息つく暇もなし
一部修正しました。
ユルグと別れたフィノは駆け足で祠へと向かっていた。
「お師匠……無茶なこと、してないといいけど」
「あまり時間はかけていられないのは確かだ。もっとも祠の状態がどういうものか。予想がつかんのは懸念事項だがね」
ゼロシキの話では、祠の内部にはそれなりに瘴気が溜まっていたらしい。けれどそれが外に漏れだしていなかったのは、あの大蛇があそこに住み着いて閉じ込めていたからだという。
今はその封が解かれてしまった状態だ。ゆえに祠の周囲がどうなっているか。彼でも予測できないのだという。
ゼロシキと並走しながら聞いていたフィノは、ふとあることが気になった。
「ゼロシキ、なんで手伝ってくれるの?」
「うん?」
「だって、関係ないのに。よくしてくれる」
今回の状況。ゼロシキにとっては得になることはない。
追手からは逃げればいいだけだし、ユルグたちを手伝う意味などほとんどないのだ。けれど彼は自分から協力を申し出た。
フィノはそこが気になっていた。
「手前の置かれている状況を見るなら、この先生きていられる保証はない。諦めるつもりはないが……自分の死に様くらいは自分で決めたい。それと、最後に君たちを助けて終われるのなら本望だ」
彼は生きた証が欲しいと言った。
けれどそれは後ろ向きな考えではない。長く生きた最後だからこそ、意味のある事をしたい。前向きに死と向き合っているのだ。
フィノはゼロシキの答えを聞いて納得した。
けれど、そうなれば彼はこの後、どうするのだろう? 問題が解決して一人になったら、どうするつもりなのだろう?
フィノがそれを問う前に、ゼロシキは前を見据えた。
「いるなあ。ウヨウヨわいておるわ」
「んぅ、たくさんだ」
祠が見える距離で二人は草陰に隠れた。
大蛇が退いたことで中に閉じ込められていた魔物が溢れてきている。石扉は閉じられているけれど、天井の吹き抜けから外に出てきているのだ。
「見たところ瘴気の影響はそれほど受けていないようだ。しかし……数が多いなあ。手前は頑丈ではあるがこの身体だ。あれらの相手は骨が折れる」
「それならフィノに任せて」
ざっと見ただけで十はいる。大きさはそれほどない。小型の獣のような魔物。ちょうどマモンが犬に化けた姿に似ている。
草陰から祠の入り口まで、百メートルほど。フィノが注意を引き付けておけば中に入るのは容易い。
「フィノが先に出る」
「その隙に中に入れと言うわけだな。承知した」
フィノの指示にゼロシキは頷いて見せた。
それを確認して、フィノは草陰から飛び出す。魔物たちの面前に躍り出ると、一斉に敵の注意を引き付ける。
唸り声をあげてこちらを威嚇する魔物。それらを眺めてフィノは剣を抜くと戦闘態勢に入る。ゼロシキが祠まで辿り着く道を切り開くのだ。
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フィノが飛び出していった数秒後、ゼロシキの視界で大きな炎が爆ぜていった。
それはまっすぐに魔物へと向かって行って、その小さな身体を大仰に吹っ飛ばしていく。
「ほおお、あれほどの炎を出せるとは。やるなあ。竜人の大竜が吐くものと大差ないではないか」
草陰から身を乗り出してフィノの戦闘に夢中になっていたゼロシキは、途端にハッとして頭を振る。
「おっと、見物している暇はないな」
予定通りに魔物たちの意識はフィノの頑張りによって彼女にすべて向いている。今が絶好のチャンスだ!
それを察知したゼロシキは出来るだけ目立たないように。かつ迅速に行動に移る。
片腕で器用に祠の外壁を登って天辺に足をかけると、天蓋から薄暗い内部を覗き見た。
「ううむ……これはいかんなあ」
内部の状況は予想していたよりもあまり良いとはいえなかった。
見渡す限り、黒一色。それは瘴気のヘドロ然り。うじゃうじゃと蠢いているのは、外に湧いている魔物と同じもの。それが密集して祠の中に溜まっている。
フィノが今相手にしているのは、これのほんの一部ということだ。
「ここから飛び降りてあの祭壇まで行くのは容易いが、そこから戻ってくるのは難儀するなあ」
ぶつぶつと独り言を零していると、先ほどの魔物をすべて倒してきたのか。フィノが軽く息を切らしながらゼロシキの傍に来た。
「どうしたの?」
「どうやって侵入しようか考えていたところだ。手前一人ではやはりちぃっと厳しい」
「んぅ……」
ゼロシキの言葉にフィノも同じく祠の内部を覗き見る。少し考えた後、フィノはある提案をしてきた。
「ゼロシキ、フィノのこと背負っていける?」
「この中に二人で行くということか?」
ゼロシキの問いにフィノは頷いて見せる。
「ふむ、つまり君の足になればいいのだな。了解した」
フィノの作戦はこうだ。
ゼロシキに肩に担いでもらって祠の内部に侵入する。寄ってくる敵の相手はフィノがしてその合間に祭壇へと向かうという手筈だ。
「ならば急ごう。あまり時間をかけてもいられない」
「うん」
「振り落とされないようにしっかりと掴まっていてくれ。片腕しかないのでな」
ゼロシキの忠告に、フィノは剣を収めると彼の身体に足をかける。肩車をするように抱えてもらうと、ゼロシキはすくっと立ち上がった。
「重くない?」
「無問題。さあ、いくぞ!」
威勢の良い号令を聞きながら二人は天蓋の淵から飛び降りた。
地面に着地した瞬間、フィノの身体に衝撃が走る。着地点はヘドロの真ん中。ここで振り落とされてしまえば一大事だ。
言われたとおりにしっかりと掴まっていると、息つく暇もなく魔物たちが寄ってくる。
「周りの奴らは任せた!」
「うん!」
ゼロシキが走り出す直後に、フィノは彼の背の上で攻勢に出ていた。
この狭い室内で先ほどのように爆殺はできない。この場を切り抜けるだけなら手段は他にある!
片手で身体にしがみつき、手のひらを前にかざす。刹那に突風が巻き起こり、にじり寄ってきていた魔物たちを虫けらの如く吹き飛ばしていく。
「おお、祭壇まで一直線だ!」
愉快そうに笑いながらゼロシキはフィノを担いで駆けていく。
結構あっさりと祭壇まで辿り着いたゼロシキは、その中心に安置されていた匣を手に取る。
「これでいいのか?」
「うん、後はお師匠のところに戻るだけ!」
「ようし、では早急にこの場を去るとしよう」
手渡された匣受け取っているうちに、ゼロシキは内側から石扉を開け放って外に出た。フィノ一人だけではここまですんなりと事は運ばなかっただろう。
最後に出入り口をしっかりと閉じて、そこでやっと一息つく。
「ゼロシキ、ありがとう」
「任務は無事成功というわけだ」
「お師匠、大丈夫かな」
地面に降り立ったフィノは不安げに後ろを見遣る。
マモンもいるから大丈夫だとは思いたいが……相手が相手だ。慢心は出来ない。
向かおうと足を浮かした直後、フィノはあることに気が付いた。
「どうしたの?」
どういうわけか。少し前からゼロシキの様子がおかしい。
突っ立ったまま固まって動こうとしない。もしかして無理をさせすぎたのだろうか?
一抹の不安を抱えて様子を伺っていると、ゼロシキは顔をこちらに向けた。
「い、いやあ……その。思い出してしまったことがあってなあ」
「なんのこと?」
「思い出したというか忘れていたというか」
挙動不審な様子にフィノは表情を険しくする。明らかに良い感じではなさそうだ。
「良いこと、悪いこと?」
「……後者だ」
歯切れの悪い返答をすると、ゼロシキは続けた。
「一つ、伝え忘れていたことがある。とっても重大なことだ。そこまで追い詰めていないと思いたいが……」
フィノはゼロシキの言葉の半分も理解できない。
不安を消化できないまま、話を聞き続けているとどうやらこういうことらしい。
「機人は動力炉が弱点なのだが、それを侵されると暴走状態に陥る」
「暴走!?」
「分かりやすく言うと、そうだなあ。身体能力が極端に向上する。代わりに制御が利かなくなると言ったところか」
「……つまり?」
「あんなの、相手にする奴は馬鹿者ということだ。間違いなく死ぬ」
それを聞いてフィノは青ざめた。こんなところで呑気にお喋りをしている余裕なんてないというわけだ!




