最近の日常
店頭にならんでいるのは色とりどりの野菜や果実。それに数は少ないけど新鮮そうなお肉とお魚。
今夜は何を作ろうかなと考えながら、そのいくつかを手に取って吟味していく。これまでは自分の分しか作ってこなかったから、毎日皆が飽きないようなメニューを考えるのが本当に大変だ。
「おおリセちゃん。今日は何が欲しいんだい?」
立派な髭を蓄えた、恰幅のいいおじさん──食料品店の店主が、店先の私の姿をみとめ、店の奥から顔を出す。
「まだ考え中なんですよねぇ……何かおすすめとかありますか?」
「そうさなぁ」
この辺とか新鮮だとか、これは今が旬など、店主が進める食材のうちいくつかを、加工後の姿を思い浮かべながら籠の中に放り込んでいく。
「毎日5人分の食事を作ってるんだろう? 大変だねぇ」
「まぁ、だんだん慣れてきました。あ、これでお勘定お願いします」
あいよ、と店主が受け取り商品を確認する。
掲示してきた金額は、記載されている値札の合計値より一割ほど安かった。
「わぁ! いつもありがとうございます!」
「リセちゃん可愛いし頑張ってるからなぁ、他の連中には内緒だぜ?」
その髭面に似合わぬ愛嬌のある笑いを浮かべる店主、その彼に頭を下げると、代金を払って私は店を後にする。
とりあえずあとは足りない食材は牛乳かな、と考えてながら歩いていくと正面にこちらを見ている人影があった。パタパタと手を振る彼女に向って、私はそのまま歩いていく。
「相変わらずリセちゃんは可愛いねぇ」
そのまま横に並んで歩きだした女の、開口一番のセリフはそれだった。
クスクス笑いながらそう言ってくる俺より頭一つ高い黒髪の女を、俺は軽くジト目でにらみつける。
「見てたのかよ。だったらもっと早く声かけろ」
荷物持ちくらいしろと、手提げ籠の中からいくつかを手渡す。
彼女はそれを自分の持っている荷物入れの中に突っ込みながら会話を続ける。
「相変わらず切り替えがすごいねぇ。それ、頭の中もそういう感じに切り替わってるんでしょ?」
「RPしている最中はな。いつも通りの思考回路してるとそのまま誤爆しがちだし」
正確に言うとその人物になり切っているというよりは「こいつならこう動く、こう考える」という思考回路で動いているのが正解だと思うが。
「基本的に村の人間、あっちの性格の方が受けるからな。やらない手はないだろ」
「だからといって村人の前だとまったく素を出さないってすごくない?」
「慣れだ慣れ」
こっちはVTRPG──昔で言うTRPGでRP重視のサークルで遊んでたんだ。キャラのなり切りなんて二桁年単位でやってきてるんでその技術は体に染みついている。
「そんなことよりだな、シード」
この世界では古い付き合いとなる女の名を呼ぶ。
「うん?」
「首尾はどうだったんだ」
んー、と彼女は口に指をあて
「主目的に関しては問題なし。あとはまぁ、帰ったら情報共有するよ」
「そうだな。とりあえずとっとと戻って飯の支度しないと欠食スライムがまた騒ぎ出しそうだ」
「岩鉄辺りも黙ってお腹ならしてくるだろうしね」
お互い待っているメンバーの顔を浮かべて、くすくすと笑いが出る。
……っと、このまま真っすぐ帰るわけにはいかなかった。食材が足りてないや。
「帰る前に、途中で牛乳買っていくから付き合ってね?」
「……突然キャラクタースイッチするのやめてくれない? 急に声音変わるからわりとビクッとする」
そんな軽口をたたきながら、俺たちは家路へとつく。