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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 廻
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人生の導

 ――翌日。


 ユルグはフィノとマモンを連れてシュネー山を登っていた。目的地は山腹にある祠。大穴の底にいる四災に会いに行くのだ。

 匣の回収は済ませた。あとはこれを竜人ヤトの四災に預ければ目的は達成できる。


『これですべてが解決すればいいが……』

「また何かおつかい、いわれるかな」

「……どうだろうな」


 あの四災の計略をユルグはほとんど知らない。きっと聞いても意味を理解できないだろう。けれど奴は瘴気をどうにか出来ると確約した。ならばそれを信じて後を託すしかない。


 緊張した面持ちで祠の石扉を開けると、そこには赤い竜人がいた。

 匣が安置されていた祭壇に腰かけてこちらに金色の眼差しを向けている。


「やっと来たか。待ちわびたぞ」


 訪問者に気づいたそれは、にやりと笑って祭壇から飛び降りた。その身体は以前見たような不完全なものではなく、全身が赤い鱗で覆われている。

 力が僅かでも戻ったのか。その疑問は祠の内部を見渡せばすぐに解けた。


『溜まっていた瘴気がなくなっている』

「んぅ、そうなの?」

『以前、モグラのような魔物と対峙しただろう? その時は瘴気のヘドロまみれだったのだが……』


 ――おそらくあの竜人が片付けたのだろう。

 マモンはそう結論付けた。だったらあの姿も納得である。

 二人が話し込んでいる最中に、ユルグは竜人に近づく。手元には回収してきた匣を携えて。


「頼まれたものだ」

「ふむ、これだけあれば充分。ああ……やっとこの狭苦しい檻から出られる」


 感無量な四災の様子に、ひとまず安堵して対話を続ける。彼には聞きたいことがまだあるのだ。


「ここから出た後はどうするつもりだ?」

「ひとまずは身体の再生に努める。何をするにしてもそれからだ。外に出てしまえばこんなまどろっこしい方法で瘴気を集める必要もないからな」


 大穴から出ると言っているが、あの巨大な竜がここから飛び出してくるのだ。それが地上に現れるとなると、どんな異変が出てくるか。

 胸中にある不安を察知したのか。四災は抱いていた疑問に答えてくれた。


「安心しろ。お前たちに危害を加えるつもりはない。一人を除いてだが」

「何のことだ?」

「……女神。奴だけはなんとしても引きずり降ろさねばならん」


 彼の声音には苛立ちが込められていた。一瞬のことだったが、悪寒が背筋を這っていく。けれどユルグはそれに怖気づくことなく問う。


「そんなにその女神ってのが気に入らないのか」

「クハハッ、そう思うか?」


 頭を振って否定する。金色が闇の中からユルグを射抜いた。


「半分正解だ。俺の私怨も入っているが……動機はそれだけではない」


 別の意図があるのだと四災は言う。

 つまり……女神を排除するのは何かしらの不都合があるから、ということになる。


「あれは定命から神になったものだ。それを奴に食われるわけにはいかん」


 しかし、四災の話を三人は半分も理解できなかった。彼は何をそんなにも危惧しているのか。全容が見えてこない。

 けれど四災は肝心なことには答えをくれなかった。


「ああ、その点に関してはお前の手を借りることになるやもしれんな」

「何をさせるつもりだ?」

「今はまだその時ではないが……いずれ、女神は殺さねばならん」


 突然のことにユルグは隣にいるフィノと顔を見合わせた。


「……女神を殺す?」

「んぅ、そんなことできるの?」

「言ったろう。奴は元々は定命……人間だった。ならば殺せる」


 四災の話にユルグは絶句した。

 女神についてそれほど詳しくはないが、それでもあれが元は人間だと言われれば誰だって驚きもする。


「待て。殺すって言っても、どこにいるかも分からない奴は殺せないだろ」

「それはお前が探し出せ。俺もそこまで暇ではない」


 そこまでは自らの領分ではないと四災は手を振った。彼の話にユルグは少し思案したのち、開口する。


「もし探せなかったら?」

「その時は地上が焦土と化すと思え。見えるもの全てを灰燼に帰してしまえば、さしもの女神も生きてはいられまい」


 邪悪な笑みを浮かべて四災は笑う。あの様子では今の発言は本気なようだ。それだけ女神を目の敵にしている。何が何でも許せない存在なのだろう。


「もちろんそれは最後の手段だ。最悪の状況を回避出来たのなら、そこまでのことにはならん」


 肝が冷える発言にユルグは生唾を飲む。

 一瞬忘れていたが目の前のこれは人知を超えた存在なのだ。やろうと思えばすべてが跡形もなく消え去る。それほどの力を持っている。


「時が来たら知らせを寄越す。それまで息災であれよ」


 これ以上話すことはないのか。四災は最後にそんな台詞を残すと匣を抱えて大穴に飛び込んだ。

 ひりつくような気配は鳴りを潜めて、静寂が辺りを支配する。そこでやっと呼吸ができたかのようにマモンが一息吐いた。


『寿命が縮むかと思った……』

「面白くない冗談を言うな」

「お師匠……これでぜんぶ終わり?」

「たぶんな。最後に厄介なことを頼まれたが、それはひとまず後で――」


 直後、ユルグはハッとする。

 おそらく今からあの四災はこの大穴から出てくるのだろう。巨大な竜の姿で。

 だから……ここに居たら非常にマズイ。


「――っ、出口まで走れ!」


 すぐに踵を返すと、ユルグはフィノの手を取って駆けだした。師匠の咄嗟の判断にフィノは驚きながらも歩幅を合わせる。

 その一秒後――地鳴りのような轟音が地面から聞こえてきたと思ったら、大穴から火柱が立ち上った。


「……っ、殺す気か!?」


 命からがら祠の外に脱出した二人は足を止めることなく駆けていく。その間も咆哮のような地鳴りは止まずに、半ば転がり落ちるように雪山を降りていく。死に物狂いな師匠に手を引かれながら、フィノはちらりと背後を見遣った。

 直後――


「んぎゃっ!」


 耳を劈く爆音に上空から降り注いでくる瓦礫の破片。あの巨体が飛び出してきたのだ。祠など跡形もなく吹き飛んでしまう。異変を察知したユルグはすぐに足を止めて巨木の影に身を潜めた。あんなもの、直撃したら即死だ。

 とりあえず安全は確保できたことにユルグは安堵して息を整える。そんな師匠の横でフィノは空を見つめていた。


「お師匠、あれ」


 フィノの声に釣られて顔を上げると、そこには飛び立っていく竜の姿が見えた。陽の光に照らされた竜鱗が虹色に輝いている。あれが竜人ヤトの四災の本来の姿なのだろう。


「きれいだね」


 あんな目にあったのに呑気なものだと、ユルグは弟子の能天気さに呆れる。空の彼方を眺めているフィノに、ユルグは少し間を置いてから声を掛けた。


「フィノ」

「ん、なに?」

「これで全部終わったわけだが……その」


 言い淀むユルグの様子に、フィノはあれのことかと合点がいった。


「マモンのこと?」

「ああ」

「いいよ。そういう約束、してたから」


 フィノの言葉にユルグは大きく息を吐いた。肩の荷が下りたような師匠の仕草にフィノも内心ほっとする。これでユルグの悩み事が一つ減るのだ。弟子としては喜ばしい限りである。


「すまない」

「あやまるの禁止!」

「わかったよ……ありがとう」


 前に話をつけた通り、納得してのこの選択なのだ。これ以上の言葉は野暮というもの。


「あれ、でもマモンは?」

『ここだ』


 あのゴタゴタでもいつの間にか避難していたのか。マモンはユルグの影から飛び出してきた。

 先の話を聞いていたのか。マモンは今一度ユルグとフィノを交互に見つめて同意を取る。お互いに頷きを返すと


『では今日からよろしく頼むよ、フィノ』

「え? もう終わったの?」

『魔王の譲渡は呆気ないものでな』

「へえ~」


 まだ実感が湧いてないフィノはそわそわと自分の身体をまさぐっている。落ち着きのない弟子の様子にユルグは苦笑して歩き出す。その背中を追ってフィノは駆けだした。

 魔王の譲渡は、すなわちユルグからの信頼の証。だからこそ、その事実はこれから先のフィノの人生の導となってくれる。

 師匠の背中を追いかけて、追い越すための。



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