新たな旅立ちとその準備 1
ティナが用意してくれた荷馬車は彼女の宣言通り、上等なとは言えない使い古されたものであった。
所々、木材が腐っている箇所もあり長旅には贔屓目に見ても向いていない。これについては修繕してやれば問題はないのだが、もう一つ懸念事項がある。
荷馬車を引いてきた馬は痩せ細っていて年も食っていた。明らかに粗悪品を掴まされたと言わざるを得ない結果だが、これについては彼女を責めることなんて出来ない。
なんせ、ユルグの提案は急だったのだ。明日にでも出発したいという我儘をなんとか叶えようと奮闘してくれたというのは十分に伝わってくる。
先ほどその件に関して、ティナが謝罪をしてきたのだが、些細な問題だと一蹴して今に至る。
「まあ、なんとかなるか……」
老馬の背を撫でながら、ユルグは前向きに考えることにした。
無茶をさせなければこの馬でも荷馬車は引けるし、帝都から次の街までは最低でも五日はかかる。その間の水や食料を積み込むとなると、道中は体力のある者は荷馬車から降りて歩いて行くのが望ましいだろう。必然的に移動速度は落ちる。
結果だけを見れば特に際立った問題はないのだ。
「……うーん」
あれこれと思考していると、悩ましげな声がどこからか聞こえてきた。声がした方向を探れば何やらフィノがうんうん唸っている。
「おい」
「あ、ユルグ」
「荷物の積み込みをさっき頼んだだろ。何してるんだ」
「んぅ、なまえをね」
「……はあ?」
「うまのなまえ、かんがえてたんだけど。なにかない?」
「そんなのは後で良いだろ」
さっさと作業に戻れと背中を押すと、フィノは渋々と荷積みを再開した。
ティナとミアには連れ立って食料の調達を頼んだ。水は帝都を出るときに商店で買い付けるとして新しく入り用なものはそれくらいだろう。
アリアンネは先ほど皇帝陛下に呼ばれ、今は留守にしている。
というわけで、王城の中庭に停めた荷馬車の周囲にはフィノとユルグしか居ないわけだ。
フィノには荷物の積み込みを頼んだが、ユルグもただ暇を持て余しているわけではない。
不測の事態――敵襲を受けた時の対処法を事前にシミュレーションしておかなければ、いざという時に動くことは難しい。
アリアンネと今後の予定を詰めている時に、ティナも同行する旨を伝えられた。ユルグもそれには特に異論は無かった。今更一人増えたところで大して変わりはしない。むしろ彼女の加入は喜ばしくもある。
敵に対処しなければならないと仮定したとき、ユルグが御者では咄嗟に動くことは出来ない。戦闘スキルが無いティナにそれを変わってもらうことでその問題は解決できる。
話を聞いたところ、アリアンネは魔法の扱いに長けているらしい。実力については未知数だから過度な期待はしないで、フィノと共に荷馬車の護衛に当たってもらう。
直接敵を叩くのはユルグの役割だ。
ある程度役割を決めて、その後戦術の精査をする。これについては仲間たちと旅をしているときに何度もしたことだから、ユルグにも慣れたものだった。
「お待たせしました~」
ユルグが難しい顔をしていると、皇帝との謁見が終わったのか。アリアンネが戻ってきた。
「出立の準備の方はどうですか?」
「今しがた荷馬車の修繕が終わった所だ。あとは、荷物や食料やらを運び込んだら出発できる」
「帝都を出たら次に補給できる街はヴァレンですか……そこまでは街道も伸びているので迷う心配はありませんね」
『方向音痴のお主がそれを言うと洒落にならんぞ』
「流石にわたくしもそこまで酷くはありませんよ」
『どうだかなあ。それを甘く見て何度迷惑を被ったことか……』
マモンの責めに、アリアンネは口籠もった。本人にも心当たりがあるみたいだ。
「うう、酷いですよ。マモンはわたくしの味方だと思っていたのに……」
『それは時と場合に寄るなあ。なあに、心配せずともお主を裏切ったりはせんよ』
「……そうですね」
にこやかな笑みを刻むと、アリアンネは足元にいたマモンを抱き上げて、頭をわしゃわしゃと撫でる。
それにマモンも少し身を捩るが、大人しく腕の中に収まっている。満更でも無いのだろう。