食事会
「それじゃあその方向で――」
「ごはんだよ!」
突然フィノの大声が響いたと思ったら、話し込んでいる両者の間に大皿に乗った料理が、どんと置かれた。
美味そうな肉料理だが、それの他に魚料理に串焼き、揚げ物。あっという間にテーブルの上は頼んだ料理でいっぱいになる。
「こんなに食えるのか?」
「どれも美味しそうで……でも、私すっごいお腹空いてるから大丈夫!」
小皿に取り寄せた料理を、ユルグの前に置いてミアはそんなことを言う。
ちらりと隣に座っているフィノの様子を盗み見た。目の前にずらりと並んだ料理の品々に瞳を輝かせている。
このぶんならば、余計な心配かもしれない。
「たべていい?」
「行儀良くな」
「まかせて!」
威勢の良い返事をすると、フィノはテーブルに並べられた料理に齧り付いた。
多少はお行儀良くはなったがまだ少しぎこちない。及第点というところか。
フィノに構っていると、斜め前に座っていたミアが二人のやり取りを見て、おもむろに尋ねてきた。
「さっきから思ってたんだけど、ユルグその子と仲良いよね」
「……どこが?」
「どこがって言われると困るんだけど、余所余所しさがないっていうか。ユルグ、私にも少し遠慮してる所があるからなあ」
「無駄に手が掛かるってだけだよ」
「……そうじゃないと思うんだけど」
ユルグの答えにミアは不満そうに口を尖らせた。
しかし、これ以上の解答は持ち合わせていない。ミアの言うように仲が良いとは違うし、むしろ今まで散々被害を被ってきたのだ。
「フィノは今まで……色々と苦労してきたんだ。そのせいで常識も抜けてるから、教えることが山ほどあるんだよ」
「……そうなんだ」
溜息交じりに告げると、ミアはフィノへと目を向けた。その眼差しは憐れみを孕んでいるが、心配してのことだ。ユルグの幼馴染みは他人を侮蔑するような心根は持ち合わせてはいないのだから。
「それってユルグが教えてあげてるの?」
「そう」
「――そうだよ!」
飯に夢中だと思っていたら、いきなりフィノが横から割り込んできた。
「ユルグはフィノのおししょうだからね」
「お師匠?」
「……弟子にしろって迫られたんだよ」
「なるほど……なるほどなあ」
それを聞いて、ミアは深く頷く。何をそんなに神妙にする必要があるのか。疑問に思っていると、そこでアリアンネが合いの手を入れた。
「ミアには強引さが足りないのですよ」
「私も今それを痛感してたところ」
「わたくしをお手本にすると案外上手くいくかもしれませんね」
「アリアのは強引って言うよりも破天荒じゃない?」
「……ミア様の仰る通りです」
アリアンネの隣で話を聞いていたティナが、心当たりがあるのか何度も頭を振る。
そこから長々とアリアンネに対する小言が始まった。
主人を慕っているティナにしては珍しい物言いだと感じたが、ミアの話では長い間会えず終いだったのだという。それならばこうして鬱憤の一つや二つ、溜まるのも納得だ。
けれど、ティナのお小言にもアリアンネは終始穏和であった。心根が広いとかそういう次元ではないように思えるが、元来こういった性格なのかもしれない。
これからの旅で衝突するような尖った性格ではないことは幸いであるが、ユルグとは相性が悪そうだ。何となく、そんな予感がする。
「そうだ!」
ぼんやりと二人のやり取りを眺めていたら、ミアが唐突に叫んだ。何事だと目を向けると――曰く、お願いがあるのだという。
「私もそれ、手伝って良いかな?」
「……何の話?」
「フィノに、色々教えなきゃってやつよ」
ミアの提案に、ユルグはフィノと顔を合わせる。
彼女の申し出はとても有り難い。戦闘の手解きは出来るがその他の、文字の読み書き等まではあまり手が回らなかった。手伝ってくれるなら大助かりだ。
「俺は良いけど……お前はどうだ?」
「フィノもいいよ」
「それじゃあ決まりね」
「でもなんでいきなり」
「ほら、私も着いていくって言ったじゃない。でも皆と違って戦えるわけじゃないし、他のことで何か出来ないかなって思ったの」
無理を言ってしまった自覚はあったようで、迷惑を掛けたくないというミアなりの気遣いだったみたいだ。
「そんなこと気にしなくても良いよ。こいつみたいに、余計な事に首突っ込まなければそれで十分だ」
「むぅ、ひどい」
「酷くないし本当の事だろ」
しばらく談笑を楽しんだ後、落ち着いた頃合いを見計らって、ユルグは先ほど中断された話の続きを促した。
「――それでだ。荷馬車と馬を工面したい。今からじゃあ流石に遅いから明日になるが、俺は帝都の地理に言うほど詳しくはないんだ。何か当てはあるか?」
「わたくしも数日前に戻ってきたばかりなので……」
食事の手を止めて困り顔のアリアンネを見かねてか。黙って話を聞いていたティナがおずおずと切り出した。
「それは上等な物でなくとも構いませんか?」
「当てがあるのか?」
「はい。その件に関してはお任せください」
敬愛する主人の為だろう。少しでも役に立ちたいと張り切っているティナにこの件は任せるとして、ユルグにもやることはある。
「明日は各々旅の準備に費やすことにしよう。それで何事もなく順当にいけば明日には帝都を発つ。これでいいか」
「わかりました」
アリアンネに続き、残りの三人も肯首する。
ユルグの当初の計画通りとはいかなかったが、何はともあれ旅を再開できる運びとなった。これは素直に喜ばしいことである。
未だ悩みは尽きないが、今はそれを忘れてしばしの休息を取るのも悪くはないだろう。




