口ほどに物を言う
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ユルグに任命されたマモンは突然のことに呆けて固まった。
『お、己が行くのか!?』
「お前以外に付き添える奴がいないからな。消去法でそうなる」
『ううむ……』
しかしマモンは渋っていた。
彼の懸念はずばり、アリアンネのことだ。
貴族が絡んでくるとなると、もしかすれば皇帝も出張ってくるかもしれない。もちろんマモンは彼女に会いたくないわけで、そういった状況になるのではないかと不安視しているのだ。
『――という状況にならないだろうか』
「知らん。考えすぎだろ」
「んぅ、大丈夫じゃない?」
『……はぁ』
二人とも楽観的なことしか言わない。そのような態度を見てマモンは大きく溜息を吐いた。
しかしユルグが動けない今、仕方ない状況である。マモンは不満を飲み込んで大人しく頷いた。
『分かった。交渉役は任せてくれ』
「もしそうなったら、尻尾巻いて戻ってくるといい」
『ぐぬっ、馬鹿にしおって……!』
ユルグの質の悪い冗談にマモンはそっぽを向いた。
しかし言葉の裏にはほのかに気遣いが滲んでいるとフィノは感じた。
いつも軽口を言い合っている二人だけどそれなりに信頼はあるのだ。ただそれを言葉に表すのがすこーし苦手なだけ、だと思いたい。
「すぐに行く?」
「そうだね……早い方が良いはずだ。あちらもライエを探しているようだったから、門前払いということはないはずだよ」
ルフレオンの言葉に、そういえばとフィノは思い出す。
スクラインとアングラ―ド。ふたつの貴族がライエを探していたのだ。揃って、ということは二つの貴族家は結託している可能性が高い。
それを皆の前で話すと、フィノの話を聞いたユルグは考え事をしながら顎を擦った。
「もし仮にそうだとして、こちらから話す内容は相手の出方を見てからだ。こちらの意図に反している場合、裏目に出る可能性もある」
『相手の目的を聞いてから、ということだな?』
「そうだ。もしどちらかがグレンヴィルと繋がっていたら確実に邪魔が入る。優位を取っているのは俺たちだ。それを忘れないように」
釘を刺すとマモンは珍しく弱気な発言をした。
『ううむ……心配になってきた。己が交渉役で本当にいいのか?』
「マモン、怖いの?」
『怖いというか……こういった交渉事は経験がないものでな。不安なのだよ』
「フィノも同じだよ」
「私も。貴方だけじゃないから大丈夫よ」
不安がるマモンを二人が慰める。
その傍でユルグはルフレオンに質問した。
「聞きたいことがある」
「何かな?」
「グレンヴィルを排除したあとは、あの貴族どもはどうするつもりだ? まだ二つ残っているだろ?」
アリアンネは三つある貴族を一つに減らすという。
ならば、今回のことが片付いても彼らに平穏は訪れないわけだ。
「おそらく残ったもの同士で潰し合うだろうね。私の予想ではスクラインが生き残ると思ってるよ」
「なぜだ?」
「彼らは皇家と縁が深いんだ。もっとも懇意にしていたのは先々代とだけど、他の貴族家とは信頼度が違う。他人と友人なら後者を取るだろう?」
「縁が深いって、外戚とかか?」
「いいや。そういうものだとは聞いていない。確か……当時のご当主が皇帝直属の機関で魔法の研究をしていたとか、だったかな」
ルフレオンもそれについては詳しくないのだという。
魔法の研究と聞いて思い出すのはユルグの師であるエルリレオのことだった。彼も魔法研究に人生をかけていたと聞いている。もしかしたらスクラインのその者とは知り合いだったのかもしれない。
「なら勝ち筋の見えているスクラインに付くのが正解だな」
「うん。けれど逆を言えば彼らはそれだけ妨害を受けやすいとも捉えられる。アングラ―ドがスクラインと本当に手を組んでいるかは怪しいところだ」
ルフレオンの話を聞いて、ユルグは慰められているマモンを見つめた。
(とっても不安だ……)
そこでユルグは考える。
この交渉が失敗したらライエもだがこちらも不利な状況になってしまう。怪我もあるしすぐには動けないとはいえ、これ以上余計な時間をかけてはいられない。
逡巡したのち、ユルグは彼らに声を掛けた。
「やっぱり俺もついて行く」
『ぬぅ、嬉しいが……』
「お師匠、怪我は? だいじょうぶ?」
「あまり無理しない方がいいわよ」
「君が付いてくれるなら心強いが……」
散々心配されながらユルグは頷いた。
「激しく動かなければ大丈夫だ。薬も効いてるし、少しなら動ける」
この三人だけ向かわすのは待っているユルグの心労がたたる。気が気ではないというやつだ。
だから多少の無理を推してもついて行くべきだとユルグは考えを改めた。
彼の意見を聞いて、三人は満場一致で快諾した。
フィノも渋々であるが反対はしなかった。疑問には思ったが、きっと彼女も不安だったのだとユルグは気づく。
相手はあの貴族だし、どうせハーフエルフだなんだと難癖付けてくるに決まっている。フィノはそういうのは気にしていないというが、だからと言って暴言を吐かれるのは嫌な気持ちにはなるはずだ。
「その代わり、頼みがあるんだが」
「なに?」
「その……とっても不本意なんだが。歩くのが億劫でな。出来れば背負ってもらいたい」
ユルグからの頼みを聞いて、フィノは目を丸くした。それに驚いているのはマモンも同じだ。
どうせ二人とも思うことは同じである。何も言わせないと、ユルグは先に口を閉じさせる。
「からかうのも、これについて何か言うのも無しだ。わかったな?」
「んぅ、いいけど……」
『了解した』
口は封じたが……フィノはにやりと笑ってマモンと顔を見合わせた。




