鶴の一声
一部加筆しました。
地下牢獄に入ると、出迎えてくれたのはルフレオンだった。
「やっと来てくれた! 待っていたよ」
彼はライエの訪問を待っていたかのように、笑顔で迎えてくれる。
よっぽど嬉しいのか。腕を広げて抱き着こうとしてくる彼に、ライエは半歩後退った。
そんなルフレオンの様子にライエは驚きつつも、仔細を尋ねる。
「どういうこと?」
「それはもちろん、君のことだ。きっと私の考えていることは君と同じだよ」
「それって……父の」
「うん。今までよく頑張ったね」
彼の一言を聞いて、ライエは目尻に涙を浮かべた。
その様子をみて、ルフレオンは優しく笑う。
二人の様子を、邪魔をしないように遠巻きに眺めていたフィノは微笑ましさに心が温かくなるのを感じた。
しかし、感動の場面であるというのにユルグはいつも通り。
「これ、俺たちが居る意味あるのか?」
「んぅ、そういうこといわない!」
『おぬし、本当に心が冷たいやつだなあ』
「間違ったことは言ってないだろ」
やっぱり不満げなユルグをフィノが何とか宥めていると、込み入った話をしていた二人がこちらを見た。
「私からも礼を言わせてもらいたい。今回のことではお世話になったからね。本当にありがとう」
「耳にタコが出来るくらい言われた台詞だな」
「怪我の具合はどうかな?」
「怪我なんてした覚えがないな」
「ははっ、それはよかった」
ユルグの返答にルフレオンは笑顔を見せる。
「今回のことは君たちが居なかったら、ここまで上手くいっていなかった。きっとサルヴァも礼を言いたいだろう。ついて来て欲しい」
慇懃な態度で頭を下げた彼に、ユルグは口を噤んで頷いた。
これ以上文句を言っても無駄だと感じたらしい。
師匠の背後でフィノは当たり前だと笑顔を向ける。
恩人たちの様子を見つめて、ルフレオンは歩き出した。
ライエは終始緊張した面持ちだった。
そんな彼女が開口一番、父親に向けて放った言葉はさもありなん、あらん限りの罵倒だった。
正座をさせられて、牢屋越しには仁王立ちで目を吊り上げて怒る娘。愛情故と分かっていても、当の本人には堪えたことだろう。
しかもそれを知らない他人に聞かれるのだ。公開処刑である。
「お見苦しい所を見せてしまった……」
牢獄から出してもらったサルヴァは皆に頭を下げた。
髪も髭も伸びきって顔もよくわからないが、人となりは良いのだろう。丁寧な謝罪を受けてはユルグも何も言えない。
けれどサルヴァの隣にいるライエはずっとグチグチ文句を言っていた。
「これに懲りたら、もう盗みなんてしないこと! 足を洗って静かに暮らすの。わかった?」
「骨身に染みているよ。危うく獄中で死ぬところだったんだ」
サルヴァは苦笑して、娘のお小言を黙って聞いている。
何とも微笑ましい状況だが、それに水を差すようにルフレオンが口を開いた。
「あの、サルヴァ。少しいいかな?」
「うん?」
「今回、こうして君を釈放したわけだけど……その、とても言い難いんだが……保釈金ありきの措置なんだ」
国の制度でそうなっているんだと彼は申し訳なさそうに言った。
「ふむ……して、その保釈金の額はいくらだ?」
「グレンヴィルが君に課していた刑罰は死刑の次に重いものだ。それの保釈金だから、十万ほどだなあ」
「十万!?」
ルフレオンの告白に、この場にいる皆は固まってしまう。
十万ガルドなんて超大金、一生かかっても用意できる金額ではないのだ。グレンヴィルの連中はそもそも釈放するつもりがなかったともいえる。
「前はそんな大金じゃなかったじゃない!」
「君に馬鹿正直にそんなこと言えるわけないだろう?」
彼の一言にライエは沈黙した。
ルフレオンの気持ちを知ってまで責める気はないようだ。
「んぅ……どうしよう」
「私が皇帝陛下に進言してみるよ。聞いてくれるかは分からないけど」
「――その必要はない」
突然のユルグの発言に、皆の視線が集まる。
彼はサルヴァを見つめて、続けて言い放った。
「サルヴァって言ったな。アンタはもう自由の身だ。どこにでも行ってしまえ」
言いながら、ユルグは懐を漁るとある物を取り出す。
「――って、こいつには書いてあるな」
確認してみろと、それをルフレオンに手渡した。
「これ、皇帝陛下からの書簡じゃないか!?」
いつの間にそんな話を付けていたのか。
ユルグはアリアンネからサルヴァの保釈条件を撤回してもらっていたらしい。
これにはフィノもマモンも、皆が驚いた。
「お師匠!?」
「言っとくが、俺が頼んだ事じゃないからな。あの皇帝陛下が気を利かせてくれたってだけだ」
あくまで自分じゃないと言い張るユルグに、フィノはほくそ笑んだ。
どこまでが本当なのか。それは本人にしか分からないが、ユルグはそういうことにしたいらしい。
なら弟子のフィノもそれに倣うとしよう。
「んぅ、なら仕方ないね」
「そうだ」
だから礼を言うなら皇帝に言えとユルグは語る。
相変わらずの師匠の様子にフィノとマモン以外の皆は困惑しているようだった。
「礼も報酬もいらない。急いでいるから俺たちはもう行く」
「いや、だがね……そうは言っても」
「そうよ。せめてこれだけは受け取って頂戴」
ライエは荷物から袋を取り出すと、それをユルグに差し出した。
フィノはそれを見たことがある。彼女が盗人に盗られて取り返していたものだ。
「私が今まで貯めていた保釈金。それなりに入ってるから旅費の足しにして」
「いや、いらな」
「――いいから!」
無理やりに押し付けられたユルグは困った顔をする。
有難いことだが、金が欲しいわけじゃない。断ろうとしたが、それをフィノに止められた。
「これ返したらずっと離してもらえないよ」
『諦めも肝心ということだな』
「……わかったよ」
渋々とユルグはライエからのお礼を受け取る。
もう少し嬉しそうにしたらいいのにとフィノは思ったが、それをこの人に望むのは間違っている。
「本当にありがとう。この恩はいつか返すと約束するよ」
「期待しないでおく」
握手を交わして、ユルグは先に外に出て行ってしまった。
それに慌てて師匠の後を追いかけるフィノの背中に、ライエは声を掛ける。
「フィノ、気を付けてね。またいつか、会いましょう」
「うん! じゃあね!」
笑顔で別れの言葉を告げると、フィノは足早にユルグを追いかけた。
地下牢獄の外に出ると、ユルグはフィノが出てくるのを待ってくれていた。
置いていかれるかもとは思っていなかったが、待ってくれているとも思っていなかった。
なんだかその事が無性に嬉しくなって、フィノは足速に師匠の元へと駆けて行く。
フィノの姿を確認すると、ユルグは先程渡された袋の中身を一度見て、あることを提案してきた。
「せっかくもらったんだ。こいつで馬車を手配しよう」
「いいの?」
「こういうのはあぶく銭っていうんだ。ケチっても良くないっていうだろ?」
「んぅ、そうなんだ」
『徒歩での移動がなくなったのは有難いな』
「お前はどっちでもさして問題ないだろ」
無意味な言い争いを聞きながら、一行は馬車の停留所へ向かう。
次の目的地は虚ろの穴がある祠――アンビルの街だ。




