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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第四章
62/573

向き合い方

*************

 ――八日前。


 ユルグたちがスタール雨林へと向かっている最中――早朝の時間帯。

 宿を引き払い、ミアとアリアンネは隣の食事処で朝食を摂りながら今後の予定を話し合っていた。


「マモンが言うには、勇者様はここから南東へ進路を取っているみたいですね」


 テーブルの空いたスペースに地図を広げて、アリアンネの細い指先が地図の上を滑る。


「……どこに向かってるんだろう」

「この様子だと、おそらくアルディア帝国へ入るつもりでしょう。関所は通れないから国境を越えて行くのでしょうね」

「てことは、この森を通り抜けていくの?」


 スタール雨林は、地図上で見ても広大であった。ここを抜けるとなると、一日や二日では無理なはずだ。


「そうだと思います。でも、思い切ったことをしますね」

「……どうして?」

「あの場所を抜けて国境を越えようだなんて自殺行為に等しいですから」

「そんなに危ない場所なんだ」

『あれは魔物の廃棄場なのだよ』

「……ハイキバ?」


 マモンは妙な言い方をした。含みのある物言いは、ただ魔物が多く生息している場所とは違うように思う。


 それにしても――


「マモン、姿を見せなくても話せるんだね」

『あれは対外的にああした方が話しやすいと取っている姿だ。本来はこうやって身体を借りて話す』

「わたくしはこれ、好きじゃないんです」


 珍しくアリアンネは眉を下げて困り顔をする。

 確かに、目の前で見ててもいきなり口調が変わったようになるのだ。慣れているミアでも一瞬驚いたし、好きじゃないと口にするアリアンネの言い分も分かる気がする。

 きっとマモンもそれを分かっているから、こうして人目の付く場所では滅多に話し出さないのだろう。


「ふふっ、謝らなくても良いんですよ」


 穏やかに笑いかけたアリアンネは、どうにもマモンと会話をしているみたいだ。二人の間ならばこうしてやり取り出来るのだ。たまにアリアンネが独り言をいうので、最初は何をしているのか不思議だったが、ミアも今では慣れてしまった。


「二人とも仲良いね」

「そう言ってくれると嬉しいです」


 ――にこにこ。

 眩しいくらいの笑顔に、たったあれだけの言葉がとても嬉しいのだと知る。

 エルフの年齢は外見からはあまり判別は付かない。アリアンネが幾つなのか、ミアにはさっぱりだが、あんなに仲良さそうに見えるのだから腐れ縁のような関係なのだろう。


「少し脱線するけど、二人はどれだけ一緒に居るの?」


 魔王なんて言うからには、ミアには想像も付かないほどの時間を一緒に過ごしているのだろう。そう思っていたけれど――


「たぶん五年くらいだと思いますよ」

「……え? たったそれだけ?」

「そう――むぐっ」


 答えようとしたアリアンネが自分の口を塞いだ。

 いきなり何をしているんだと目を円くしたミアだったが、あれはマモンの仕業だ。


「……すいません。さっきのは聞かなかったことにしてくれますか?」

「良いけど、怒られた?」

「はい……」


 しょんぼりと肩を落として、彼女は答える。

 マモンが口止めをすると言うことは聞かれては不味いことだったのだろう。だったらこの件に関してはこれ以上詮索はしないことにする。


「――それで、ハイキバってどういうこと?」


 やっと本題に戻って、ミアはアリアンネとマモンに尋ねた。


「アルディア帝国は軍事強化の為に色々とやっている国ですからね。人工的に魔物を作ったりもしているんです」

「へえ」

「スタール雨林は、それを隠しておける場所なので、魔物の数も多いのですよ」


 すらすらと饒舌なアリアンネに、ミアはふと不思議に思う。


「アリアは何でそんなに詳しいの?」


 こういった重大な事柄は普通は知り得ないものだ。昔に冒険者をやっていたとしても、少し腑に落ちない。


「アルディアはわたくしの祖国ですから」

「そうなんだ」

「でも、国を出たきり長いこと戻っていないので、今国内がどうなっているかは知らないんですけどね」

「それじゃあ、久しぶりに国に帰れるんだ」

「そうですね」


 喜ばしいことだとミアは思った。彼女にも家族は居るだろうし、会いたいはずだ。

 けれど、ミアの想いとは裏腹にアリアンネは控えめに口元に微笑を刻むだけだった。




 食事を終えた後、ミアたちはヘルネの街を出た。

 向かったのは、スタール雨林がある南東とは逆の北東に位置する関所だ。


「通してくれるかなあ」

「通行手形も持っているので大丈夫なはずです!」


 自信満々に明言するアリアンネの足取りは軽い。先ほどは国に帰るのをあまり快く思っていないのかとも邪推したけれど、この分だとそうでもないみたいだ。


『何事もなければ良いのだが』


 ミアの隣を黒犬のマモンがポテポテと着いてくる。


「何か心配事でもあるの?」

『今までなぜ国に帰らなかったのか。ミアはどう考える』

「えっ、……なんでだろう。戻れない理由があったとか?」

『まあ、それに近しいことだな。本来ならばこの状況も避けたいことなのだ。しかし、勇者を追うとなれば致し方ない』


 溜息交じりのマモンの言葉はきっとアリアンネを心配してのことだろう。


「やっぱり仲良いね」


 先ほど、アリアンネに贈った言葉を、再度ミアは口に出した。それにマモンはちらりとミアを見上げる。


『そう見えるか』


 しかし、アリアンネと違いマモンはそれに否定的な意見を述べたのだった。


「……違うの?」

『どうであろうな……アリアンネはああいう性格をしているだろう。誰にでも優しく穏和で情の深い、良い奴だ。元来あれはそういうものなのだ』

「お人好しすぎるところもあるけどね」


 きっと誰に対してもアリアンネはああなのだろう。損得を抜きにして分け隔てなく接する事が出来る。それはとても希有な事だとミアは思う。理想の生き方だけど、それをやれと言われて出来る者はあまりいない。


『だが、それを己に対するのは間違っているのだ。本来なら恨まれるべきものをねじ曲げてしまった』


 マモンの言葉には少しばかりの後悔が滲んでいた。過去の出来事を悔いているのだ。


「……どうしてそんなことをしたの?」

『そうしなければ、あれは今ここには居ない』

「そっか」


 マモンは先を行くアリアンネの背をじっと見つめていた。それに気づいたミアはなんとも言えない気持ちになる。

 それと同時に、少し似ていると感じた。


 マモンとユルグは少し似ているのだ。

 誰かに向けられる憎悪を良しとしている。けれど、決定的に違うところはそれに対する向き合い方だ。


 恨まれていると知っていて、マモンはアリアンネの傍に居ることを選んでいる。


 それを、ミアは少しだけ羨ましいと思ってしまった。


 ユルグはミアの元に戻ってこないだろう。この先、一生。どんなことがあっても。そこまで頑ななのは、ミアに恨まれていると思っているからだ。

 確かに、村を見捨ててしまったのだからそう思うのは当然なのだ。擁護のしようもない。けれどそれは彼のことを何も知らない人間であればの話だ。


 ミアはユルグのことを何も理解していなかった。けれど、それはユルグにも言えることだ。


 幼馴染みで唯一の家族であるのに、そう簡単に見限れるはずもない。きっとそれをユルグは理解していない。本当に分かっていたなら、ああして離れていったりしないのだ。


「私は間違っていないと思うけどなあ」


 ミアはマモンから視線を外して、前を見据えた。


「だって生きていれば、恨まれていたって和解出来るかもしれないでしょ。死んでしまったらそれきりだもの」

『そうか……』

「だから私はユルグを追いかけなきゃいけないんだ」


 噛みしめるように呟く。

 未だ追いかける背中は遠いけれど、いつか必ず追いつけるはずだ。


「二人で何を話しているんですか」


 歩みが遅いミアとマモンに痺れを切らして、先に進んでいたアリアンネが戻ってきた。


「えーっと、アリアのことかなあ」

『うむ、そうだな』

「えっ、……それって、良い事ですか?」

「うん。マモン、アリアのこと褒めてたよ」

「本当!?」


 それを聞いたアリアンネはとても嬉しそうに破顔した。

 途端に上機嫌になって、屈み込むとマモンのごわごわとした黒色の毛並みを撫で付ける。


「ありがとうございます」

『うぐぅ、それはやめてくれ』

「照れなくても良いんですよ~」


 アリアンネはひょいとマモンを持ち上げると、腕に抱えてしまう。なんとも形無しである。

 抱えられたマモンは照れくさそうに身を捩ってもがいているが、そんなことをしてもアリアンネは離そうとはしない。


「さあ、関所はすぐそこですよ」

「う、うん」


 手を引かれて、グイグイと先を行くアリアンネに着いていく。


 アリアンネの言葉通り、関所はすぐに見えてきた。


「わたくしは手続きをしてくるので、ミアとマモンはロビーで待っていてください」


 懐から通行手形を取り出すと、アリアンネは兵士と共に奥へと消えていった。


 簡素なベンチに座って膝の上にはマモンを乗せる。時々硬い毛並みを撫でたりしてアリアンネを待つ。

 見た目からは想像が付かないが、マモンは触るとひんやりと冷たいのだ。生物の温かみというものが皆無で、それがかなり奇妙で面白い。


 手持ち無沙汰にしていると、不意に兵士が近付いてきた。


「ご同行願えますか」

「……え?」


 いきなりの展開に呆けていると、奥へと消えたアリアンネが戻ってきた。

 しかし、その手首は縄で縛られている。


「……へぇ? な、どっどうしたの!?」

「ちょっとヘマをしてしまって、でも問題はありませんよ。彼らに危害を加える意図はないです」

「そ、それは良いんだけど。これはどうなっちゃうの?」


 アリアンネの言い訳を聞きながら、連行された先には上等な馬車が停まっていた。かなり豪華な外装で、それなりの金が掛かっているものだ。

 明らかに犯罪者を移送するには不釣り合いに思える。


「強制送還でしょう。こんなことをしなくても逃げたりしないのに、信用ないのですね」

「……まったく話が見えないんだけど」


 あれよあれよという間に、馬車へと詰められて動き出してしまった。

 未だ状況を理解出来ず混乱しているミアを余所に、やはりというべきか。アリアンネは手を縛られているのにのほほんとして落ち着いている。


『落ち着くと良い。ここから帝都までは二日はかかる。時間はたっぷりとあるのでな』


 今までミアの腕の中でペットの振りをしていたマモンが口を開いた。

 馬車の中にはミアとアリアンネ、それにマモン以外はいない。兵士の一人もつけないのは不思議だが、きっと御者と共に外に待機しているのだろう。


「それよりも、この縄を解いて欲しいですね」

「……意味が分からない」


 酷く落ち着きを払ったアリアンネの態度に、ますます事態が飲み込めない。

 深く嘆息して、ミアは頭を抱えるのだった。




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