怪物の腹の中
フィノが尽力している頃、ユルグは直面している状況に困惑していた。
大蛇の動きを封じたまでは良かったのだ。その後――フィノが任されていた仕事をきっちりとこなした後から雲行きが怪しくなってきた。
「俺はコイツをどうしたらいいんだ?」
大蛇に注意を向けながら、ユルグは手足を斬ることそっちのけで思わず頭を抱えてしまった。
というのも、フィノが大蛇の手足を斬り終わった頃。膠着状態だった敵に動きがあったのだ。正確には大蛇とそれに喰われているマモンにだ。
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フィノが大蛇の手足を切り落とした時、ほとんど動きがなかった大蛇が暴れ出した。身体の一部を斬られたのだから当然である。
大蛇は動きの鈍った身体で暴れ縄の如く体躯を揺らす。そんなことをされてたまったものじゃないのは、なんとか踏ん張っているマモンだ。
先ほどまで文句を言っていたが、そんな場合ではないのか。ピタリと小言も成りを潜めたかと思いきや、マモンを咥えたまま大蛇は頭から地面へと突っ込んだ。
身の危険を感じたユルグは安全域まで退避する。
もちろん不死身であるマモンの心配はしていなかった。しかし……巻き起こった粉塵の中から頭を上げた大蛇の口元にマモンの姿は見当たらなかった。
「いない……あいつ、どこいって――」
もしかして喰われたのか? そう思って注意深く観察するとすぐに見つけることが出来た。
大蛇が地面に頭突きした窪みに倒れ込んでいる。しかしそこには鎧頭が存在しなかったのだ。
――ここで、冒頭に戻る。
倒れたままのマモンは身動きすらしなかった。それを眼下に見て、ユルグはどうしたもんかと途方に暮れる。
気にしている場合ではないが……あのマモンがこんな風に黙り込んだことなどなかった。先ほどもやけに焦っていたし、頭部が無くなってしまうとわりかしマズイ状況なのか、と勘繰ったところでユルグは大蛇を睨みつけた。
「次から次へと問題ばかり起こるな」
マモンの頭部の在処は一先ず置いといて、目の前のこれをどうにかすることが先決だとユルグは剣を握る手に力を込めた。
先ほどの暴れっぷりを見るにフィノは首尾よくやってくれたようだ。ならばあとはこちらの仕事だ。
とはいえ、今の大蛇の様子はあまり芳しくはなかった。思い切り暴れてくれたおかげで魔法による拘束は解かれてしまったからだ。
フィノが片側の手足を斬ってくれたおかげで先のような跳躍をする素振りは見られないが……黙って斬られてはくれないはず。
「立ち止まってる暇はなさそうだ」
ユルグを睨みつけた大蛇は次の標的を見つけたようだ。マモンを捕らえたように頭を上げて突っ込んでくる前に、ユルグは走り出した。
大蛇の死角に入るように接近する。
そのまま身体の淵に沿って手足を切り落とそうとした矢先――
「お師匠! よけて!」
「は――」
何事だと声のした前方を見ると、直後に顔面に強烈な風が吹きつけてきた。それの後を追うように大蛇の尻尾の先から手足が胴から離れて宙を舞っているではないか!
「うわっ」
しっかりと立っていなければ吹き飛ばされそうな突風にユルグは薄目を空けて耐える。
確かさっき、よけてと言われたが……何をどうすればいいのか。あの宙を舞う手足もこの突風もフィノの仕業だろうが、見えないものを避けろとは無茶を言う。
けれど目を凝らしてみると、風の刃の痕跡が見えた。地面を傷つけながらこちらに迫ってきている。
ユルグがそれから逃れられたのは、衣服の表面が無残にも切り裂かれた後だった。
「おししょう――大丈夫!?」
「危うく輪切りにされるところだった」
「んぅ、そんなところ居るから」
「俺が悪いみたいに言うな。そもそも魔法の威力が強すぎる。もう少し加減っていうものを――」
珍しく弟子に文句を垂れていると、それを話半分で聞いていたフィノはやけに静かなことに気が付いた。
フィノが先に大蛇へと攻撃した時はあれだけ暴れていたのに。同じように手足を切り落としたというのに、今回は大人しいものだ。
不思議に思って傍に居る大蛇を見上げた瞬間、大蛇の頭がとれた。
「えっ!?」
突然のことにフィノは目を見開いて叫んだ。隣にいたユルグもこれには驚いたようで驚愕が顔に滲んでいる。
何の前触れもなく胴体から頭がとれたのだ。目の前で起こった事象を言語化するなら、これ以上の言葉は出てこない。
困惑するフィノに、ユルグは咄嗟に目配せをした。言葉がなくとも師匠が何を言わんとしているか理解して、フィノは全力でかぶりを振る。
「ちがうよ! フィノじゃない!」
身振りを交えて否定すると、それを確認したユルグは絶命した大蛇の急所へと駆けて行った。フィノもそれの後を追う。
地面に横たわっている大蛇の死骸に近づくと、ユルグは頭部の傷を観察する。
切り口は鋭く、頭部よりも少し後ろの辺りで斬られている。
「これ、本当にお前の仕業じゃないのか?」
「うん、こんなおっきいの斬れない」
フィノが扱う風魔法の切れ味はユルグも知っている。それを以てしてもあの大蛇の大きさを輪切りに出来る威力は出せないというのだ。
「そっちの方が楽だったんだが……じゃあこれはなんだ? 勝手に首が斬れたって? そんな馬鹿なことあるか」
「んぅ……マモンは?」
「いや、あいつは」
確か、マモンは大蛇に喰われかけていた。彼が上手い事やってくれたのではないか、と閃いたフィノにユルグはそれはないと否定する。
流石に鎧頭一つだけでこんな芸当が出来るわけがない。魔王だ何だと言ってもそこまで万能でもないはずだ。
「あっ――マモン!」
けれどフィノは顔を上げると、手を振って呼びかけた。耳を疑うような発言にユルグはフィノの視線の先を見遣る。
そこにはマモンの鎧頭を被った何かが立っていた。