無垢なるいらへ
雑用を終えたユルグは麓の街に来ていた。
どうしても知りたいことがあったのだ。
「エルに聞きたいことがあるんだ」
「うん? なにかね?」
「その……父親ってどんなものだ?」
ユルグの珍しい物言いにエルリレオはじっと弟子の顔を見つめた。
どうしてこんなことを聞いてくるのか。多少なりともユルグのことを知っているエルリレオには分かってしまった。
彼の両親が幼い頃に亡くなってしまったことも。その後ミアの家に引き取られて育ったことも。
あの村がユルグにとって劣悪な環境であったことも。
全て知っているが故に、理解出来てしまうのだ。
「その質問には……儂は答えられんだろうなあ」
「エルでもわからないことがあるのか?」
「儂には家族というものはあったが、それを蔑ろにする生き方しかできんかったからのう」
――父親なんてもの、語るには値しない。
寂しそうに語る師匠の態度にユルグは口を噤む。
それでも、とエルリレオはユルグに助言をしてくれた。
「その疑問に答えてくれる者なら知っておるよ」
怪訝そうな顔をする弟子に、エルリレオは笑みを零す。
「今の時間なら、街の広場に居るはずだ。話を聞いてきたらいい」
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エルリレオの助言に従ってユルグは街の広場に来ていた。
田舎故、人の往来はそんなに多くない。今だって広場には雪遊びをしている子供たちくらいしかいなかった。
「あっ、にいちゃん!」
その中の一人が笑顔で近づいてくる。
寒い中、頬を赤く染めて駆け寄ってくるのはアルベリクだった。
「にいちゃん一人だけ?」
「あ、ああ」
アルベリクの問いかけに軽く答えてユルグは周囲を見渡す。
エルリレオの口ぶりではユルグも知っている人物であるらしいが……見たところ広場にいる知り合いは目の前の子供だけだ。
まさか、と思いつつもユルグはアルベリクへと話しかける。
「アルベリクはいつからここにいるんだ?」
「ええっと、母ちゃんの手伝い終わってからだから……朝ご飯、食べて少ししたくらい?」
「うう、ん……そうか」
ユルグのおかしな態度にアルベリクは不思議そうだった。
「そうだっ、にいちゃん。ここで少しまってて!」
じっと顔を見つめた後、何かを思い出したかのように離れていく。
小さな背を見送ってユルグは内心動揺していた。
――まさか、こんな子供に答え合わせをしろというんじゃないだろうな?
一抹の不安を抱いていると、どこかに行っていたアルベリクが満面の笑みを浮かべて戻ってきた。
……なぜか他で遊んでいた子供を大勢引き連れて。
「な、なんだ!?」
「これ! この人が龍殺し! すごいだろ!」
ビシッとユルグを指さして、アルベリクは自慢げに胸を反らした。
瞬間、子供たちからの歓声が響く。いきなりのことにユルグは終始タジタジだった。
「すげえぇえ!」
「おれ、ホンモノはじめてみた!」
「ドラゴン、どんだけデカかったの!?」
「山よりデカいってとーちゃんいってたぜ!」
質問攻めの合間に、握手をせがまれてユルグは困り果てた。この勢いは腕が十本あっても足りない。
――そんな状況に、偶然フィノは遭遇した。
ティナからの依頼を承諾したユルグの元に詳細を伝える書簡が届くまで。フィノは麓の街に滞在することになった。
本当ならレルフのいる村へと戻るべきなのだろうが、ユルグのたっての希望でフィノもその会議とやらについていくことになったのだ。
そこでカルロにはレルフへと言伝を頼んだ。本人はかなり嫌そうだったけど、ミアの手伝いも終えたので、数日前に文句を言いながら村へと帰っていったのだ。
そんな中、冒険者ギルドからの帰路で珍しい状況に出会ってしまう。
「んぅ、お師匠。囲まれてる」
『何をやっているのだ。あやつは』
「人気者だねえ」
呑気にマモンと会話している弟子の姿を見つけて、ユルグは助けてくれと視線を送る。
けれどフィノは意地の悪い笑みを浮かべると、困窮した師匠を放って去って行ってしまった。
どうにも出来なくなって、最後の手段。これまた傍観していたアルベリクに助けを求めると、
「にいちゃんすっごい忙しいんだ。今日はもうおしまい!」
その一言で小さな文句とともに蜘蛛の子を散らすように子供たちはいなくなった。別に何をしたわけではないのに疲労感がすごい。
「あ、ありがとう……」
心労に息を吐いてユルグは広場のベンチに落ち着く。隣には嬉しそうなアルベリクが座った。
「はあー、たのしかった!」
「そうか? ……ならいいよ」
今の何が楽しかったのか。ユルグには少しも分からなかったが、アルベリクは満足そうにしている。
上機嫌な少年を見つめて、ユルグは重い口を開いた。
「今日はアルベリクに聞きたいことがあって来たんだ」
「なあに?」
「アルベリクにとって、父親ってのはどんなものだ?」
子供には難しい質問を投げかけると、アルベリクは考え込んだ。
やはり聞くべきではなかったかもと反省しているユルグの隣で、顔を上げた少年は恥ずかしそうに教えてくれる。
「おれ、父ちゃんいないけど……でも、にいちゃんが父親みたいだって、思うときあるよ」
「え?」
予想外の返答にユルグは瞠目した。まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかった。
「だって、遊んでくれるし。剣のけいこだってしてくれるし。いろんなこと、教えてくれるから」
「それはエルも同じじゃないのか?」
「ちがうよ! じいちゃんはじいちゃん!」
少し違うんだ! とアルベリクは力説する。
「あと、龍殺しだし。やさしいし、つよいしカッコイイ!」
「……そうか」
述べられる理由に、子供らしいなとユルグは苦笑する。もしかしたら難しく考えすぎていたのかもしれない。
無垢な子供の答えはいつも核心をついてくる。つまり、そういうことなのだろう。
一人納得していると、そんなユルグをよそにアルベリクはぽつぽつと話してくれた。
「母ちゃんとじいちゃんに聞いたんだ。にいちゃんの子供のこと」
「ああ、もう少しで産まれるな」
「いいなあ……だってにいちゃんが父親なんだもん。ずるいよ」
足をぶらぶらさせながら拗ねたようにアルベリクは言う。
子供らしい態度にユルグは苦笑を浮かべると、少年の顔を覗き込んだ。
「アルベリク、お願いがあるんだ」
「う、うん」
「俺の子供の兄になってくれないか?」
「いいの!?」
「もちろんだ」
ユルグの一言にアルベリクは目を輝かせた。
「おれ、きょうだいがほしかったんだ!」
「それと、たまには家にも寄ってくれ。剣の稽古、最近してないだろ?」
「いいの!?」
「ああ、構わないよ」
あまりの嬉しさにアルベリクは飛び跳ねてユルグに抱き着いた。
子供相手にこんなに好かれるとは。一昔前の自分だったら絶対になかったことに、感慨を覚えながらはしゃぐアルベリクの相手をする。
――存外に、悪くないものだ。




