嬉しい知らせ
誤字修正しました。
ユルグがミアの元を発って十日が経った。
最近は体調も良い日が続き、ミアはエルリレオの手伝いをしたりティルロットに織物を教えてもらったり……充実した生活を送っていた。
皆はミアを心配して寝ていろというが、朝から晩までベッドに横になっているのは暇で仕方ない。
それをエルリレオに訴えると、身体に負担の掛からないことならばやってもいいとお墨付きをもらったので、毎日こそこそと作業をしているのだ。
そして、この日――彼女に嬉しい知らせが二つ届いた。
「たっだいまぁ!」
温かい室内でミアが織物をしていると街に行っていたカルロが戻ってきた。
彼女はミアの使いでエルリレオに薬草から作った薬を届けてくれていたのだ。
彼に師事してだいぶ経った。薬師の仕事も慣れてきて、ミアが作った薬を卸して収入を得るまでになっている。
今のミアにはやりたいことがあった。それもあの二人が用事を済ませている内でないと出来ないこと。なので無理はしていないが、黙って寝ている場合ではないのだ。
「おかえり」
「おじいちゃんからミアの薬の売り上げ、貰って来たよ」
「ありがとう」
ミアが作った薬はエルリレオが管理している売り場に置いてもらっている。薬師としての技術も教えてもらったし、売り上げの四割を彼に渡すことにしていた。
エルリレオはいらないというが、そこはミアが譲らなかったので渋々ではあるが受け取ってくれている。
渡された袋から、いくらか取り出すとミアはカルロにそれを渡した。
「はい、これお駄賃」
「えっ、いいの!?」
「うん。いつもお世話になってるし、とっても助かってるんだから。それでお酒でも買っておいで」
「うっ……なんだか私が酒飲みのクズに思えてくる」
「当たらずとも遠からずってところ?」
「やめてよもう、恥ずかしいじゃん!」
どういうわけか、カルロは少しだけ顔を赤らめて項垂れた。
今更な気もするな、なんて思いながらミアは止めていた作業を再開する。
「それ、結構出来てきたね」
「これならフィノが戻ってくる前には出来そう」
「私は手先が器用じゃないから、逆立ちしても出来ないなあ」
ミアの手元には作りかけの襟巻があった。
途中まで編まれたそれは出来上がってから染めるのだという。染料も街で買い付けて準備は万端なのだとミアは張り切っている。
「あっ、そうだ!」
「なに?」
「ミアに届け物があったんだ!」
カルロは叫ぶと懐をまさぐる。
届け物なんてミアには覚えがなかった。呆けていると、カルロはある物をミアに渡す。
「じゃーん! お手紙です!」
「……手紙?」
カルロが取り出した手紙は二つあった。
差出人を見ると、一つにはユルグの名前が書かれている。そしてもう一つには――
「ティナからだ!」
「だれ?」
「ともだち!」
ミアの元に届いたのはユルグとティナからの手紙だった。
予想外の嬉しい事態に、さっそく手紙の内容を確認する。
ティナからの手紙は彼女の近況報告だった。
以前会った時は心配をかけたこと。
今でもアリアンネの傍で元気にやっていること。
落ち着いたらまた会いに行きたい――最後はその一文で締められていた。
「ティナ、元気にやってるみたい。よかった」
あの時ティナと別れてから、口には出さないがずっと心配していた。
今のミアでは会いに行けないし、アリアンネは皇帝になったというし。気になっていたのだ。
「あとで返事書かなくちゃね」
彼女に報告したいことは山ほどある。
ティナの身辺も慌ただしいが、こちらも色々あったのだ。きっと驚かれるに違いない。
ティナからの手紙を置いて、お次はユルグの手紙を取る。
友人からの知らせにも驚いたが、ユルグからこうして手紙が届いたことにもミアはびっくりだった。
だって勇者として旅立ったあと、彼からは手紙の一つも届かなかったのだ。
どこで何をやっているのかも。無事なのかも何も分からない。ミアがユルグの近況を知れるのは、彼が故郷の村を来訪した時だけ。
そんなユルグが、今回手紙を寄越した。
その事にミアは嬉しさもあるが、どこか緊張もしていた。
「ねえ、何書いてると思う!?」
「目の前に手紙あるんだから読めばいいじゃん」
「だって、心の準備が出来てない……」
「はぇ?」
ミアの様子にカルロは口を開けて呆然とした。
いつものミアからは想像も出来ない態度だ。
「心の準備って、ただの手紙だよ?」
「そうか……そうよね」
ミアは納得したように頷くと、封書を開ける。
それを読み始めたかと思えば、途端に笑顔になった。
「ふっ――なにこれぇ」
「なになに!? なんて書いてあったの!?」
笑いながらミアは手紙をカルロに見せた。
そこに書かれていたのは、ただの近況報告だった。
「これ……報告書?」
率直な意見を言うと、ミアは笑いを堪えながら頷く。
「あの人、手紙書くの下手みたい。だから今まで一度も手紙くれなかったのね」
「これみたら納得だよ。帰ってきたらからかってやろーっと」
手紙もとい、報告書の内容は実に簡潔なものだった。
今いる場所と、戻るのが当初の予定よりも大幅に遅れてしまうかもしれないこと。それについての謝罪。
それと、ついでというようにフィノについてもちらほらと書かれている。
とっても味気ない内容にミアは少しだけ悲しくもなる。
ここにはミアが欲しかった言葉が一つも書かれていない。そのことに溜息を吐きそうになって――
「あれ?」
封書の中に、もう一枚の紙を発見した。
ユルグの文字で書かれているそれに、ミアは目を通す。
そこにはミアが欲しかったものが書かれてあった。
元気にしているか。体調はどうか。無理はしていないか。
つらつらと書かれている内容は、どれもミアを心配するものばかりだ。
そして最後には、はやく会いたいという言葉で締められている。
「なに?」
「手紙、もう一枚入ってた。でもこれはカルロには見せられないかな」
「むっ、気になるなあ」
「たぶんこれ、私だけに見てほしいと思うから、うん。やっぱりダメ」
手紙をしまうとミアはそれを大事そうに戸棚にしまう。
彼女の嬉しそうな笑顔を見て、カルロは何が書かれていたか察してしまった。
「なら仕方ないか。後でお兄さんに聞こうっと」
「それ、ユルグ怒らないかな?」
「怒るっていうか、絶対答えないだろうね」
容易に想像がつくとカルロは笑う。
「んじゃあ、私はお酒でも買ってこようかな」
「待って。私も一緒に行ってもいい?」
「いいけど。何か買い物なら買ってくるよ?」
カルロが気を利かせるもミアはそれにかぶりを振った。
「えっと……昨日から商人が来ているって言ってたじゃない」
「うん? ああ、そうだね。他所の街から来てるやつね」
「その、欲しいものがあって。指輪、なんだけど」
ミアの言葉でカルロはピンときた。
彼女が何のためにお金を稼いでいるのか。その理由を知っているからだ。
「あー、そういうこと! お兄さんが帰ってくる前に用意しておきたいってやつだ!」
「うん。麓の街にはそういうお店ないじゃない。これを逃したら次いつ来るかわからないし」
「いいよ。そーいうことなら私も付き合ってあげる!」
誰よりも張り切ったカルロはミアの腕を引いて、出掛ける支度をする。
楽しそうな友人の笑顔に、ミアは釣られるように微笑んだ。




