幕間:夢の果て
食事の席でグランツは酔っ払うといつも講釈を垂れていた。
その日も例にもれず、酒場で食事をしていた一行はオッサンの長話に付き合わされていたのだ。
「おい、お前ら……ちゃんと聞いてンのか?」
「酔っ払いの話は長いのよ」
酒を飲み干してグランツは皆の顔を見回す。それに不満たらたらなカルラは躊躇なく文句を言う。
「人生まだまだ長いんだ。夢を持って生きなきゃなんねえ。そこんトコロ、お前らはまっっったく分かっちゃいねえんだよ!」
「儂のような老いぼれに夢など言われてものう」
「じいさんじゃねえよ。こいつらだ!」
そう言ってグランツはユルグとカルラを指差す。
「夢だってぇ~青臭いんだから。ガキじゃあるまいし」
「うーん……夢か」
カルラは適当に流したが、ユルグはそれについて真剣に考えてみた。
村を出て二年目、今まで我武者羅に頑張ってきたユルグには夢と問われてもピンとこない。唯一即答できそうなものはこれしかなかった。
「俺は魔王を倒す、かな」
「ばっかやろう! それはやらなきゃいけないことだ! 夢なんかじゃねえ」
「ええ……ダメ?」
「夢っていうのはだな。それを叶えた果てに幸せがあるかどうかが大事なんだ」
「へえ」
グランツの高説にユルグは適当に相槌を打つ。
あまり意味が分かっていなかった。けれど他の二人はユルグとは違う反応をしている。
「こやつの割には良いことを言う」
「ほんと、意外よね」
「お前ら、それ褒めてねえだろ」
まあいい、とグランツはユルグへと向き直った。
彼は酒の入ったマグを持って、饒舌に語る。
「俺は国じゃ誰よりも強い武人だった。サシの勝負なら誰にも負けたことはねえ。俺の昔の夢はな、誰よりも強くなることだったんだ」
「それじゃあ夢は叶えられたってことだ」
「まぁな。でもよ、そうなってみるとこれがまっっっったく楽しくねえ。だってよ、俺に勝てる奴が誰もいねえんだ。ほんと退屈だぜ?」
グランツの強さはユルグも良く知っている。
彼がサシでやったら負けないというのも嘘ではなく本当のことなんだろう。そんな彼が、強くなっても退屈で仕方ないという。
「だからよ、俺は別の夢を叶えることにしたんだ」
彼は楽しそうに笑みを作って宣言する。
ユルグはグランツの話を聞いて興味津々だった。けれどそれにテーブル向かいの二人は水を差してくる。
「オッサンの夢の話なんて聞いてもなーんも楽しくないわよ」
「よりによってこやつだからなぁ……あまり期待はせんことだ」
聞く前から分かりきっているとでもいうように二人は言う。
しかしそんな二人を無視してグランツは語りだした。
「俺の夢はな……死ぬまでに百人斬りを達成することだ!」
声高に語ったグランツの夢を聞いて、三人は呆然とした。
ユルグを除いた二人は、汚らわしいものを見るような目でグランツを見つめている。それの意味に気付いていないのはユルグだけだ。
「あ、アンタねぇ……」
「呆れてものも言えんわ」
深い溜息を吐く二人を見て、ユルグは怪訝がる。
「俺は本気だぜ? この間、やっと半分いったんだ。このままいきゃあ、死ぬまでには達成できる!」
「それまで元気だと良いわね。心底どうでもいいけど」
素っ気なく言い放ってカルラは食事を再開する。肉を頬張っている横で、エルリレオは伸びきった髭を撫でつけて一言。
「まあ、いざとなったら薬もあるしのう。エルフの滋養薬はとびっきり苦いのでな」
笑って言うエルリレオに、ユルグはますます意味が分からなかった。
二人にボロクソに言われたグランツだが彼は少しも気にしていない。
「せっかくの人生だ。楽しまねえと損だぜ?」
笑って酒を浴びるほど飲む。今でも充分楽しそうだ。
その様子を見つめて、ユルグはあることを考えついた。
「グランツ、それって千人じゃダメなの?」
「はあ?」
「俺の師匠は誰にも負け無しで強いから、百人斬りはすぐに出来るだろ? だったら千人斬りくらい余裕だと思うけど……」
人生経験が乏しいユルグは盛大な勘違いに気付かなかった。
彼は言葉を額面通りに受け取ってしまったのだ。そしてその間違いに気づいていない。
大人の邪な汚い欲望を、純粋な賛辞で塗り潰してしまった。
「おお、いいなそれ! そうしよう!」
弟子の勘違いに気付いているのかいないのか。グランツはそれを聞いて大仰に笑う。
それに慌てたのはカルラだった。
「ユルグっ、あんた馬鹿なの!? こいつの金遣いがもっと荒くなったらどうすんのよ!?」
「えっ! な、なにが!?」
「はあぁ、触らぬ神に祟りなし。儂は先に抜けさせてもらうよ」
エルリレオは席を立つと止める間もなく店から出て行ってしまった。
残されたユルグはカルラから責められ、グランツに絡まれまくる。地獄の時間を過ごす羽目になったのだ。




