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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 廻
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しあわせの形

 

 街の衛兵たちに報告を済ませて、二人と一匹は手配してもらった宿に戻ってきた。

 道中で簡単な飯を買ってきて食事をしているフィノの横で、ユルグはテーブルに広げた地図とにらめっこをしている。


「明日の朝ここを発つとして……スタール雨林までは八日もかかるのか」

『こればっかりは致し方ないな』


 マモンの一言にユルグは溜息を零した。

 さっさと済ませたいのにここまでに色々あった。しかしあと一つ匣を回収すれば帰れるのだ。気乗りせずとも頑張らなければ。


「お師匠、ご飯たべないの?」

「ああ、そうだな」


 パンの包みを開けて齧りながら地図を眺めていると、不意に横から手が伸びてきてテーブルに広げていた紙切れを畳んでしまった。


「もっと楽しいはなし、しよう」

「なんだよ」


 フィノは曇っていたユルグの顔を見てにっこりと笑った。

 その笑みにユルグは言葉に詰まる。


 フィノの言いたいことは何となく分かる。

 考えたってどうにもならないことはいつまでも頭の中に置いておく必要はないということだ。


「ミアに手紙、届いたかなあ」

『あれから随分経ってる。もう届いている頃だろう』

「カルロ、ミアに迷惑かけてないといいけど」

『それは難しいのではないか?』

「んぅ、そうだね」


 呑気な会話を聞きながら飯を食べていると、フィノがこちらを見つめる気配がした。


「お師匠、手紙になんて書いたの?」

「えっ?」


 突然のことにユルグは口を開けて呆ける。

 驚いたわけではない。咄嗟に答えが出てこなかっただけだ。


「別になんだっていいだろ」

「きになる!」

「聞かれた所で俺がそれに答えると思うか?」

「ううん。でもお師匠、優しいから。ミア喜んでるよ」


 嬉しそうに言うフィノは随分と楽しそうである。


『優しかろうがこやつは甲斐性ナシだからなぁ……帰ったら愛想を尽かされているやもしれんぞ』

「んぅ……」


 マモンの茶化しにフィノは困ったような顔をした。

 てっきりそんなことないと庇うものだと思っていたが……反論しないあたり弟子として思うところはあるのだろう。

 なんせユルグのそういう部分ならフィノは人一倍知っているのだ。


「好き勝手いうな」

「だいじょうぶ! そうなったらフィノがもらってあげる!」

「なんでそうなるんだ!?」

「だってお師匠、ひとりになったらかわいそう」

「余計なお世話だ!」

「でも――むぐぅ」


 煩い口を片手で塞いでユルグは大きな溜息を吐いた。


「そもそも俺の子供だって産まれるんだ。そんなことあるわけないだろ」


 やれやれと呆れた素振りで反論すると、もごもごと煩かったフィノが途端に静かになった。

 ふと彼女の顔を見遣ると、どういうわけか目を見開いて呆然としている。突然の変わり身にどうしたんだ、と心配する前にフィノは口を塞いでいたユルグの手を掴んで詰め寄った。


「こっ――こども!?」


 随分な驚きようにユルグも目を見開いて固まる。

 ユルグが何かを言う前にフィノは口を閉じていた手を退けると掴みかかってきた。


「な、なんで!?」

「はあ? なんでって……それは」


 詰め寄ってくるフィノにユルグは分かりやすく狼狽した。

 いったいこいつは何を聞きたいのか……まさか、どうやって子供が出来るのか、なんて聞いているつもりだろうか。

 そんなこと聞かれても困るし、答えに窮する。


「つまり、あれだ。ケッコンしたって言っただろ? そういうことだ」


 わざとらしく頷いていると、一部始終を黙って見ていたマモンが横から口を挟んできた。


『そんなことを聞いているわけではないだろう』

「じゃあなんだっていうんだ」

『そもそもフィノに知らせていなかったのではないのか?』


 マモンの指摘にユルグは一瞬固まった。

 記憶の糸を辿ってみると確かに、フィノには一言だって報告はしていないことに気が付く。


『ケッコンすることも知らせてなかったのだから、至極当然な成り行きというものだ』

「……」


 好き勝手いうマモンにユルグは何も言い返せなかった。反論の余地さえない。


「お、お師匠……大事なことなのに」

「わ、わるかった」

「なんで秘密にしてたの!?」

「いや、別に秘密にしていたわけでは……」

「どっちでも同じ!」


 除け者にされたとでも思ったのか。フィノは恨みがましくユルグを睨みつけた。この怒りようは謝ったくらいでは許してくれないかもしれない。


「ミアに会ったとき、おめでとうって言いたかったのに!」

「それなら帰ったら言えばいいだろ」

「そっ、そーいうことじゃない!」

『そういうところが甲斐性ナシというのだ』


 反論すればたちまち非難轟々だ。もう何も言わない方が良いまである。


「うっ……だから悪かったって言ってるだろ」

「ちゃんと反省して!」


 機嫌の治らないフィノはユルグから顔を背けて鼻を鳴らす。

 完璧にへそを曲げてしまったようだ。こういう時は放っておくに限る。


 食休みにお茶を飲んでいると、そっぽを向いていたフィノがちらりとユルグを見た。

 その顔は何か言いたそうでもある。


「お師匠……」

「なんだ?」

「なまえ、もう決めた?」

「お前、俺より気が早いな」


 まだだよ、と苦笑して言うとフィノは照れたようにはにかんだ。


「んぅ、そっか」

「帰ったらゆっくり考えるよ」

「じゃあお師匠、お父さんになるの?」

「そうなるな」


 答えると、フィノは本当に嬉しそうに笑った。噛みしめるように良かったねと呟く。

 もちろんこれはお世辞などではない。今までたくさん苦労した師匠がやっと幸せになれる。


 フィノはそれが何よりも嬉しかったのだ。


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