正体不明のペット
朝食を終えると、宣言通りティナはミアと連れ立って荷馬車と馬の調達に向かった。交渉に女だけでは相手になめられるかもしれないとユルグも同伴しようと提案したのだが、どういうわけかティナがそれを許さなかった。
「ご心配には及びません」
きっぱりと清々しいほどの拒絶に、ユルグもそれ以上は何も言えずに、今はこうして一室に閉じこもって今後の予定をアリアンネと協議していた。
フィノはというと、荷馬車の調達に着いていっても邪魔になるから留守番していろと言いつけて、手持ち無沙汰にソファに寝転んでいる。
大人しくしてくれるのは有り難いが、うたた寝ついでに枕にされているマモンが不憫でならない。本人からは特に文句もないようで、放って置いてくれても良いとのことだった。
ユルグもそれに従い、ソファに陣取る一人と一匹から意識を逸らして目の前の問題に着手する。
「今後の旅路なんだが、出来るだけ最短距離でラガレットへ向かいたい」
「となると、北の山脈を迂回するルートですか。……厳しいでしょうね」
ユルグの意見に、対面しているアリアンネは難色を示した。
「ラガレットに向かうには北を目指すのが最短ではありますが、陸路が悪すぎます。今の時期は雪も降っていますし、補給できる街も無い。一人旅ならまだしも大所帯での強行はお勧め出来ませんね。それよりでしたら――」
テーブルに広げた地図の上を細い指が滑って、南をさす。
「こちらをお勧めします」
「南から大きく迂回して行けってことか」
アリアンネの提案はユルグのものよりも理に適っている。途中に街も点在しているし、北から向かうよりも時間は掛かるが、ラガレットに辿り着くにはこちらの方がより確実である。
「急がば回れと言いますし、移動による負担も少ないですよ」
「……俺は急いでいるんだ」
良い顔をしないユルグに、アリアンネは不思議そうにこちらを見つめてきた。
「どうしてそこまで急ぐのですか?」
「そういえば話してなかったな」
いずれ話すと彼女には言ってあったが、後回しにしていた。
ラガレットに向かう目的を話すとなぜだと理由を求められる。それを嫌って中々打ち明けるには至らなかったのだが、アリアンネなら大丈夫だろう。
彼女ならこちらの意図をある程度察して、深追いはしてこないはずである。他者に対して適度な距離を保ってくれているのはユルグも薄々感じてはいた。それ故にユルグもこうして気を荒立てること無く話せているのだ。フィノやミアであったのならこうはいかない。
「ラガレットの北にシュネー山脈があることは知っているだろう」
「ええ、この場所ですね」
言って、アリアンネは地図に描かれている山脈を指した。
「そこに行かなきゃならない」
「理由をお聞きしても?」
「……やり残した事があるんだ。それが無事に済んだら魔王討伐でも何でもやってやるよ」
案の定、アリアンネはそれ以上聞いてこなかった。そのことに一先ず安堵して、ユルグは続ける。
「それで、そのシュネー山なんだがあと一月もすれば本格的な降雪に見舞われる。一日中雪は止まないし、山の天気も荒れるだろう。そんな中、山頂に登るのはどう考えても無謀だ」
「……一月後ですか」
懸念事項を話すと、アリアンネは腕を組んで思考しだした。
これで誤魔化せるなら万々歳なのだが、やはりそう簡単に事は運ばないらしい。
「それならば無理に北から迂回しなくとも良いのでは? 南の安全なルートを通ってもシュネー山に辿り着くのに一ヶ月もかかりませんよ」
「……そうだけど」
アリアンネの追撃に、次第に苦しくなってくる。彼女の言い分には不自然な箇所は見当たらない。対してユルグの言い分は完全に言い訳じみたものである。これで説得しろという方が無理というもの。
「わたくしとしても協力したいのはやまやまなのですが、皆の安全を考えるならば断然、こちらのルートで行くべきです!」
「うっ、……まあ、そうなるよな」
完璧に押し切られてしまった。
どうにもこうにも、アリアンネが納得出来る良い返しが思い浮かばない。降参の代わりに溜息を吐いて項垂れると、そんなユルグを見て彼女は慌てて身を引いた。
「――と、差し出がましく申しましたが、最終的に決めるのは勇者様です。わたくしは助言をしたまでなので、そこまで落ち込まなくとも大丈夫ですよ」
「……いや、良いんだ。ここで言い負かされているようじゃ、結果は知れてる。……ああ見えてミアは頑固だからな」
ユルグの幼馴染みは、昔から言い出したら聞かないのだ。その言動に振り回されて最終的に折れていたのはいつもユルグであった。
先日、ミアと話した時もそれはひしひしと感じたし、同じことを彼女に聞いてもアリアンネと答えは変わらないだろう。
「先ほどは皆の安全のためなんて言いましたが、半分は口実なのです」
ユルグが想いを馳せていると、不意にアリアンネが口を開いた。
「……どういうことだ?」
「わたくしが最近国に戻ってきた、ということはご存じですか?」
「ああ、噂は至る所から聞こえてくるからな」
「私が国に戻らなかったのは、マモンの願いを叶える為なのですよ」
穏やかに笑みを刻んだアリアンネの表情は、とても幸福そうに見えた。そこには何の悔恨もなく、自らの意思で心の底から望んでの事であるのは明白である。
「いえ、そう言っては語弊がありますね。半分はわたくしの我儘も入っているかもしれません」
「何をしていたんだ?」
「色々な場所を巡って二人きりで旅をしていたのです。誰にも邪魔をされず、自由に。マモンはわたくし以上に箱入りですから、たくさんの物に触れて感じて欲しかったのです。それくらい許されても罰は当たらないでしょう」
彼女の言葉にはどうしようもなく、慈愛に満ちていた。なんだか惚気のようにも感じる言動にユルグが一瞬固まっていると、
『――あー……アリアンネよ。大事なことが抜けているぞ。勇者へのお願いがすっかり抜けている』
アリアンネの背後、フィノの枕にされていたマモンから気まずそうに声が漏れてきた。
流石にあんなふうに言われてはマモンも立つ瀬が無い。
「あ、ああ。そうでした! 旅のついでに、勇者様を探していたのです」
「……ついで?」
『ついでなどではないだろう。それが本命だ』
しっかりしてくれ、とマモンからの苦言にアリアンネは苦笑を零した。しっかりしている奴だと思っていたが、たまに抜けているところもあるみたいだ。
悪意が無い分、自覚しているのか不明だが。
「それで、俺へのお願いって何なんだ?」
わざわざユルグを探していたのだ。よほど重要なものであるのだろう。
「それは、今はまだ秘密です」
「秘密って……急ぎの用事じゃないのか?」
「そうなのですけど、繊細な問題ですから」
ユルグの詰問に彼女はやんわりと断りを入れた。そう言われてしまってはこれ以上は聞けない。
それにしても、なんだかおかしな話である。勇者を探していたのならユルグへのお願いとやらは、魔王の討伐やそれに準ずるものであると考えるのが自然だ。しかし、アリアンネは秘密だと言う。それ以外の何かしらの要求があるということだ。けれど、そんなものにはまったく心当たりは無い。
「話が逸れてしまいましたね。ですから、殺風景な北のルートではなく南を推しているのです。あちらはまだ行ったことがないですから」
「……わかった。いずれにしても俺の独断では決めない」
この件に関しては後で多数決でも取るとしよう。
それにしても――
「前から気になっていたんだが、そいつは何なんだ?」
マモンの存在について指摘すると、二人して顔を見合わせた。即答できないあたり、これも訳ありなのだろう。
「なんて言ったら良いんでしょう……ペット?」
『苦しい言い訳にしか聞こえないぞ』
「そう言われても、貴方について説明するのは難しい……あ、マモンというのはわたくしが考えた名前なのです」
『それを聞きたいわけではあるまい』
「そんなことはないです。名前というのは」
「――わかった。もういい」
収拾がつきそうもない会話に歯止めをして、ユルグは嘆息した。
「話したくないのなら無理に聞かない。そこはお互い様だ」
喋る動物もどきなんて眼前にいるマモンが初だ。気にはなるが、話したくはない事を無理に聞いたところでどうなるわけでもない。
こんな事に気を裂いている余裕はユルグには無いのだ。帝都を出る前にやるべき事はまだ残っているのだから。




