フィノ
サブタイトル変更、キリの良いところまで加筆しました。
一部修正しました。
シャドウハウンドの縄張りを抜けたところでユルグは足を止めた。
「そろそろ良いだろう。ここで休憩にしよう」
「……あい」
ユルグもそろそろ体力の限界だ。
ここで野営をして、陽が昇ったらまた進むとしよう。
周囲に鳴子を設置して、焚き火を囲む。
忙しなく野営準備をしているユルグを、少女は座り込んでじっと見つめていた。
「さっきも言ったと思うんだが、そんなに見つめられると気が散る」
「んぅ……」
ユルグの言葉に、少女は視線を逸らす。
けれどやはり気になるのか。たまにちらちらとこちらの様子を伺っているようだった。
言いつけてもキリが無いと判断したユルグは、拾ってきていたシャドウハウンドの骸を解体する。
旅をしていく中で、こうした魔物を食べることもあった。
最初は抵抗もあったが慣れてくるとたいしたことは無い。味もまあまあイケる。
「お前、腹は減っているか?」
「……っ、ん」
ユルグの問いに、少女は驚いたように肩を振るわせた。
何度も頷くところを見るに、腹は空いているみたいだ。
「俺一人で食べられる量じゃないし、余ったのは棄てるつもりだ。食いたいなら勝手に焼いて食べると良い」
「あり……」
「黙って食べろ」
余計な事は言うなと釘を刺すと、少女は静かに食事を始めた。
今までどんな境遇にあってきたのかは知らない。知りたくも無い。
だからって少し優しくした位で懐かれてもらっては困る。
どうせこいつとは森を抜けるまでの仲だ。
「あの……」
「なんだ」
「おろ……おと、さんは?」
「……お父さん?」
「んぅ」
少女の発した言葉は要領を得ないものだった。
父親はどこだ、と聞いたみたいだがそんなの、ユルグが知る由も無い。
それと、先ほどから気になっていた事だが。
「父親のことは知らない。それとお前、上手く喋れないのか?」
「……んぅ」
頷きに、奴隷商が言っていた言葉を理解した。
――出来損ないの不良品。
おまけにハーフエルフだ。
そうなると奴隷として売っても二束三文にすらならない。
森を抜けるまでと言ったが、この労力に見合う程の価値が彼女にあるとは思えなかった。
「声が出るってことは話せない訳では無いな。耳があまり聞こえないのか」
「すこい、だけ。くち」
「読唇術なら出来るのか?」
「んぅ」
と言っても、それは話すことにはあまり関係ない。
相手が何を話しているのか、聞き取りを補うためのものだ。
現に、今までユルグは仮面を嵌めていた。その状態でも会話は出来ている。
聴力は全く聞こえないというわけではなさそうだ。
念のため、仮面を外す。
ユルグの声は聞こえているようだが、齟齬があっては会話が更にややこしくなってしまう。
「それで、お前の父親がなんだ?」
「あい、じょうぶ?」
「大丈夫?」
聞き返すと、少女は頷いた。
――父親は大丈夫なのか?
それを尋ねたかったみたいだが、どうしてこんなことを聞くのか。ユルグにはさっぱりだ。
「お前の父親は俺が知っている人間なのか?」
「……んぅ」
もしやと思って聞くと、彼女は肯定した。
ユルグが知っている人間というと、先ほどの奴隷商の一団の誰か。そういうことになる。
「もしかして、商人のあの男か?」
「んぅ」
少女は迷いなく頷く。
それにユルグは絶句した。
よもや、自分の娘を奴隷にする親があったとは。
しかも誰が見ても眉を顰める、そんな扱いだった。
ここまで来ると、本当に救いようがないクズだ。
けれど、そんな男を彼女は心配しているらしい。
あんなのでも親だからか。
心情を理解出来なくもないが、理解はしたくないものだ。
「あの状況で無事なら奇跡だ。あまり期待しない方が良いな」
ユルグの言葉に少女は俯いた。
彼女が何を思っているのか。ユルグには計り知れない。
肩入れすれば面倒事に巻き込まれかねない。余計な気は回さないに限る。
けれど、まだ夜は長い。
話し相手には丁度良いだろう。
「お前の母親はエルフか。母親似なんだな。顔があの男には似ていない」
「……っ、ほんと?」
何気なく言ったユルグの言葉に、少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
それに一瞬、ユルグは面食らう。
笑うと結構かわいい顔をしているものだ。
「――ふぃの」
「……フィノ?」
「なまえ」
自分を指さして、もう一度繰り返す。
――フィノ。
それが少女の名前らしい。
きっと母親に付けてもらったものだろう。
「なまえ、おしえて」
「俺の?」
「んぅ」
「嫌だ」
即答すると、フィノは傍に座っていたユルグの腰に縋り付いてきた。
「擦り寄るな!」
「なんで!?」
「お前の臭いはきついんだ。それと、俺が名乗る義理もない」
指摘すると、フィノはすごすごと離れていった。
けれど、諦めてはいないようだ。
「ケチ!」
「うるさい。言えない理由があるんだ」
「……なんで?」
「追われているからな。下手に名乗って俺の居場所がバレたら意味がない」
「いあない」
このまま押し問答を続けていれば朝になりそうだ。
フィノも言わないと言っているし、逐一喚かれるよりはマシか。
「――ユルグ」
「……ゆうぐ」
「ユルグ」
「ゆ、ユルグ」
「今のは完璧だったな」
何の気なしに言った言葉に、フィノは嬉しそうに顔を綻ばせた。
しかし、今のは少し軽率だったと、ユルグは内心ひやりとする。
懐かれないように距離を保たないと後で面倒だ。
「飯を食ったならもう寝ろ。陽が昇ったら休憩は終わりだ。起きなかったらそのまま置いていくからな」
「わ、かった」
フィノはユルグに言われた通りにする。
少し経つと寝息が聞こえてきた。どうやら相当疲れていたみたいだ。
それを見遣って、ユルグも静かに目を閉じた。