地獄の相談
ユルグが帰ってくるまでのミアの日常は代り映えのないものだった。
エルリレオの手伝いをして、カルロと談笑して。そんなことをしているとあっという間に一日が過ぎていく。
そんな中でも欠かさずに、ミアは夕方になると家の外に出て待ち人が戻ってきていないか確認している。最初はカルロも止めていたがミアの気持ちを汲んでくれたのか。今は何も言わないで見守ってくれていた。
そんな毎日を過ごしていたある日――山小屋へ尋ね人が訪れた。
昼餉の支度をしていた時だった。誰かが小屋のドアを叩く音が聞こえてくる。
「誰だろ」
「まって、私が出てくるよ」
一口、酒を飲み干してカルロが立ち上がった。しばらくして彼女が連れてきたのはミアも見知った人物だった。
「ティナ!?」
「お久しぶりです。ミア」
いきなりの訪問者はティナだった。ついさっき麓の町に着いてすぐにここまで来たらしい。
友人の来訪に嬉しい気持ちはあるが、それと同時にどうしてだろうとミアは内心疑問に思った。
ティナはアリアンネの傍を滅多に離れない。それだけ忙しいはずだ。
「遊びにきちゃいました」
笑顔で話すティナに不躾だなとミアは頭を振った。どんな理由であれ友人をもてなさない理由はない。
「ちょうどお昼の準備してたの。お腹空いたでしょう? 食べていってよ」
「空けたばっかりの酒もあるから、飲んでって!」
「お心遣い感謝します」
席に着くと、カルロから渡された酒に口をつけてからティナは小屋の中を見回した。落ち着きのない様子にやっぱり聞かないわけにはいかないな、とミアは席に着く。
「何か用事があって来たの?」
「遊びに来たというのは嘘ではないんですけどね……お嬢様いえ、皇帝陛下より書簡を届けるようにと」
「ユルグに? 大事な話ってこと?」
「そうですね」
この様子だと行き違いになったようだ、とティナは零す。
数日前に届いたユルグからの手紙には、帰路についているところだとあった。
「たぶんもう少しで帰ってくるはずだけど……」
「がっかりしたでしょう?」
「え?」
「皇帝陛下からの書簡なら、きっとまた留守になるようなことですから」
「ああ、そっか……そうなるのかぁ」
ティナに指摘されてミアはそうだと気付く。内心落ち込んでいると、その話を聞いていたカルロが意外なことを言ってきた。
「それってお兄さんだけで行かなきゃダメなの?」
「私も内容を詳しくは知らされていないのですが、移動の足はこちらで用意すると仰っていましたので……同行するくらいなら」
「ほんとに!?」
二人の話を聞いてミアは声が上ずった。何かあればいつも留守番なのだ。一緒についていけるなら、これほど嬉しいことはない!
「でもお兄さん、ダメだって言いそうだよね。自分のことは棚に上げてさぁ。ちょーっとズルいと思うんだけど」
「それには同意です。大事な人なら尚更傍に居てあげなければ」
ミアが思っていたことを二人が代弁してくれる。それを聞きながらミアは決心を固めた。
今回の旅は危険が伴うからと突っぱねられたけれど、ティナが持ち込んだ大事な用事。きっとこれは面倒なだけで危険はないのだろう。
面倒ってところにユルグがどう反応するのか分からないけれど……きっと懐柔は可能なはず。
「ちなみにどんな内容なの?」
「確か……各国の首脳が集まる会議に参加してほしいというものだったはずです」
「なんだかとっても面倒そうな話だね。ユルグ行くっていうかなあ」
「だから私が使者として遣わされたのですよ」
書面だけでは絶対に断るから、とティナは話す。ミアもそうだろうなと簡単に予想がついた。つまりそれだけ重大な会議ということだ。
「会議ってことはお偉いさんが集まってやるってことでしょ? どこでやるのさ」
「デンベルクの首都ルブルクですね。ここからはかなりの距離があります」
「ミアはどうしたい?」
「いきたい!」
今の話を聞いて、ミアは俄然やる気になった。自分が会議に出るわけではないけれど、一度も行ったことのない場所に行けるのだ! これで心躍らないわけがない!
「そういうと思った! お兄さんの説得に協力してあげる」
「これは心強いですね」
「任せてよ! こーいうのは得意だからね」
上機嫌なカルロと安堵の表情を浮かべるティナ。穏やかな時間のなか、地獄のような相談がなされているのを当の本人が知るのは、それから三日後のことだった。




