森の出口
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無言で森の中を進む。
しばらく歩くと、目の前に馬車の残骸が横たわっているのが見えた。
昨日の奴隷商のものだろう。
気づいて、ユルグは周囲の気配を探る。
どうやら魔物の類いはいないようだ。
それに加えて、生存者も見当たらない。
シャドウハウンドに襲われたら逃げ果せるのは至難の業だ。
あの奴隷商たちには無理だったろう。
ちらりと後ろを着いてきていたフィノの様子を盗み見る。
フィノは馬車の残骸を目にすると、すぐさまそれに近づいていった。
後を追うと、彼女は何かを探しているようだ。
「何をしているんだ?」
「おと、さん」
「残念だが生きてはいないと思う」
ユルグの言葉を無視して、フィノは馬車の残骸を退けて探し続けていた。
やけに執着しているようだが、何かあるのだろうか。
黙ってその様子を見つめていると、退けた瓦礫の中から奴隷商の亡骸が現れる。
それは魔物に食い荒らされて見るも無惨な姿だった。
目を背けたくなるようなそれに、フィノは構うことなく亡骸を弄っていく。
「……あった」
しばらくして、彼女は何かを大事そうに握って戻ってきた。
血まみれの手の中には、青色の宝石が輝くペンダントがあった。
「……これは?」
「おかあ、さんの」
「形見のようなものか」
「んぅ」
ユルグの問いにフィノはこくりと頷く。
おそらく、彼女の母親も奴隷だったのだろう。
そうであったのなら、フィノの扱いにも納得がいく。
「貸してみろ」
彼女からペンダントを受け取ると、水袋の水をかけて汚れを拭き取る。
そうしてフィノの首に掛けてやる。
「もう無くすなよ」
「……んぅ!」
嬉しそうに首元にぶら下がっているペンダントを見つめながら、フィノははにかんだ。
それを見遣って、ユルグも馬車の残骸を物色する。
何か使える物があれば遠慮なく頂いていこう。
どうせこいつらには既に必要のないものだ。
荷物を漁っていると、デンベルクの地図が入っていた。
これはなんとも有り難い。
本当なら迷いの森に入る前に、こういったものを揃えておきたかったのだが急いでいたユルグには難しかった。
地図を確認すると、迷いの森を出て少し歩くとヘルネという街があるらしい。
目下の目的地はそこで良いだろう。
「行くぞ」
「んぅ」
デンベルクの状況がどうなっているか、ユルグは知らない。勇者の情報が向こうに伝わってないと良いが、それは今心配しても仕方のないことだ。
街に着いたらどうするか。
考えを巡らせながら、ユルグは森を進むのだった。
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その後、特に問題もなくユルグとフィノは迷いの森の出口へと辿り着いた。
降り続いていた小雨も止んで、頭上には青空が広がっている。
「ここから少し歩くと街がある」
「……んぅ」
それを聞いてフィノは元気なく俯いた。
ユルグはやっとこの少女とおさらば出来ると思っていたのだが、彼女は違うようだ。
奴隷商に売りつけると言っているのだから当たり前の反応なのだが、だったら街へ着く前に逃げるなりなんなりすれば良い。
「逃げないのか?」
「……いい」
「俺の言ってたこと、覚えてるんだろ。また奴隷に戻りたいってわけでもないなら」
「――ユルグ、おれい、しなきゃ」
震える声で、フィノは言った。
それはそうだ。奴隷なんて二度となりたくない。
ユルグの前から逃げないのは、それを推してまで恩返しがしたいというフィノなりの気持ちの表れなんだろう。
随分律儀な奴だと、ユルグは少し感心していた。
「お前、自分の価値がどれだけあると思ってる」
「かち?」
「耳があまり聞こえない聾唖の奴隷なんて、誰が欲しがると思う。色気のないそんな身体じゃ男だって寄りつかない。おまけにハーフエルフは市場価値が低いって言うじゃないか」
「……っう」
散々攻めるとフィノは今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
けれど、これが事実だ。
奴隷商に持って行っても買ってもらえるとは思えない。
貧乏くじを引いたとユルグは溜息交じりに息を吐き出した。
「だから、納得の行く値段が付かないなら奴隷商には売らない」
「……っ、ほんと!?」
「その代わり、俺には着いてくるな。俺とお前はそこでさよならだ」
「……わ、かった」
フィノは乗り気はしないながらも静かに頷いた。
ユルグにとってはどんな方法でも、足手まといの彼女を手放したいのだ。
命は助けてやった。それだけで十分過ぎるほどだ。
これ以上ユルグが世話を焼く必要も無いのだから。