大事なもの
サブタイトル、変更しました。
どうあってもミアは考えを変える気は無いようだ。頑なな態度に、ユルグは早々に見切りを付けた。
「……仕方ないか」
そもそも、ミアは城に軟禁されていたという。ここでなんとか逃げ果せたとしても、今後身の安全を保証してやれるわけではない。それならば傍にいてくれた方がユルグも安心できる。
しかしそうなると、ユルグの目的に支障も出てくる。フィノもそうだが、確実に邪魔が入ると予想できるし、これが目下の悩みのタネであるだろう。
そこは追々なんとかするとして――
「今後の予定について話したい」
「ええ、構いませんよ」
ユルグの目的地であるラガレット公国に入るまでは、かなりの距離を移動することになる。出来るなら明日には出発したい。そのため旅の予定を煮詰めておきたかったのだが、横から待ったが掛かった。
「ねえ、それ何か食べながらでも良い?」
気の抜けた笑みを浮かべてミアが提案してきた。
何でも安心したらお腹が空いてきた、とのこと。先ほどからユルグに引っ付いていて、やっと離れてくれたフィノも同じ意見らしい。
「それではお食事の準備をして参りますね」
「あっ、ちょっと待って」
そそくさと部屋を出て行こうとするティナを留めるように、ミアは彼女の腕を掴んだ。
「良かったらティナも一緒に食べない?」
「私もですか?」
「ほら、アリアも一緒だし、ね?」
「……有り難い申し出ですが、私は使用人ですので。それは出来かねます」
慇懃な態度で一礼するティナ。けれど、ミアは諦めなかった。
「じゃあ、個人的な食事のお誘いならどうかな」
「……と言いますと?」
「城下町に皆で食事に行くの!」
名案を思い付いたと言わんばかりに、ミアは告げる。
けれど、ティナの顔色は優れないままだった。
「それは、難しいでしょうね」
「どうして?」
「私はハーフエルフですので」
ティナの一言で、彼女が何を言わんとしているのか。ユルグは理解した。ついこの間、メルテルで経験したばかりだ。
おそらく、ミアはこの国でのハーフエルフの扱いがどういったものなのかを、よく理解していないのだろう。
ティナはハーフエルフだが、こうして城で働けている。おそらく特例で許可されているのだろうが、それを間近で見ていては市井の事など想像すら及ばないはずだ。
「皆様にご迷惑が掛かります」
浮かない顔をして断ると、ティナはミアに掴まれていた腕をやんわりと振りほどいた。
「それなら心配には及ばない」
横槍を入れたユルグの発言に、全員の視線が一斉に向く。
「こいつだってハーフエルフだ。一人くらい増えたってどうってことないよ」
「そうそう」
調子の良い相づちを打ちながらフィノもユルグに同意する。
それに、この問題についてはそこまで心配することでもないのだ。
「以前帝都に足を運んだときに、ハーフエルフでも入れる店を見つけてある。そこなら文句もないだろ」
昔取った杵柄、というのだろうか。
カルラもハーフエルフであった。こういった問題には幾度となく悩まされたものだ。今になってその経験が活かされるとは思ってもいなかった。
ユルグの提案に、ティナは少しだけ考える素振りを見せた。
「……それなら、ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろん!」
ティナの手を取って、ミアはご満悦のようだ。にこにこと柔らかな笑顔を振りまいている。無意識のうちにそれに見とれていたら、不意に彼女がこちらを向いた。
「ユルグ、ありがとう」
「あ、ああ」
ぎこちなく頷くと、そんなユルグを見てミアは笑みを深めた。
あんなに嬉しそうに笑っている幼馴染みを見るのは久しぶりな気がする。
ユルグがミアと一緒に過ごした時間は、ここ最近では断片的なものしかない。たまにしか村に帰れなかったし、そのたまにも年単位だ。加えて彼女の元に戻るタイミングも良いとは言えないものばかり。
村を出て三年目、四年目に彼女の元を訪れたがどれも肉親を失った直後であった。そんな状態では心の底から笑えなどしない。ユルグの手前、困らせまいと泣き出したりはしなかったが、無理に笑顔を作っていたことは容易に想像できた。
そんな幼馴染みを目の当たりにしていたのだ。それがこうして普通に笑えているのなら、ユルグにとってこれ以上嬉しいことなどない。
ミアの願いは、ユルグにはどうあっても叶えられるものではないが、それでもずっと笑っていてくれたらそれで満足なのだ。
「それじゃあ、着替えてくるから少し待っててね」
ティナと連れだって、ミアは部屋を出て行った。
この部屋に通されて一時間ほどだが、怒濤の展開に疲れ切った様子でユルグはソファに腰掛ける。
当然のようにフィノもユルグの隣に座るが、今はそれに文句を言う元気はない。
「……そういえば、どうやってここまで来たんだ。馬車に乗るにしてもそんな金なかっただろ」
不意に脳裏に浮かんだ疑問が口を突いて出た。
フィノには自分で稼いだ金以外、持たせていなかった。それ故に、ユルグは彼女を置き去りにして一人帝都まで向かったのだ。
なんとも酷い話だが、こうすることで易々と追ってこられないと考えた上での行動であった。しかし、フィノはユルグが帝都に着いたその日に、こうして追いついてきている。
ユルグがメルテルを出て、それに程なくして気づいてすぐに追いかけたのだと考えるのが道理である。
「んぅ、ペンダントあったでしょ」
「もしかして、あれを質に出したのか?」
「うん」
「大事なものなんだろ」
フィノにそうさせた原因を作った自分が言うべきではないが、一応あれはフィノの母親の形見である。
彼女はあまり気にしていなさそうだが、それでも大事にしなければいけない物だ。
けれど、フィノは首を横に振った。
「だいじだけど、いいの」
その一言は、フィノの優先すべき物が何かを如実に表していた。
フィノには、ユルグの目的を詳しい説明は省いてはいるが伝えてある。それを知っていて、そこまでして傍に居たいというのは不毛でしかない。
一番になると宣言したのだから、彼女にとってそれは当たり前ではあるのだが、そんな可能性は万に一つも無いと突っぱねているユルグにとっては、そう思わざるを得ないのだ。
『一つ聞きたいことがあるのだが、良いか?』
不意に、未だアリアンネに抱かれていたマモンが声を上げた。
『その少女とは、どういった関係だ?』
「フィノのことか?」
『そうだ』
にべもなくマモンは頷いた。突然の事に驚いたが、問われたユルグよりも驚いているのはマモンと親しいであろうアリアンネだった。
「マモン? どうしたのですか?」
『少し気になる事があってな』
マモンはそれ以上は語らず、先の問いの答えを促した。
「こいつは元々奴隷だったんだ。訳あって今は一緒にいる」
「ユルグはフィノのおししょうだよ!」
「……というわけだ」
『そうか』
何を思ってマモンがこんなことを聞いたのか。ユルグには真意は知れない。それはアリアンネも同じらしい。
「マモン、なぜあんな事を聞いたのですか?」
『うむ、それについてはいずれ話す』
ユルグも気になる所ではあるが、何やら聞かれたくない雰囲気ではある。けれど、少なくともこちらを害そうという感じではない。今は放って置いても大丈夫だろう。




