孤独に耐えられる人間
とってもお久しぶりな更新ですm(__)m
街を出た一行は、五回目の野営準備をしていた。
ユルグの計画では、帰路を辿って二十日ほどかかる計算だ。出来るだけ急いではいるがこれだけの距離があるのだ。早くついても誤差と割り切っているらしく、行きよりもそれほど焦りは見えない。
『帰り着くまではまだまだかかりそうだなあ』
「んぅ、遠くまできたからね」
火にくべる薪を集めながらフィノはマモンと雑談する。少し離れた所ではユルグが飯の準備をしていた。
「ふむぅ、今日はこれだけか? 味気ないなあ」
「文句言うな。食べられるだけ有難いだろ」
「でもなあ、もう少し食いでがあってもいい――」
鍋を混ぜているユルグの隣でブツブツと小言を言うゼロシキ。我慢ならなかったのか、ユルグは手を止めると顔を上げて、それから森の奥を指して顎をしゃくった。
「そこまで言うなら、兎でも猪でもとってこい。働かない奴に食わす飯はない」
「それもそうか」
ゼロシキはユルグの言葉に怒るでもなく納得して、意気揚々と森の奥へと行ってしまった。
煩いやつがいなくなって嘆息すると、薪を集めに行っていたフィノがマモンと共に戻ってくる。
「あれ、ゼロシキは?」
「俺の飯じゃ物足りないらしい」
『あやつ、色々と面倒ではあるが……本当に連れていくつもりか?』
マモンの質問にもう一度ユルグの手は止まる。即答しないあたり、マモンとは同じ考えなのだろう。
「誘った手前、置き去りにするわけにもいかないだろ」
「んぅ、お師匠すごいイヤそうな顔」
「はあ……」
とても深い溜息から、フィノは師匠の心境を察する。アリアンネほどではないが、ああいう部類をユルグは嫌うみたいだ。口数が多く、うるさい。
先日の一件で多少は静かにしてくれてはいるけれど、それでもあの性格はそう簡単には変わらないらしく……結局ユルグの神経を逆撫でしている。でもフィノは賑やかで楽しいな、なんてあっけらかんとしていた。話し相手も増えるし、フィノたちが知らない話も教えてくれる。けれどユルグはさほど興味もないらしい。だったら彼と共に行動するのは心労が溜まる一方だ。
「さて、うるさいやつもいなくなった。飯にでもするか」
「待ってなくていいの?」
フィノの問いかけにユルグは無言だった。聞かずとも察しろということらしい。師匠の態度にフィノは一瞬だけ森の奥を見遣って、傍に居たマモンに耳打ちする。
しばらくするとマモンはそっと離れて森の奥へと行ってしまった。
「放っておけばいいだろ」
「仲間外れ、かわいそうだよ」
フィノの小言を聞き流して、ユルグは焚火の傍に座る。その対面に座って、フィノは少しだけ頭を悩ませた。
何だか最近、前にも増して苛立っているような気がする。匣はすべて回収したし、あとは帰るだけだ。煩い輩もいるけれど、それだって多少我慢すればいい話である。
食事の手を止めて、じっとユルグの顔を見つめていると怪訝そうな眼差しを向けられた。
「なんだ?」
「お師匠、なに怒ってるの?」
「そんなの、見てればわかるだろ」
師匠の素っ気ない返事にフィノは納得のいっていないように唸った。別に嘘や誤魔化しはないけど……理由が一つとは思えない。
「んぅ、ミアに会えないから!」
「ぐっ……なんでそうなるんだ」
焦ったようなユルグの態度にフィノは分かってしまった。きっと口では違うと言うかもしれないけれど、今のユルグをイラつかせている一番の理由はこれだ!
「お師匠、さみしいんだ!」
――ズバリ!
ニヤニヤと口元を緩ませながら指摘すると、ユルグは口を噤んだ。フィノは意外な反応に驚く。てっきり即座に否定されると思っていたからだ。
「あ、あれ……ちがうっていわない?」
「……違わなくはないからな」
「そうなんだあ」
素直に認めたことにフィノは面食らってしまう。もしかしたら二人きりだからかも。なんて思っていると、焚火の向こう側で小さな呟きが聞こえてきた。
「孤独に耐えられる人間なんていないよ」
意外な台詞に目を見張る。向こう側にある表情はいつも通りに見えた。
「それ、お師匠も?」
「なんでそんなこと聞くんだ」
「だって……いつもひとりで行っちゃう」
「ああ、そうか」
フィノの指摘にユルグはそうだったな、と相槌を打つ。
「慣れてるだけで平気なわけじゃない。ただ……ずっとそうだったから」
ずっと、という言葉が気になってフィノは少しだけ前のめりになる。そういえば、師匠の昔話をほとんど知らない。
「フィノと会うまえも?」
「そうだな」
迷いのない即答に頭の中で思考する。
ユルグはフィノみたいに奴隷ではないし、両親はいるはずだ。でもミアとは一緒に暮らしていたみたいだし……何か事情があったのだろうか。
どうであってもあまり良い事ではなさそうだ。
「お前はどうなんだ?」
じっと考え込んでいるといきなり問われる。それに何と答えるべきか。フィノは少し悩んだ。
「んぅ……考えたこと、ないかも。気にしたことないや」
「そう思えるのは羨ましいことだな」
「そう?」
不思議そうなフィノの反応にユルグは笑みを浮かべた。物言わぬ微笑は普段とは違った装いを見せる。
それにどう反応していいか分からず誤魔化すように視線を外した途端、茂みが揺れた。
「参ったなあ。片腕なのをすっかり忘れていた」
戻ってきたゼロシキとマモン。あんなに文句を言っていたくせに成果は無し。けれど当の本人はどこ吹く風で焚火の傍に座った。
「今度から大口を叩くのはやめよう」
『それが賢明だ』
頷いて、マモンはフィノの傍に来て足元に丸まった。
「こういう時もあるよ」
何か言いたげなユルグの視線を感じて、フィノは咄嗟にフォローする。ゼロシキの分の食事を用意していると、口惜し気な声が聞こえた。
「しかしこれは由々しき問題だ。早急に改善せねばなあ」
「なくなった腕なんてどうにかできるものなのか?」
「素材さえあれば可能だ。そしてそれはちゃあんと回収済みだ!」
機人と戦闘した時に回収していたであろう、抜き身の片腕が包んである袋を叩いてゼロシキは声高に宣言した。
曰く、腕を繋げるくらいならそんなに難しくはないらしい。けれど何かと道具が必要みたいで旅の最中ではそれも叶わないということだった。
「なら早く戻らないとな」
言外にさっさと寝ろとユルグは毛布を引っ張り出してきた。一人先に就寝した師匠に倣ってフィノも寝る支度をしているとマモンが近くに寄ってくる。
『今日も己が不寝番でいいのか?』
「んぅ、おねがい」
旅の最中は眠る必要のないマモンが不寝番を買って出ている。ならば機人であるゼロシキも同じなはずだが、彼曰く起きていると無駄に動力を使ってしまうから必要がないなら寝た方がいいのだという。
それを聞いていたユルグがいつもそうなら良いのに、と文句を言っていたのを思い出いしながらフィノは眠りにつくのだった。




