜ」
俺の問いかけに、シードは口ごもる。
俺はそんな彼女を黙って見つめる。どうしても話したくないことなら無理に問い詰めるつもりはない。俺は彼女が心配なだけで苦しめたいわけではないからだ。
しばらく沈黙が続く。
これは無理か、と判断をしようとしたところでか細い声でシードが口を開いた。
「……こちらに転移する直前、とあるものを見たような気がするの」
絞り出すような声。俺は一つ頷いて続きを促す。
「みんなは地震のようなものの後意識が飛んでその先は覚えていない、私にはもう少しだけ記憶がある」
振るえる手を握ってやる。
「もしかしたら私も気を失っていて、見た光景は夢だったのかもしれない。むしろ夢であって欲しい」
「どんな光景を見たか、聞いても大丈夫か?」
「口に出したらその光景が現実になってしまいそうで怖いの。だから」
「…わかった、もういい」
俺は手を伸ばすと力を入れて彼女を強く抱き寄せた。彼女の瞳に光るものが見えたから。
少なくとも向こう側の話ならここから先の行程に支障が出ることはない。そして彼女がこれまで俺達に相談しなかった理由は単純だろう。不安にするだけでそれが真実かを確認できないし、対処する方法も何もないからだ。
それでも誰かに話せばほんの少しでも心の負担は軽くなるものだが……彼女が口に出すのすら嫌というのなら仕方ないだろう。
「ユグドラシルまで時間が掛かるという話の時に安堵したのは、私の見たものがミーミルに肯定されるのが恐いから。でも逃げてたらずっと帰れないから……大丈夫、行くわ」
「ああ」
かける言葉が思いつかなかったので、俺はシードの体をより強く抱きしめる。気が付けば彼女の体の震えは収まっていた。そういえば以前もこうやってしてやったら落ち着いたな。
しかし彼女の見た光景とは一体なんだろうか? あの地震を考えればビルの倒壊する光景などが考えられるが……俺も帰るのが少し怖くなってきたな。だったら実際その光景を目にしたかもしれないシードの恐怖は相当だろう。
「もう、大丈夫」
彼女が俺の体を押して、身を離した。
瞳に浮かんだ涙は収まっている。震えももうないし顔色も良くなった。大丈夫だというのは本当だろう。
俺はそんな彼女の手をとっていった。
「なんていっていいかわからないけど、少なくともこの世界では俺達がずっとそばにいるしなんなら向こうに戻っても頼ってくれてもいい。だから安心しろとまではいわないけど……心配しすぎないでくれ」
俺の言葉に、シードがきょとんとする。
「連絡先教えてくれるの? リセそういうのはしない人だと思ったけど」
「状況が状況だろ……戻れるのがわかったら教えてやるよ」
もし向こう側が地震で大変なことになっているとかなら、連絡は取れるようにした方がいいだろう。
そう思っての俺の言葉に、彼女はにまぁと笑って
「あれこれナンパ? わたしリセにナンパされちゃってる?」
「よーし調子戻って来たなこの野郎」
「あ、痛い痛い! 手の甲つねらないで!」
慌てて俺から手を離す彼女の姿に先ほどの気配はない。空元気ではなく本当に調子を取り戻したようだ。心の中でほっと溜息を吐く。
「あんまり遅くなると心配かけるし、そろそろ戻ろうか」
「うん」
シードが頷き、俺達は踵を返す。
──ユグドラシルまでは後数日のハズ。この先でどうなるかはわからない。帰れる方法が見つかるかもわからないが帰った後の事も考えておくべきだな、と心に決め俺達は皆の元へと戻るのだった。




