死角に非ず
不意を突いて背後から羽交い絞めにしたつもりだった。
けれど襲撃者の存在を察知した機人は、その状態からマモンを剥がしにきたのだ。
『ぬおっ、こやつ恐ろしく力が強いぞ!』
抑えているマモンでさえ、少しでも気を抜いてしまえば振り解かれてしまうほどだ。しかしその膠着状態も長くは続かなかった。
「……っ、うそだろ」
直後に目の前で起こった現象にユルグは言葉を失った。
背後からの奇襲も完璧に決まった。体格だってマモンの方が優れている。それなのにどういうわけか。拘束しているマモンの身体が僅かに浮いているではないか!
『ぐっ……こ、これは』
じわじわとマモンの巨体を浮かせた機人はその状態で一歩踏み出した。今のマモンは傍目から見れば、羽交い絞めにしていたはずが背負われているような状態である。
しかし最後の意地とでもいうのか。力負けはしているが手だけは離さなかった。こうして抱き着いていれば相手の行動を制限できる。足枷にはなる。まったくの無意味ではない。
けれど相手が悪すぎた。コレ相手にはそんなちんけな意地などあってないようなものだった。
一歩踏み出した機人はそのままマモンを背負ってゆっくりと動き出す。その後どうするのか。様子見していたユルグの目の前で、マモンは華麗に一本背負いで投げ出された。
『ぬおおおおおっ、うがっ!』
情けない叫び声を上げてマモンは投げつけられた大木に激突する。けれどそれだけでは終わらなかった。
あの体躯のどこにそんな力があるのか。マモンがぶつかったあと、大木はその衝撃に耐えられずミシミシと音を立てて倒れてしまったのだ。
「どんな馬鹿力だ!」
砂埃と木っ端になった木屑の粉塵を浴びながらユルグは悪態を吐く。
ゼロシキから力が強いとは聞いていたが、それでもこれは予想の範疇を大きく超えている。あんなの、一発でも食らったのなら生身のユルグは即死だろう。だからこそのこの人選だが……正直留めるだけで手いっぱいというのが今のユルグの心境だった。
「あの木偶、潰れてないだろうな」
『誰が木偶の坊だ!』
すぐ傍で声が聞こえたと思ったら、足元には黒犬になったマモンがいた。
倒木に押しつぶされる前にユルグの元に瞬間移動してきたのだろう。魔王の特権である。
粉塵の向こう側には機人の影が見える。そこから目を逸らさずにユルグはマモンに聞こえる声量で声を張った。
「手応えはどうだった?」
『どうもなにも。先ほどのあれを見ていただろう。力では押し負ける。あやつをこの場に留めるなど出来っこない。何か勝算でもあるのか?』
「アイツの弱点は三つある」
ユルグはゼロシキから聞いていた情報をマモンに手短に話す。
あの機人、どうにも完全無欠の化け物ではないらしい。
===
フィノがマモンを起こしに行っている最中、ユルグはゼロシキと今後の作戦を練っていた。
「あの輩の弱点か」
「俺はお前たちについて何も知らない。情報は多い方が助かる」
「基本的なことだが、手前も含め機人は水に弱い」
意外な弱点にユルグは眉を上げた。
「水が苦手なのか?」
「そうだ。多少身体にかかる程度なら問題ないが、内部にまで浸透してしまえば動けなくなる」
こつん、と自分の胸部を叩いてゼロシキは続ける。
「ここの胸のあたりに動力炉がある。言ってしまえば生物で言うところの心臓だ」
「それが?」
「そこが濡れてしまえば格段に性能が落ちる。昏睡状態に陥ると言ってしまえばわかりやすいか」
「でもただ身体が濡れたくらいじゃそこまでいかないだろ?」
「然り。最低でも水中で一分は拘束しなければならないだろうなあ。まあ、それが出来たら苦労はしないよ」
ゼロシキはこれに関しては無理だと言い切った。
水が苦手な相手がわざわざ水場に近づくわけがないし、陸で溺死させられるほどの水量を用意できる当てもない。これはユルグも同意見だ。
「他には?」
「他に……手前も随分と古い身体だが、アレもそこまで上等な身体ではない。外装の強度は手前よりも頑丈だが繋ぎが脆い」
「つなぎ?」
「関節部だな。これに関しては人間と同じと思ってくれていい」
「脆いってことは……傷はつけられるってことか?」
「狙って斬り落とすことは可能ではあるだろうが……そこまでが難しいだろうなあ。接近戦を挑むのは悪手だ。生身では肉塊にされてしまうよ」
ゼロシキの話を聞いてユルグは厳しい状況に深く息を吐いた。
弱点を突くには近づけなければならないが、それが出来ない状況。手段はあるだろうが、何にせよ命がけになる。
「ああ、あとアレだな。奴は燃費が悪い」
「ねんぴ?」
「体力がないということだ。充分な素体を集められなかった弊害だ。有り合わせの材料で作られたゆえ、長期戦には向かない」
「適度にいなして暴れさせるのがベストか」
「言うは易し、難しいなあ」
ユルグはもとより、ゼロシキも良い返事はしなかった。それだけの無理難題ということだ。けれど足止めはしなければならない。
ならば防御主体の戦闘になる。火力に秀でているフィノはゼロシキの援護に回ってもらう方が良いだろう。
ユルグならば魔法で障壁も張れるし手数が多い分、相手の虚も突きやすい。とはいえ攻めの要は不死身のマモンに任せるのが最善だろう。
――というのが会敵する前のユルグの考えだった。
そしてそれは今も変わらない。




