森の奥の異変
帝都から乗合馬車を使って、一行はアンビルの街へと向かった。
道程は四日。徒歩の移動よりかは早い。けれど移動だけでこの日数を食うのだ。
これ以上は厄介ごとに巻き込まれたくはないというのがユルグの本音だった。
しかし――その希望も呆気なく崩れることになる。
アンビルの街のはずれにある、エストの森。その森の中に目的の祠はある。
二人と一匹がそこに向かうと、森の入り口に幾人かの人影が見えた。
彼らは街から派遣された兵士なのだろう。揃いの制服に外套を着こんでいる姿を見てユルグはそう判断した。
遠目に見ると、彼らは難しい顔をしながら俯いている。
「んぅ、何かあったのかな」
「さあな」
あんなものには関わらないのが一番だとユルグはフィノの話に適当に相槌を打った。
とはいえ、祠へ向かうには彼らの目に触れてしまう。無視して進むわけにもいかない。
『さすがにアレを無視するわけにはいかんだろう。余計怪しまれる』
足元で唸るマモンの言にユルグは意を決して踏み出した。
すると近づいてくるユルグたちに気付いたのか。彼らは一斉にこちらを見て、何事だと寄ってくる。
かくかくしかじか――彼らに適当に事情を説明すると、どうしてか。大層驚かれた。
「この先の調査に向かわれるのですか?」
「そうだが……なんだ? 入れないのか?」
グレンヴィルの件もある。
用心して聞いてみると、兵士長らしき男はそうじゃないとかぶりを振る。
「いいえ、そういうわけではないのですが……最近、魔物の動きも活発になっていて安全の保障は出来ませんよ?」
「構わない」
「それに……今は少し厄介なことになっていて」
彼はすべてを言い切る前に口籠った。
ユルグはそれを見て嫌な予感を覚える。
一抹の不安を抱えていると、ユルグの隣に立っていたフィノが代わりに問いただした。
「厄介なことって?」
「あなたたちが向かわれるといった祠の中から、奇妙なものが出て来たんです」
神妙な面持ちで話す男に、ユルグとフィノは二人して顔を見合わせた。
「奇妙なものって……要領を得ないな」
「私たちもアレが何なのか。いまいちよく分かっていないのです。ただとても不気味で……早急に調査をするべきなのですが、皆やりたがらないというのが現状でして」
「……なるほど」
ここまで話されたらいよいよユルグの嫌な予感は的中と見ていいだろう。
彼らの話に感心するふりをして、ユルグはこの面倒事からどうにか逃れる方法がないか思案する。
こんな、見るからに厄介そうな問題に付き合っている時間はないのだ。
けれど、そんなユルグの心境を知ってか知らずか。フィノはユルグの手を取ってこんなことを言ってきた。
「お師匠、手伝ってあげよう」
「お前、俺の話を聞いてたのか? 厄介ごとは御免だ」
「んぅ、でも……関係あるかも」
言葉少ななフィノの言いたいことをユルグは察した。
祠から出てきたという奇妙なものが、瘴気に関係あるかもしれないとフィノは言っているのだ。
それに同意するかのように足元で大人しくしていたマモンがユルグを見上げる。
『ワウン!』
犬のひと鳴きでユルグは諦めの溜息を吐いた。
匣の回収のついでではあるが……慈善事業でやるわけではない。そこはしっかりと話を付ける腹積もりだ。
「ついでだ。そいつの調査、請け負ってやってもいい」
「ほっ、本当ですか!?」
「もちろんタダでとはいかない。そうだな……調査の報酬は上等な宿の部屋を二つ。長旅で疲れてるんだ」
「もちろんですとも! ありがとう!」
彼らは安堵の表情を浮かべて喜んでいる。よっぽど関わり合いになりたくなかったのだろう。
それを見ず知らずの他人に押し付けるのはどうかと思うが……祠にはいかなければならないし、ついでに少し見てくるだけだ。労力と時間はそんなに取られないはず。
「おっ、お師匠! いいの!?」
「いいも何も、お前が言い出したんだろ?」
「そうじゃなくてぇ!」
てっきり面倒事を引き受けたことに対して言っていると思っていたら、どうにもそうではないらしい。
フィノの態度に難しい顔をしていると、怪訝そうな顔をしてこちらを見つめる兵士たち。彼らの視線から逃れるようにユルグはフィノの腕を引くと森の奥へと入っていく。
「よくわからんが、何か不満があるのか?」
「だって昨日言ってた!」
歩きながら問うとフィノはつらつらと説明をしてくれた。
どうにも今の話は昨日のユルグが原因らしい。
「昨日……」
眉間に皺を寄せて考えてみる。
するとそれらしい記憶を思い出した。
「ああ、そういえば。言ったな」
「お師匠、すぐに出発するって言ってた」
街で一泊するか否かで昨夜はもめたのだ。
ユルグの強行は珍しくもないし、結局フィノが折れて従うことになったのだが……それが一転、報酬が上等な宿だったのだからこれにはフィノも驚いたのだろう。
「俺も考えを改めたんだ。休息は大事だろ」
『胡散臭いことをいう』
「うるさいな」
ミアの元に帰るまでまだまだ掛かる。すぐには終わらない用事だ。ここで無理をして身体を壊しては元も子もないとユルグは気づいた。
「とにかく、さっさと用事を済ませて街に戻る」
「うん!」
『何事もなければよいがなあ』
誰よりも張り切っているフィノと、心配性なマモンを連れてユルグは森の奥へと進んでいく。




