刑吏と義賊
――アルディア帝国、帝都ゴルガ。
国内最大の都市であるここには、犯罪者も多い。それを管理している地下牢獄に、一人の男が入っていった。
「お疲れ様です」
「おう、ルフレオン。おつかれ。もう交代の時間?」
「はい。何か変わったことはありましたか?」
刑吏の制服を纏った男――ルフレオンは同僚に引き継ぎ内容を尋ねる。
すると同僚は笑ってかぶりを振った。
「いいや、大人しいもんだよ。いいよなあ、お前の担当は物静かで」
「ええ、とても助かっています」
「この地下牢は凶悪犯ばっかりだっていうけど、あいつら皆こんなだと有難いんだがなあ」
ブツブツと文句を言って、同僚は退勤していった。
それを見送ってルフレオンは件の囚人の元へ行く。
「サルヴァ」
「ああ、君か」
サルヴァと呼ばれた男はにこやかな笑みをルフレオンへ向けた。到底、この場所に収監されている囚人とは思えない。
「今日もお勤めご苦労様」
「囚人に労われるなんてなあ。可笑しな状況だよ」
はははっ、と笑ってルフレオンは椅子を引くと座る。
刑吏の仕事といっても牢に入っている囚人の監視や食事の世話くらいで、基本的には暇なのだ。
だからこうして話し相手が欲しくなる。
問題を起こさない模範囚であるサルヴァはルフレオンの暇つぶしにはうってつけだった。
「最近は外で何か新しいことはあったかい?」
「そうだなあ。ああ、最近だと皇帝陛下がお亡くなりになった。即位したのはあの皇女様だ。とてもしっかりしたお方だよ」
「そうか……これでこの国が少しでも良くなると良いんだがね」
しんみりとした面持ちで語るサルヴァに、ルフレオンは興味本位であることを尋ねた。
「サルヴァは義賊をやっていたと言っていただろう? やはりそれは世直しのためか?」
「ははっ、世直しなんて大それたことは考えちゃいないよ。私一人が何をしたって何も変わりはしないんだ」
「ではなぜあんなことを?」
ルフレオンの質問に、サルヴァは口を噤んだ。
それを見据えて、ルフレオンは質問を変える。
「最近、君に会いたいと言う娘が訪ねてくるんだ。まだ年若い、ハーフエルフの娘だよ」
「……それは、」
いつも物腰が柔らかい彼が少し動揺している。
それを察したルフレオンは、話を続けた。
「知っての通り、君の身柄はグレンヴィルが押さえている。どれだけ金を積まれようが、彼らは君をここから出すことはしないだろう」
「……」
「しかしだ。どうして彼らが君相手にここまで躍起になるのか。私には理由が知れないんだ」
「これは尋問の真似事かな?」
「ただの暇つぶしさ」
はあ、とサルヴァは溜息を吐いた。
「その娘にはなんて?」
「面会は出来ないと追い払っているよ。それでも頻繁に来る。私が対応しているから良いが、他の者では邪血であると疎まれてしまうかもしれない」
「……もう来るなと伝えてくれないか?」
「私が何か言っても素直に聞くとは思えないな」
「そうか……そうだね」
半ば諦めたようにサルヴァは項垂れた。
落ち込んでいるであろう彼に、ルフレオンはごほんと咳ばらいをして語り掛ける。
「グレンヴィルは帝国三大貴族のうちの一つだ。しかし昔と違って今は落ち目。威張れるほどの権力は持っていない。それでも私のような刑吏が逆らえるような相手ではないね」
「良いんだ。すべて私の自業自得さ」
すべてを諦めたようにサルヴァは冷たい壁に向かって話しかける。
「……ここに収容される前、盗みに入ったのはグレンヴィルの屋敷だ。どうしても許せなかったんだよ。私の娘にあんな惨い仕打ちをして、それを忘れてのうのうと生きているあいつらが」
「結果、君はこうして捕まってしまった」
「ああ、だから自業自得なんだ。今となっては後悔してもしきれない。私は愚か者の大馬鹿野郎なんだよ」
彼の独白にルフレオンは言い知れぬ思いを抱く。
サルヴァが善人であることは身に染みて分かっていた。こんな場所に五年も閉じ込められるなんて可哀そうだ。同情だってしてしまう。
けれどルフレオンに出来ることは何もないのだ。
「君がこんな場所に囚われるような極悪人ではないことを私は知っている。犯した罪に対する罰があまりにも重すぎる。出来れば何とかしてやりたいが……私情を挟んでは刑吏として失格だなあ」
「その想いだけで充分だよ」
「新しい皇帝陛下に期待するのも、可能性としてはある。それかグレンヴィルの失墜。どちらもすぐにとはいかないね」
浮かぶ案はことごとく潰される。
こうしてあれこれ考えることも無意味なのかもしれない。
「一つだけ、君に頼みごとをしてもいいかな?」
「うん?」
「先ほど話していたハーフエルフの娘のことだ。私にわざわざ会いに来る物好きなんて、あの子……ライエ以外に考えられない。可能であれば私の代わりに気にかけてやってほしい」
「……私は純血主義のエルフかもしれないよ?」
脅し文句にサルヴァは静かに微笑んだ。
「私はね、人を見る目はある方なんだ」
「それは……答えとしては弱いかなあ」
苦笑をこぼしてルフレオンは仕方ないな、と頷いた。
「この仕事は楽なんだがすごく暇でね。それくらいなら頼まれてあげよう」
「ああ、恩に着るよ」
サルヴァに頼まれるまでもなく、ルフレオンは彼の娘――ライエを気にしていた。
未だ帝国はハーフエルフに優しい国とは言えない。皇帝が変わったからと言って、人々の差別までもがなくなるわけではないのだ。
だからこそ守ってやらなければ。




