旧知の縁
話がひと段落したところで、一行は帝都にあるスクラインの屋敷へと赴いた。
アポなしの訪問であったが、ライエの姿を目にした彼らはすぐに通してくれた。フィノとマモンはそれにほっと安堵していたが、ユルグだけは警戒心を弱めない。
油断させておいて危害を加えることなんて、こういったお貴族様は平気でやるものだ。
客室に通された四人はそれぞれソファに座ってほっと一息。
『すんなり入れたではないか』
「んぅ、上手くいきそうだね」
「ならいいけど……」
呑気に話している会話を聞いて、ユルグは苦い顔をする。
「お師匠、大丈夫? 顔色わるいよ」
「お前らは気を抜きすぎだ。もっと警戒しろ」
『そういわれてもなあ』
「んぅ……」
ユルグが注意しても、二人はいまいち緊張感に欠けている。
こんなんで大丈夫なのかと心配していると、部屋のドアがノックされた。
「お待たせしました」
入ってきたのはエルフの女だった。
身なりの良さからしてそれなりの地位についているだろうとユルグは邪推する。
――が、その彼女がスクラインの現当主というではないか!
「スクライン当主、エルレインです。お見知りおきを」
挨拶をして、彼女はどうしてかユルグに向かって手を差し出した。
それに疑問を抱きながらも応えると、どういうわけかエルレインはユルグの手を握って放さない。
「あの……放してくれないか?」
「その前に私の質問に答えてもらえますか?」
「質問?」
「あなたはあの勇者様で間違いないですか?」
微笑を浮かべて、エルレインは問う。
ユルグにはどうして彼女がこんなことを聞くのか、理解できなかった。おそらくフィノもマモンも同じ気持ちだろう。
「どこかで会ったこと、あったか?」
「直接はお会いしたことはありませんね。でも、三年ほど前でしょうか。お仲間と共に皇帝陛下に謁見された時、私もあの場に居たのですよ」
エルレインの話にユルグは記憶を辿る。
彼女が言っているのは、グランツやカルラ、エルリレオと共に旅をしていた頃の話だ。
確かにあの時、皇帝ジルドレイに謁見した覚えがある。しかし、彼女の姿はユルグの記憶には一切ない。話した覚えもないし……だから尚更、奇妙なのだ。
「それが?」
「その時、おじい様にお会いして、あなたの話も聞いたのです。私と同じでまだ年若いのに頑張り屋な弟子がいるって」
「おじい様……?」
彼女の話を聞いて、ユルグはある予感を覚えた。
「もしかして、エル……エルリレオのことか?」
「そうです!」
「ってことは……」
「おじい様はスクラインの先々代当主を務めていました。とても立派な方ですよ」
エルレインの告白にユルグは目を見開いた。
エルリレオの年齢を見れば嘘とも言い切れない。けれど、彼からそんな話は一度も聞いたことがなかった。
そんなにすごい人物だったとは、驚きである。
「そういえばエル、孫がいるって言っていたな」
だからユルグのことも放っておけないのだ、と言われたこともあった。
しかし、そんな経歴があるならなぜ秘密にしていたのだろうか?
『あのご老体、やはり只者ではなかったか』
感心したように呟くマモンを他所に、ユルグはエルレインに尋ねる。
「何か俺に用事でもあったのか?」
「いいえ。ただ、どんな人なのか興味があったのです」
柔和な笑みを浮かべて彼女は握っていたユルグの手を放した。
ユルグはそこであることに思い至った。エルリレオはユルグと別れてから、ずっとあの場所にいる。もしかして、彼女は彼がどこにいて、何をしているのか。知らないのではなかろうか。
しかし、そんなユルグの心配事も杞憂に終わる。
「少し前に私の元におじい様から手紙が届きました。何でもすでに魔王討伐の任から解かれてご隠居なさっていると。だからお弟子さんのあなたに何かあったら助けてやってくれと……」
「なるほどな」
ユルグの知らないところで色々と気を遣わせてしまっていたようだ。戻ったら礼を言わなければ。
「それにしても、ユルグさんが今回の騒動に関わっているとは思いませんでしたよ。奇妙な縁もありましたねえ」
愉快そうに笑って、エルレインはライエを見つめた。
「あなたのことは風の噂で聞いています。グレンヴィルの凶刃から護ると約束しましょう」
「ありがとう。助かるよ」
彼女は快く承諾してくれた。
予想していたよりもあっさりと事が進んでしまった。嬉しいことではあるが、なんだか拍子抜けだ。