素直じゃないひと
帝都に滞在して既に七日が過ぎた。
その間、フィノはライエの護衛。ユルグは怪我の療養に努めて――ついにその時が来る。
「ライエさんと貴女の母親である侍女の証言から、グレンヴィルの不貞が表沙汰になりました。おかげで彼らは貴族家の権威を維持出来なくなっています。呆気ないものですねぇ」
一行はスクラインの屋敷に集まっていた。客室のソファに各々座って居住まいを正す。
そんな中、エルレインはお茶を飲みながら所感を述べた。
貴族の威厳というのは彼らが威張って出来るものではないらしい。
他所からの信頼と評価。それが地の底まで落ちてしまえば、管轄している領地からの徴税だってままならない。
それが続いてしまえば皇帝に収める税も調達できず、やがて貴族の体面だって保てなくなってしまう。
今回の騒動で思い描いていた絵図の通りに事が進んだ、ということだ。
「彼らはこれからどうなるの?」
「没落してどこかに流れるでしょうね。少なくとも帝国には居られなくなるはずですよ」
ライエの疑問にエルレインはしっかりと答えてくれた。
けれどそれだと、いずれ彼女もその運命を辿ってしまう恐れがある。
「それなら、スクラインが没落してしまえばお前も危ういんじゃないか?」
「そこは皇帝陛下に取り計らってもらいますよ。一族を路頭に迷わすわけにはいきませんから」
一連の騒動はすでに結末は決まっている。
ユルグがアリアンネと交わした約束にエルレインは快諾した。この茶番が終われば貴族の称号を皇帝に返すということだ。
『なんというか、強かであるなあ』
マモンは呑気なことを言う。
魔王にとってはこのような権力争いなんて無縁だったろう。こうやって利権を争って他者を蹴落とすなんて滑稽に思えたかもしれない。
「それじゃあ俺たちの役目はこれで終わりだな」
「はい。今までありがとうございました」
「沢山お世話になっちゃったわね」
エルレインとライエは揃って頭を下げた。
「もう行っちゃうのよね?」
「んぅ、お師匠急いでるから」
ライエは残念そうな顔をした。
何か心残りでもあるのか。フィノとユルグの顔を見て、それから頭を振る。
「あの、最後に一つだけお願いがあるんだけど……」
「おねがい?」
「ええ。その……父と会うの、私と一緒に立ち合ってほしくて」
ライエの頼みは意外なものだった。
彼女はこれから会う父親との面会に立ち会ってほしいという。
「二人きりの方が良いんじゃないか?」
「五年ぶりに会うんだもの。話したいことは沢山あるのに、何を話していいか分からない」
だから一緒に居てほしい、ということだった。
しかし、というか予想した通り。ユルグはそれに難色を示した。
「ルフレオンに頼めばいいだろ」
「あっ、あの人は違うのよ!」
「なにが?」
「な、なにって……なんでも! なんでもなの!」
「……意味が分からん」
鼻を鳴らしてユルグはそっぽを向いた。
相変わらずの師匠の様子にフィノは苦笑して、ライエのお願いを承諾する。
「いいよ」
「ほ、ほんとう!?」
「うん。嬉しいことは皆で分け合った方がいいもん」
『うむうむ。その通りだ』
フィノとマモンが満足げに頷いているその横では、ユルグが険しい顔をして睨んでいる。
「勝手に決めるな」
「少しくらいいいでしょ!」
『血も涙もないやつだ』
グチグチと文句を言われて、ユルグは仕方ないなと嘆息した。
ミアには予定よりも遅れると連絡は入れたし、ライエの用事に付き合った所で数時間程度。誤差の範囲内だ。
「急いでいるのに、ごめんなさい」
「会いに行くんだろ。ならさっさと行こう」
「え、ええ……そうね」
ユルグがソファから立ち上がったところで、最後にとエルレインから言伝を頼まれた。
「ユルグさん。おじい様によろしく言っておいてくださいね。あの人はきっと顔も見せに来ないでしょうけど、死んだら訃報くらいは寄越せと私が文句を言っていたって」
「そんなんでいいのか?」
「いいんですよ」
彼女はエルリレオのことを嫌ってはいないが、それでも思うところはあるらしい。
過去に何かあったのか……ユルグには知れないが、これ以上は余計なお世話というものだ。
エルレインに別れを告げて、一行は帝都の地下牢獄へと向かう。
その道中――ライエはフィノにこっそりと耳打ちする。
「ねえ」
「んぅ、なに?」
「あなたの師匠、ヘンな人ね。意地悪なのか優しいのか分からない」
そういったライエの表情には笑みが浮かんでいた。
その笑顔をみて、フィノも嬉しくなる。
「お師匠、素直じゃないから」
「そうね。すこーし、素直じゃないわね」
「でもとっても優しいよ」
フィノの一言にライエは頷いた。
弟子の彼女が言うのだから、それは本当なのだろう。
二人が笑いあっているのを見て、ユルグは不思議そうな顔をしている。
彼女たちの話題の中心が自分であるとは夢にも思っていない様子である。




