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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第五章
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一年前 1

 一年前、唐突にユルグたち、勇者一行の旅路は終わった。

 しかしそれは魔王を討伐し終えたからでもなく、世界が平和になったわけでもない。


 どこにでもある、ありふれた幕引きだったのだ。

 

「カルラ、晩飯買ってきたよ」

「んー、ありがと。今日はなに?」

「えっと、串焼きと揚げパン。でもこれだとエルが文句言うかも」

「野菜が足りないって? そんなのハーブティーでも付けとけば良いのよ」


 揚げパンを頬張りながら、カルラが小言をいう。


「聞こえとるぞ」


 聞こえた声に振り返ると、そこにはたったいま外から帰ってきたエルリレオがいた。

 外套に被った雪を払い落として、手に持っていた袋をテーブルへと置く。


「おかえり、エル」

「こんな雪ばっかりの土地で薬草なんか採れるの?」

「それがな、存外にあるのよ。雪の下に青々しいものが埋まっておってな。どうだ、これなんて凄いだろう」


 自慢げに袋から薬草を採りだして見せつけてくるが、二人の目には変わりないように思えた。


「そこら辺の草と同じじゃない」

「俺も、違いがよく分からないかな……」

「そう言うと思ったわ」


 ぶつくさと文句を垂れながら、エルリレオは薬研を取り出すと黙々と作業を始めた。

 それをぼんやりと眺めながら、ユルグはずっと聞けずにいた事をカルラへ問う。


「あのさ、前から聞こうと思ってたんだけど」

「なに?」

「本当に、あんな雪山に魔王なんて居ると思う?」

「……私に聞かれてもねえ」


 食べ終わった串焼きの串をぷらぷらと振って、カルラは嘆息した。

 おそらく、カルラ以外の誰に聞いても同じような答えが返ってくるだろう。


 ユルグたちが今いるここ、ラガレット公国――メイユの街。それを囲むように聳えるシュネー山。

 今度のユルグたちの目的地は、そのシュネー山の頂上である。


 数ヶ月前から、シュネー山の頂きから黒い影が周辺を飛び回っているのだという。麓にあるメイユの街でも、度々それの被害を受けているみたいだった。

 その情報を得てこうして遠路遙々(えんろはるばる)ここまで足を運んできたのだ。


 魔王を討伐する為の旅をしているというのに、肝心の敵の居所がまったく掴めないのだ。今までそれらしい場所を幾度となく訪れたが、すべて空振りに終わった。きっと、今回も例に漏れずだろう。


「なんていうか、私たちの旅って魔王討伐よりは魔物退治って感じよね」

「……うん」


 痛いところを突かれて、何も言えないままユルグは嘆息した。反論の余地もない。


 そもそも、魔王の事さえよく知らないままこうして旅をしている。旅の目的が魔王の討伐なのにだ。明らかに矛盾している。

 今まではあえてその事に触れないできたが、シュネー山を攻略すればいよいよ目を背けてもいられなくなる。


「カルラは魔王について何か知ってる?」

「ん? うーん」


 尋ねるとカルラは気の抜けた相づちを打って、じっとエルリレオを見つめた。

 その視線に気づいたエルリレオは作業の手を止めてこちらへと振り返る。


「儂も噂くらいしか知らんぞ」

「やっぱり、長寿のエルでも知らないか」


 エルリレオは長命のエルフでもご長寿である。五百年も生きて、未だに現役で旅を続けられるのは本当に稀らしい。


「エルが子供の頃も魔王っていたの?」

「そうさな、五百年前もそういった噂は絶えずあったように思う」

「でも誰もその魔王サマについては知らないんでしょ? なんだかなあ、噂が一人歩きしているみたいよね」


 溜息を吐き出してカルラがもっともな事を言う。


「儂が聞いた話では、魔王は人であるらしい」

「だったら探すのは大変だよ。大人しく街で暮らしていたんじゃ見つけられない」

「そうだのう」


「そもそも、何も悪さをしてないんじゃ放っといても良いんじゃないの?」

「それがなあ、そうもいかんのよ。年々、魔物の被害が増えているだろう? あれは瘴気のせいであるのだが、それを生み出しているのが魔王だと言われておる」

「でも、それだって噂なんでしょ?」

「……確たる証拠はないようではあるが」

「各国の王に聞いても皆同じ事しか言わないしね」


 旅の資金援助はしてくれるが、そういった情報を与えてくれるわけではない。それ故に、ユルグたちは当て所なく大陸中を歩き回っているのだった。

 しかし、明日向かうシュネー山を攻略したなら今度こそ、その導を失うことになる。


 流石に目的である魔王は野放しのままなので、この旅が打ち止めになることはないのだが、こんなことを続けていてはいつまで経っても旅は終わらないのだ。


 けれどそうであっては、ユルグは困るのだ。今はこうして噂を頼りにそれらしい場所を訪れて、決して楽ではない旅を続けている。けれど、ユルグにとって勇者の使命というのはそれほど重要ではなかった。


 ユルグの一等大事なものは、故郷に置いてきた幼馴染みである。

 本当ならば、こんな旅など放り出して故郷に帰りたい。けれど、それはどうあっても許されることではないのだ。


「……勇者って何なんだろう」


 ぽつりと零したユルグの呟きに、カルラは眉を潜めた。


「なによ、いきなり」

「だって、勇者っていっても特別強いわけでもないだろ。皆と比べて未熟だし、足を引っ張るときだってある。そんなのが魔王討伐に必須だっておかしくない?」

「……そうねえ」


 ユルグの訴えに、カルラは腕を組んで考え込んだ。


「でも、今までだって歴代の勇者は存在したわけでしょ? 何か理由があるんじゃない?」

「理由ってなんだよ」

「それは、わからないけどさ。何か意味はあるでしょ」

「そんなんじゃ納得できない」

「……あのねえ、私に言われたってわかるわけないじゃない。勇者じゃないんだし、わからないことを考えるだけ無駄よ、ムダ!」


 きっぱりとはねつけて、カルラは半ば強引に話を終わらせた。けれど、そんな答えではユルグは納得できない。

 しかしカルラの言うことも、もっともである。分からないことに固執するのは良い事とは言えない。



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[一言] うんうん。 読んで良かった満足。
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