パトロン
数分後、僧侶の言ったことは比喩ではないのだとユルグは知ることとなった。
まるで灼熱の炎の中に腕を突っ込んでいるかのような激痛が絶え間なく襲ってくるのだ。しかもそれが昼夜問わず、四六時中である。これではろくに寝られないし神経も休まらない。
右手は動くようになったが、こんな状態では剣を振るうにも一苦労である。
毒の進行を遅らせるにはこの激痛と一生付き合わなければならないということだ。これならば、処置もせず放って置く気持ちも分かるというもの。
「……参ったな」
流石にここまでとはユルグも思っていなかった。一瞬怖じ気づいたものの、しかしそれがどうしたというのか。例え腕がどうであっても、ユルグの目的は変わらない。
良く晴れた昼下がり。
買った食事を持ち寄って広場のベンチに座ると、ユルグは地図を開いた。
帝都ゴルガはアルディア帝国の中央に位置する。そこからユルグの目的地であるラガレット公国まで行くとするならば、かなりの距離を移動しなければならない。馬車での移動がベストなのだが、それには金がかかるのだ。ここに来るまでに、結構な金を掛けた。今のユルグには手持ちがない。
「どうするかな……」
屋台で買ってきた焼きたてのパンを一口食べて、ユルグは嘆息する。
結局何をするにしても金の問題が付きまとう。仲間と旅をしている時はこんなにも困ることはなかった。国から支援金も出ていたし、稼ぎ頭のグランツもいたからだ。
何の後ろ盾もなく旅をするというのはかなり困窮するのだと身に染みながら、ユルグは地図をしまう。
とにかく、すぐにはこの国を出ることは叶わない。まずは旅費を稼がなければ。しかし、それ以外にもユルグには憂慮があった。
それは、メルテルの街に置いてきたフィノのことだ。
きっとフィノはユルグを追ってくるだろう。行き先は知らせてあるし、馬車代がないと言っても金を稼ぐ手段は持ち合わせている。すぐには無理だが何としてでも必ず追いかけてくるはずだ。
別段、追いつかれてもユルグの目的は変わらない。フィノがいてもいなくても問題はないのだ。
だったらなぜ置き去りにしたのか。
元々、ユルグには旅の道連れは必要なかった。怪我の療養と言っても、あのままぬるま湯に浸かっていては芯が揺らいでしまう気がしたのだ。
いずれフィノとは別れなければならない。ユルグの目的に付き合わせる気は無いし、何よりこれは自分自身の問題なのだ。それに巻き込むのはお門違いである。
ここで放り出したのは早計ではないとユルグは考えていた。多少、順番が前後しただけである。
――なので、ここでグズグズしていて追いつかれては元も子もない。
猶予は今日一日とみて良いだろう。
フィノがユルグの不在に気づいてすぐに追跡したとしても、帝都に着くには今日の夕刻頃になる。そこから人捜しをしても思うように結果は得られないはずだ。
そうとなれば、この数時間で今の状況を打開しなければならない。
なんとか大金を得て、さっさと帝都から出ていきたいが、そんな美味い話はどうあっても――
「……まてよ」
要は、資金援助をしてくれるパトロンを見つければいいわけだ。それならば丁度良い人物がこの帝都にいるじゃないか。
今までは国から追われる身だったからまったく頭になかったが、本来ならば勇者の魔王討伐を支援をするのが各国に課せられた責務なのだ。
無論、ユルグにはそんな気はないが口先だけで騙せるなら安い物はない。
そうと決まれば、善は急げだ。
ユルグは荷物を手早くまとめると、足早にある場所へと向かった。




