檻の中の怪人
「あの子たち、大丈夫だろうか……」
拘置所へと向かう道すがら、ルフレオンは険しい顔をしながら独り言を零す。
あの瞬間、ルフレオンにはライエを助けてやれる力はなかった。もしあの場で逆らっていたら看守の立場を失っていただろう。そうなればサルヴァとの接点が消えてしまう。それだけはどうしても阻止したかった。
そんな折、フィノがライエを連れて逃げてくれた。
おかげでルフレオンは自由に動ける。押し付けてしまったのは申し訳ないが、とても助かった。
「あとでお礼を言わなければ……その前にあの子を探さないと」
盗人を拘置所まで連行したルフレオンはその足でライエを探しに行く――つもりだったが、邪魔が入った。
「そこの君、立ち合いをお願いしたい」
「は、はい」
声をかけてきたのは上官だった。彼は牢の鍵束を持ってルフレオンを引き留める。
「立ち合いとは?」
「上から牢番十四の囚人を釈放せよと命が入った」
「急ですね。誰の決定ですか?」
「さあな? 守秘義務は守らねばならん」
上官はルフレオンの質問にしらを切った。
彼の態度に何か裏があると疑ったルフレオンは――しかし、上官の命令には逆らえない。
鍵束を受け取り、十四番目の牢へと向かう。
「んんー? なんだあ?」
牢の前へ行くと、囚人の男は目を細めた。
この男の情報はルフレオンも齧っている。確か……無銭飲食で捕まった奴だ。そのあと、捕らえに来た治安部隊を十人も治療院送りにした、というおまけ付き。
話も通じるし、大人しい部類には入るが……暴れたら手が付けられない相手だ。そんな男がこの場所に大人しく入っているのは、タダ飯が食えるし楽が出来るからだと笑って話していた。
「なに?」
「釈放だ。出てこい」
「いきなりだなあ。まだ今日の昼飯食ってないんだけど、それ食ってからでもいいか?」
「ダメだ」
「なんだよ、ケチくせぇな」
ブツブツと文句を言いながら男は牢から出てくる。
目の前に立たれるとその大きさにルフレオンはたじろいだ。二メートル近くある巨体に、鍛え抜かれた肉体。
こんなものに暴れられたらと思うとゾッとする。
緊張に生唾を飲み込んだルフレオンは、彼の手に嵌めていた手錠を解く。窮屈から解放された男は大きく伸びをして、それから二人を見据えた。
「んで、これはなに?」
「上から通達があった。恩赦を与える。条件付きだがね」
「オンシャァ?」
上官は男に書面を渡した。それに目を通した男は、ニッと笑顔になる。
「了解! 面白そうだからやってやるよ」
「これ以降、我々は関知しない。好きにしろ」
「よっし! 久々のシャバだ!」
スキップしそうな勢いで男は外へと出て行った。
その後姿を見送って、ルフレオンは言い知れぬ不安を覚える。
「君、ここで見たものは忘れたまえ。いいな?」
「は、はい」
「それでは、私はこれで失礼するよ」
「ご苦労様です」
上官を見送って、ルフレオンは先ほどの男の事を思い出す。
顔面に斜めに走る傷跡……その他に見えた手も傷だらけだった。それにあの巨体だ。治安部隊を相手に暴れられるほど奴は手練れであるのだろう。
実力は未知数であるが、アレが暴れないことを祈るしかルフレオンに出来ることはない。
「そうだった。早く探さないと!」
呆けていたルフレオンは踵を返すと急いでライエを探しに出る。
とにかく一度先ほどの現場に戻って行方を探らなければ。闇雲に捜し歩いても広い帝都では見つからない。
もたもたしていたら取り返しのつかないことになる。
「……っ、無事でいてくれよ」
不安を払うように、ルフレオンは帝都を奔走する。




