何よりも嬉しい
しばらくすると、メイド服から着替えを終えたミアとティナが戻ってきた。
「お待たせしました」
「お腹空いちゃった。早く行こう」
そう言って、ミアはユルグの傍まで駆け寄ってくる。
「道案内よろしくね」
「わかった」
グイグイと背中を押して部屋から追い出されると、そのまま連れだって城下町へと赴く。
その道中、ユルグの隣を歩くフィノがやけにちらちらと視線を向けてくるのに気がついた。
「なんだよ」
「んぅ、なにも?」
「だったら逐一こっちを見るな」
「だってさあ」
ユルグの応酬に、フィノはにやにやと腹の立つ笑みを浮かべた。
「おししょう、うれしそうだもん」
「……どこを見て言ってるんだ?」
「うーん、なんとなく。けど、フィノといるときより、やさしいね」
フィノは今のユルグを普段よりも優しいと評価した。けれど、それに素直に頷くことは出来ない。
「優しいところなんて何もない」
「……そう?」
「もしそうだったら、ミアにあんな事は言ってない」
彼女のことは大事に思っている。それは昔と今を比べても何も変わっていない。幸せになって欲しいと願っている。けれど、その幸せの中にユルグは含まれてはいないのだ。
しかし、ミアはそうは思っていない。彼女の幸せというのはユルグ無しでは成り立たないのだろう。あの告白を聞けば誰だってそう思う。
それを知っていて、わざと背を向けるのはフィノが言うような優しいとは違うのだ。
暗い気持ちのままでいるユルグを余所に、なぜかフィノはさっきよりも鬱陶しいほどの笑顔を向けてくる。
「フィノ、だれがっていってないよ」
「……っう」
「おししょう。あのひとのこと、だいじなんだね」
「だっ、うるさいな!」
不意打ちのようなフィノの言葉に、みっともない怒鳴り声を上げるとユルグは足早に歩き出した。
それでも怒鳴られたフィノは、めげることはない。むしろ少し嬉しいとさえ思っていた。
自分以外にも、ユルグのことを案じてくれている人がいたのだ。
過日のフィノの宣言に、ユルグはそんなことはあり得ないと一蹴した。いくら無理だと言われようがフィノは諦めるつもりはない。けれど、絶対とは言えないのだ。
このままの状態では、ユルグは自分の命を大事にしないだろう。そんな予感があった。それを阻止してくれる人が、彼の傍にいてくれる。これほど心強いことはない。
その事が、フィノは何よりも嬉しいのだった。
件の食事処へと赴くと、ユルグは早速アリアンネと今後の話を進めることにした。
テーブル席に着いて、腹減り組には適当に飯を注文してもらっている。
律儀なティナはアリアンネの傍を離れようとはしなかったが、ミアに押し切られて今は三人でメニュー表とにらめっこ中だ。
マモンは食事はいらないと言うし人の目もあるので、アリアンネがどこかへしまった。あの不思議生物については追々話を聞くとして、今は対面している彼女と話を進めていく。
「父から大凡の話は聞き及んでいます」
そう言って、アリアンネは金が入った大袋をテーブルの上に置いた。
「これを勇者様に渡すようにと預かっています」
「中身を見ても良いか?」
「どうぞ」
確認すると、袋の中身は二千ガルド。結構な額である。
「……ありがたいが、これで足りるかどうかと言われたら厳しいだろうな」
当初予定していたのは、ユルグと同伴者であるアリアンネの二人分の旅費であるから、この金額でも十分だった。しかし、そこにミアとフィノも加わる事になる。そうなれば当然、これっぽっちでは心許ない。
「勇者様はどこへ向かうつもりなのですか?」
「ラガレット公国だ。ここから東に進路を取る。かなり距離があるから長旅になりそうだな」
「何の為に向かうか、理由をお聞きしても?」
「良いけど……今は言えない」
これだけはミアに知られる訳にはいかない。ユルグの慎重さにそれを察したのか。アリアンネは分かったと頷いた。
「旅は長いのですから、打ち明けてくれるまで気長に待ちます」
「そうしてくれ。だが、そうなるとどうやってラガレットまで向かうかだな。当然、四人分の旅費となるとこれじゃあ足りないわけだ」
そもそも一人旅を決め込もうとしていたユルグも金銭問題で悩んでいた。ここに来て振り出しに戻っては意味が無い。
「要は移動手段の確保に手間取っているわけですよね」
「……そうなるな」
「この人数でとなると、馬車を乗り継いで行くより援助金で足を用意した方が良さそうです」
「それは、一理あるな」
アリアンネの意見は現実的である。馬車とそれを引く馬。御者はユルグ辺りがやれば問題はない。移動速度は金を払って馬車で移動するよりは落ちるだろうが、資金繰りのために街に留まらなくて良いと考えればこちらの方がマシである。
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空夜キイチ




