逍遥自在の生
街でのおつかいを済ませて、ユルグは山小屋へと戻ってきた。
中に入ると途端に、楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「ただいま……って、なんだ。来てたのか」
「んぅ、お師匠」
帰ってくるとフィノが訪ねてきていた。彼女の足元には黒犬のマモンもいて、いつものように丸まって大人しくしている。
「おかえり。遅かったね」
「少し用事を済ませてきたんだ」
――仕事を探してたんだ。
突拍子もない話にミアはフィノと顔を見合わせた。
「仕事?」
「ミア、昨日言ってただろ? 危ないことはして欲しくないって」
「確かにそう言ったけど……どうだったの?」
席に着くとユルグは町長との話を二人に語って聞かせた。
――自警団の指南役。
それを聞いて最初に声を上げたのはフィノだった。
「お師匠、みんなのお師匠になるの?」
「そうなるな」
「お師匠、教えるのうまいから、みんな喜ぶね」
フィノは笑ってそんなことを言うが、自分では教え上手とは思ったことはない。それでも自身が手ずから指導した弟子がこう言うのだ。ならばあながち間違いでもないのだろう。
それにしても、これをかつての師に知られたら大層笑われたに違いない。エルリレオは素直に喜んでくれるはずだけど。それでもあの二人はからかってきただろう。
ありえそうな妄想に深慮していると、ミアが顔を覗き込んできた。
「ユルグはどうしたいの?」
「そうだな……多少でも身体は動かしておきたいし、腕も鈍らないだろうからミアさえ良ければ」
「それじゃあ決まりね」
ユルグの決定にミアは納得したように頷く。彼女も文句はないようだ。
町長に聞いた話だと、二、三日に一度の頻度で頼みたいということだったので、毎日家を空けることもないだろう。
意外なところで悩みが解決したことにユルグがほっとしていると、不意に鋭い言葉が突き刺さってきた。
「そうだ。ユルグ、私に言ってないことあるんじゃない?」
「え?」
「私、かなーり心配してるんですけど」
ジトっとした眼差しを向けられて、ユルグは内心焦る。というのも、ミアの言うことに心当たりがなかったからだ。
心配というからには自分が何かしたのだろうが……全く思い浮かばない。
「お師匠、ミアに身体のこと、言ってないでしょ」
それを見かねてか、フィノがこそりと耳打ちしてくれた。
図星である。すべてが済んだら伝えると決めていてすっかり忘れていた。
なんと弁明しようか。青ざめながら逡巡していると、そんなユルグの様子を見てか。ミアはくすりと笑った。
「実はね、フィノからさっき聞いたの」
「んぅ、お師匠、忘れてるとおもって」
――色々あったからね。
うんうん、と頷くフィノと笑みを絶やさないミアの顔を交互に見遣る。
……これは、からかわれていたのか?
「別に怒ってなんかないの。だってユルグとずっと一緒に居られるんだもの」
「……そうだな」
ミアの心情を想えば、これほど嬉しい知らせもないだろう。
長く生きられないと知って、どれだけ悲しかったことか。そこに思い至らなかった自分を恥じていると、小屋の扉が叩かれた。
「お呼びかな?」
「助手サン!」
訪問者はゼロシキだった。
彼の話はユルグも聞き及んでいる。なんでもエルリレオに師事していると。
ということは……こいつは弟弟子になるのか? なんて考えていると、ミアは自分の作業場に掛けてあった外套を手に取って立ち上がった。
「うん。サイズもぴったり。キツイところ、ない?」
「いいや。上等だ。有難い」
真新しい外套をゼロシキに試着してもらって、あれこれ確認している。
どうにもあれはミアがゼロシキに用意してやったものみたいだ。
「それ、この間作ってたやつか?」
「うん、そう。助手サン、街を出るって聞いたから。ちょっとした餞別ね」
餞別という割にはかなり気合が入った傑作のような気もする。丈夫な革を使っているし、厚手で簡単には破れたりしないだろう。
『ミア、かなり腕をあげたな』
「だってやることないし、暇なんだもの」
「んぅ、これお店で売ってるのとかわんないよ」
フィノの言う通り。ユルグの素人目で見ても、店売りと遜色ないレベルだ。これでは……どちらが養われているのか。分かったものじゃない。
「ふむ……この礼は出世払いで頼む」
「出世払いって……お前は無職みたいなもんだろ」
「ははは、それについてはちゃあんと考えている。心配無用!」
なんだか威張り散らかしているが、こいつは何をしにここに来たんだ?
なんて思っていると、ユルグは大事なことを思い出した。
「おい、ちょっとこい」
ゼロシキの腕を取ると、ユルグは彼とともに小屋の外に出た。
「なんだ?」
「なんだ、じゃない。お前、何のためにここに来たんだよ」
ゼロシキを同行させた理由は、コイツに自由奔放な生活をさせるためではなかった。
四災の思惑について色々と知りたかったから同行を許したのだ。それが、いつの間にか誰よりもこの場所に馴染んでいる。
「四災について、色々聞くって言ってただろ」
「ああ……だが、手前はほとんど何も知らないと言っただろう? それにこの場所の大穴はすでに空になったというではないか。ならば手前が出来ることなど何もない」
「でも、あいつが何をしようとしてるかくらいは」
なおも食い下がるユルグに、ゼロシキは諦めろと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
――これ以上知っていることは何もない。
言外にそう言っているのだ。
「手前にはあずかり知らぬことだ」
「……そうか」
「進むべき目途は立ったのだろう? ならいらぬ心配というものだ。今を楽しむ方が先決であるな」
なんとも調子の良いことを言って、ゼロシキは去って言った。
癪に障るが一理ある言葉だ。
「今を楽しむ、か……」
人よりも遥かに寿命の長い機人に言われるとは、なんとも皮肉な話である。




