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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第四章
63/573

虚ろの穴

*************


一部、加筆修正しました。

 

 ユルグがメルテルの街を出て帝都ゴルガへ到着したのは、一日後の昼過ぎのことだ。


「やっと着いたか」


 大きく伸びをして、帝都の地に足をつける。

 以前も足を運んだことはあるが、流石大陸一の国家なだけはある。城下町であるここは、とにかく人も物も多い。メルテルの街とは比べものにならないほどだ。

 こんな中で人を探すとなると、一筋縄ではいかないだろう。仮にフィノが追いかけてきていてもすぐに見つかる心配はないはずだ。


「それにしても、皇女様ねえ……」


 ユルグの乗ってきた乗合馬車での、他の乗客の会話はそれで持ちきりだった。


 なんでも数日前に、その皇女様とやらが国に戻ってきたらしい。数年ぶりの帰還だそうで、それならば話題に上るのも納得だ。

 皇女と言うからにはこの国の皇帝の血縁なのだろう。そんな人間を何年も放っておくというのは不用心な事だと思うが、もしかしたら何か理由があったのかもしれない。

 ユルグには関係はないし、特に気にもならなかったからこの話題には早々にキリをつけて――向かったのは帝都の中心に(そび)える神殿。


 ユルグはあまりこういった場所は好かない。別段信心深くもないし、むしろ嫌いまである。しかし、そうも言っていられない状況だ。


「はあ……行くか」


 溜息を吐き出して、神殿に足を踏み入れると雑務に当たっていた僧侶がユルグに声を掛けてきた。


「こんにちは」


 彼女はトレイに包帯や液体の入った小瓶なんかを乗せて運んでいる最中だった。進行方向に目を向けると、部屋の扉が目に入ってくる。

 開け放たれたそこからは微かに呻き声も聞こえてきた。不審に思いながらも、取りあえず当初の目的を果たそうと、ユルグは僧侶へと声を掛ける。


「一番上等な聖水が欲しい」

「ええ、ありますよ」


 手近なテーブルにトレイを置いて、僧侶は奥に消えていく。

 しばらくして戻ってきた彼女から瓶に入った聖水を貰い受けると、代金を支払う。

 こんな小瓶一つに、百ガルドとは。結構な商売だ。足元を見ているのは承知だが背に腹は替えられない。


「怪我をしていらっしゃいますね」

「ああ」

「良かったらお手伝いしましょうか?」


 ユルグがなぜここに来たのか。彼女にはお見通しらしい。

 片腕では難儀すると思っていたところだ。高い金を払ったのだし、ここは申し出を受けよう。


「頼めるか」

「ええ、大丈夫ですよ。あちらの部屋で処置しましょうか」


 先ほど向かおうとしていた部屋を指すと、僧侶はテーブルに置いていたトレイを持ち直して先に部屋へと入っていく。


 続けて入室すると、目に飛び込んできたものにユルグは息を呑んだ。


 室内に置かれているベッドは二つ。

 その一つには、ユルグと同じ瘴気に侵されたであろう患者が横たわっていた。けれど、症状の進行度合いがユルグの比では無い。

 身体中に回った瘴気の毒素は、既に全身を黒色(こくじき)に染め上げていた。それだけでもかなりの衝撃なのだが、身体の内側から染み出たであろう漆黒の体液が床にシミを作っている。

 まるで、あの祠で相対した獣魔と同じような有様だ。


 けれど真に恐ろしいのは、この状態でもまだ息があるということである。


「これは……生きているのか」

「そうですね」


 ユルグの問いに僧侶は頷きを返す。


 淡々と事実を告げるその態度を、ユルグは恐ろしいと感じた。

 眉一つ動かさない僧侶に対してではない。それすらしない――こんな事態は慣れているとでも言いたげな、その様子にだ。

 さして取り乱しもしないのだから、こういった患者が訪れるのも、それを見るのもここでは然程珍しいことでもないのだろう。


「この状態で助かるとは思えない。どうして生かしたままにしておくんだ」

「殺せないので、仕方ないのですよ」

「……殺せない?」

「はい」


 僧侶は暗い顔をして頷いた。

 どういうことだと、一瞬ユルグも思ったが仮にこれがあの獣魔と同じ状態なのだとすると、殺せないと言うのはあながち誇張しているわけでもなさそうだ。


 実際、ユルグもあの獣魔には苦戦した。倒そうにも攻撃が通らないのだ。フィノのおかげでなんとか事なきを得たが、あのままの状態であったのなら太刀打ちは出来なかっただろう。


「だったら、こいつはどうするんだ」

「数日の内に移送部隊が到着する予定なので、手筈通りに行けば虚ろの穴に安置されるはずです」

「虚ろの穴?」


 聞いたことのないものだ。

 不思議がっているユルグに、僧侶は少し考える素振りをしてから説明を始めた。


「あまり大衆には公表されていないことですから、知らないのも無理はありませんね」

「どういった場所なんだ」

「大陸には数カ所、瘴気が吹き出る箇所があるのです。勿論、この国にもあります。それを虚ろの穴と呼び習わしているのですよ」

「なるほどな」


 スタール雨林で目撃した祠のような場所のことを言っているのだろう。僧侶の口ぶりではああいった場所は複数存在するみたいだ。


「……待ってくれ。今、そこに置いてくるって言ったのか?」

「はい。それ以外に対処の仕方がありませんので。このまま放置していては周囲に被害が及ぶ恐れもあるのです」


 彼女が言うには、瘴気の毒とはかなり厄介なものらしい。

 仮に毒が全身を回る前に命が尽きてしまっても、溜まった毒素は自然消滅しない。その屍を温床にさらに瘴気を撒き散らしてしまうのだという。

 だから、苦肉の策として被害を抑えられる虚ろの穴に放っているのだ。

 確かにあの場所ならば周囲に危害は及ばない。問題を先延ばしにしてはいるが当面の安全は確保できるわけだ。


「この患者の場合は経済的な理由で処置が遅れた為こんな状態になっていますが、しっかりと処置を施せば病状の進行は緩やかなんですよ」


 僧侶はユルグを椅子に座らせると、右腕を取って包帯を解いていく。

 露わになった右腕を見て、彼女は安堵したように息を吐き出した。


「これならば向こう五十年は安泰ですよ」

「金を掛ければだろ」

「……そうですね」

「別に責めているわけじゃない」


 こうなってしまった責任はユルグにあるのだ。彼女を責めるのはお門違いというものだろう。


「痛みはありますか?」

「いいや、何も感じない」

「瘴気の毒というのは、一般の猛毒と違って少し特殊なのです」


 毒というものは総じて痛みが生じるものだ。けれど、瘴気に関しては真逆なのだと彼女は言った。


「初期の段階では侵食されている箇所の感覚が無くなるのです」

「……なるほどな。だからか」


 ユルグの右腕は未だ治りきっていない。治りかけてきてはいるが折られた骨はまだ完治していないのだ。それなのに多少強引に動かしても痛みが生じない。

 不思議に思っていたが、これが瘴気の毒によるものなら納得である。


「ですから気づかないうちに毒素を溜め込んでいるという事も、珍しくはないのです」

「動かせるようになるか?」

「それは問題ありませんよ」


 先ほどユルグが買い取った聖水。それに浸した包帯を患部に巻いていく。


「効力が出るまで少しかかりますがこれで大丈夫でしょう。五日に一度、包帯を変えてくれればこれより酷くなることはありません」

「わかった」

「それと、一つ言っておくことがあるのですが」


 神妙な面持ちで僧侶はユルグの右腕に視線を落とす。


「処置をすれば今の症状は緩和されますが、それと入れ替わりで酷い激痛に襲われると思いますが、我慢してくださいね」

「……そんなにヤバいのか」

「おそらく腕を切り落とした方がマシだと思えるほどかと」


 それほどのものを我慢しろだなんて随分な事を言うものだ。

 しかし、今のユルグにはそれ以外選択肢はない。どうあっても彼女の言う通りにするしかないのだ。




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