突き動かすもの
フィノたちと別れて、ユルグは帝都ゴルガの王城へ赴いていた。
姿を隠しているマモンも一緒だ。
門衛にかくかくしかじか――皇帝との謁見を申し出ると、彼は慌てた様子で駆けて行った。
「……さて、どうなるかな」
『今のアリアンネは予想がつかん。用心するに越したことはない』
「今って、前も予想は付かなかっただろ。あの破天荒」
『う、うむ……そうであったな』
ユルグの指摘にマモンは口籠った。図星というやつだ。
昔のアリアンネ……ユルグたちと共に旅をしていた時の彼女だってそれはもう扱いに困った。きっとそれは彼女とすこぶる仲が悪かったユルグに限りだろうが。
「まあいい。今回は交渉に来ただけだ。余計な話をするつもりはない。相手の考えが読めない段階では沈黙が金ってことだ」
『異論はないよ』
独り言のようにマモンと話していると、門衛が戻ってきた。
勇者が来たと知らせたら皇帝は謁見を許可したらしい。
ここまですんなりと事が運んだことにユルグは訝しんだ。
アリアンネが話し合いに応じるということは……あちらにも何かあるのだろうか? 考えすぎかもしれないが、少し気になる。
「一応、お前のことを聞かれても適当にはぐらかすことにする。明らかな地雷を踏みぬく意味もないからな」
『それがいいと己も思う』
門衛に従ってユルグは城内に足を踏み入れた。
すると見知った人物が声を掛けてくる。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
話しかけてきたのはティナだった。
彼女は門衛からユルグの案内を引き継ぐとゆっくりと歩き出す。
「アリアンネと一緒に来た時以来か?」
あの時から数か月経っている。
しかし目まぐるしく変化していく世界の情勢に、ついこの間会っただろ、なんて言葉は出てこなかった。
「今回はお一人なのですね。てっきりフィノも一緒に来ていると思っていました」
「あいつとは別行動だ。帝都には来てるよ」
「そうですか」
ティナは楽しそうに笑みを浮かべた。
柔らかなそれは昔を懐かしんでいるようにも見える。
きっと彼女は今までずっとアリアンネの傍に居たのだろう。
先代の皇帝が亡くなった時も。主人が皇位を継いだ時も。片時も離れなかったはずだ。
世界もそうだが、彼女の周りだって忙しなく変化していた。けれどティナはこうして笑えている。
なら、今のところは大丈夫なのだろう。
「ミアは元気にしていますか?」
「ああ、元気にしてる。でも……」
「……でも?」
「ティナのことをすごく心配していた。俺に何とかできないかって頼むほどだ」
苦笑して言うと、ユルグの話を聞いたティナは立ち止まり、驚きに瞠目した。
「そうですか……ミアが。なんだか余計な心配を掛けたみたいですね」
「あいつは余計なんて思ってない。だから元気なら手紙の一つでも出してやってくれ」
あれ以来、ミアは言ってこなかったがきっとすごく心配しているはずだ。
ユルグから元気だったと伝えるのも良いが、本人からの知らせをもらった方がミアも安心できるだろう。
ユルグの提案にティナは嬉しそうに微笑を浮かべた。
「わかりました。そうさせてもらいます」
彼女は快諾してくれた。
それを聞いて、ユルグはミアの顔を思い浮かべる。きっととても喜んでくれるはずだ。
無意識のうちに笑っていたのか。
ユルグの表情を見て、ティナは意外なものを見たと驚く。
「少し変わりましたか?」
「え?」
「なんだか……雰囲気が柔らかくなったというか。優しくなりましたね」
「そうか? 自分では気づかないもんだな」
「貴方を見ていると分かります。今のミアはとても幸せ者ですね」
答えて、ティナは歩みを再開する。
「お前はどうなんだ?」
「私ですか?」
「色々あったんだろ。ミアが心配するほどのことだ。それに、アリアンネのこともある」
「貴方に心配されるとは思っていませんでした」
歯に衣着せぬ物言いをして、ティナは語ってくれた。
「そうですね……お嬢様。いえ、皇帝陛下には無理をいってお傍に置いてもらっています。あの方がどうであっても、私のすることは変わりませんから」
「それなら安心だ」
目の前にいるティナはユルグの知っている彼女だった。
アリアンネがどう変わろうが、彼女の気持ちは変わらない。
並大抵の決意では成し遂げられないことだ。これほど意志の強い者をユルグは知らない。
しかしそれこそが、ティナという人物なのだ。




