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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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ただ一つの願い

 

 呆気に取られているユルグに構うことなく、腕を組んだミアは歩き出した。

 慌てて足を動かして、並んで歩く。


「ミア……あのさ」

「んー、なあに?」


 独りになりたい、と言いかけてユルグは口を噤んだ。

 腕を組んで隣を歩く幼馴染みの弾んだ笑顔。それを見てしまったら、そんな無神経な言葉は言えなくなった。


 代わりにあることに気づいて、傍らを歩く幼馴染みをしばらく凝視する。


「……少し縮んだんじゃないか?」

「え?」


 ユルグのいきなりの発言にミアは足を止めた。

 こちらを見つめるその顔には、何を言っているんだと書かれている。


「もしかして身長のこと言ってる?」

「昔はミアの方が高かっただろ」

「そうだけど……それを今言われてもなあ」


 彼女は口を尖らせて不満げにもらした。


「まさか今気づいたの?」

「隣を歩いていたら、何となく気になって」

「……そっか」


 今更気づくなんて馬鹿らしい話である。それだけミアのことをしっかり見ていなかったのだ。きっとそこまでの余裕がなかった為だろう。

 ミアがどことなく呆れているのも当然である。


「それで……どこに行くんだ?」

「さっき散策してる時に、広場に噴水があったのよ。とっても綺麗だったからユルグにも見せたくって。気分転換になるでしょ」


 楽しそうに告げて、ミアは歩き出す。

 彼女がこんなにはしゃいでいる姿を見るのは、子供の時以来だ。無邪気な様子にひっそりと笑みを浮かべて腕を引かれるまま、ユルグはその背を追うのだった。




 ===




 ヴァレンの中央広場にある噴水は、とても見応えのあるものだった。


「これはすごいな」


 天高く水飛沫を上げるそれを見つめながら感想がこぼれる。


「私、噴水なんて見たの初めて」

「故郷の近くにはなかったからな」


 生まれ育った村にはこんな洒落たものはなかったし、ミアがここまではしゃぐのは当然のことである。

 ユルグは世界中を回っていたため何度か目にしたことはあるが、ここまで巨大な物は中々お目に掛かれない。


 ベンチに座ってしばらくの間、無言で見とれていると不意にミアが話し出した。


「私ね、大人になったらしたかったことが一つあるの」

「……したかったこと?」

「大きな街に家を買って住みたいなあって。だって、村には畑と畜舎くらいしかなかったし、そんなの退屈だし殺風景じゃない」

「いいな。楽しそうだ」

「でしょ!? 絶対こっちの方が楽しいよね!」


 彼女はユルグの手を握って、眩いばかりの笑顔を向ける。

 どうしてもそれを直視出来なくて、噴水に顔を向けたままユルグは答えた。


「だから……全てが終わったら、一緒に暮らさない?」


 聞こえた声に顔を向けると、こちらを見つめる瞳と目が合った。

 同時にぎゅっと、握っていた手にも力が入る。


 その瞬間、彼女が何を言っているのかを理解した。

 ミアは、未来の話をしているのだ。そこには不幸せなことなど一つもなく、温かさと希望に満ちあふれている。


 それらはすべて、ユルグにとって手に入れられないものだ。

 そのことを恨んだり悔いたりはしない。すでに諦めがついている。そのような悔恨は必要ない。


 ただ、ほんの少しだけ良いな、と思ってしまった。


 きっとミアと過ごす毎日は楽しいだろう。何だって出来るし自由に生きられる。何よりも、ずっと一緒にいられるのだ。ユルグがかつて望んだ通りに、願いのままに。

 けれど、それだけは望んではいけないのだ。求めてしまえば足が動かなくなる。これ以上前に進めなくなってしまう。


 ――それだけはダメだ。


「……それは」


 無理だと言いかけて、ユルグは口を閉ざした。


 今この言葉を言ってしまったら、ミアはどんな顔をするだろう。

 楽しそうに笑っていた、あの笑顔は消えてしまう。そんなことは出来るならしたくはない。

 でも変に期待させる方が彼女には酷である。


 ユルグがそれは出来ないと答えれば、ミアはなぜだと尋ねるだろう。

 彼女は勇者の使命を終えればまた昔のように戻れるのだと信じているのだ。しがらみがなければ、ミアの元から離れていかないと思っている。


 けれど、実際はそんな甘い物ではなかった。永遠にその願いは叶うことなどない。


 そこまで逡巡して、ユルグは傍らの幼馴染みから顔を背けた。水飛沫を上げる噴水を眺めて、深く息を吐き出す。


 ――そんなの、言えるわけがない。


「……考えておくよ」

「――っ、ほんと!?」


 ユルグの返答に、ミアは一瞬ぽかんと口を開けたまま固まっていた。けれどすぐに我に返って、本当に幸せそうに笑顔を振りまく。


 それを目にして、ユルグはこれで良かったのだと安堵した。

 これ以上、彼女を傷つける必要なんて無いのだ。今まで散々してきたのだから。こうして傍に居られる時くらい、良いじゃないか。


 それが考え抜いた結果、ユルグが出した答えだった。



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