いずれ訪れる時
――数日後。
商隊と共に出ていたカルロが村に戻ってきた。
今回も一月ほど留守にして、色々な場所をまわってきたのだろう。きっとそのついでにユルグの元へも顔をだしてきたはずだ。
フィノの予想は当たっていて、帰ってくるなり早々にカルロはフィノに会いに来た。
「ただいま~、っと」
「カルロ、おかえり」
「今回もまあまあな戦果だったよ。やっぱりあれを卸すのは正解だったね」
うはは、と笑ってカルロはテーブルの上に麻袋を投げる。
その中身は硬貨がぎっしりと詰まっていた。これだけあれば村の維持費を引いても結構なお釣りが来る額だ。
「ふむ、まさかここまで反響があるとは思っていませんでしたなあ」
それを見て、フィノの教育係をしているレルフは感嘆の声を上げる。
カルロの旅は何も道楽のためではない。
村の財政はお世辞にも良いとは言えず、隔絶された場所ゆえに収入源も限られている。それを打開しようと、今回ある試みを行ったのだ。
「あんなの他にはないからさ。みんな物珍しいってんで買ってくれるんだよ。こんなことならもっと早くに目をつけておくべきだったね」
強欲なことを言うカルロにフィノは苦笑を浮かべる。
彼女が話しているのは村の奥地にある巨木林のことだ。村はその入り口に位置しており、今まで人の手が入ったことはない。
フィノはずっとそれが気になっていた。なんせ、村の裏手に見上げるほどのでかい木が生えているのだ。けれど村の皆は気にもせずに暮らしている。こんなの気にならないわけがない。
そこで作業の合間、暇を持て余していたフィノが探索をしてみるとあるものを発見したのだ。
「商品にはもう少し手直しが必要でしょう。保存方法も見直したほうが良い。繊細なものですから、それだけ劣化するのも早い」
うんうん唸っているレルフの手元には液体の入った瓶が並んでいた。
これらは巨木から取られた樹液が詰められている。甘い蜜とそれを酸化させて作られた酒である。
フィノが探索に出た巨木林は広大だった。しかも手付かずの自然は恵の宝庫だ。そこから採取した巨木の樹液を何かに使えないかと調べてみたら、食用に向いていることが分かったのだ。
とはいえフィノの功績は巨木林の探索だけである。その後に創意工夫を凝らして商品化にこぎつけたのは村の皆の努力あってのことだ。
「これがあれば万年貧乏ともおさらばってこと! 村だってもう少し大きく出来るんじゃない?」
「国として興すならば資金繰りは一番の課題ではあるな。なにはともあれ、好調のようで一安心だ」
ほっと息を吐くレルフに、カルロは少しだけ表情を曇らせた。
「おじいちゃん、あまり背負い込ませるようなこと言わないでよ」
「あ、ああ……そうだった。悪気があったわけでは」
「ううん、だいじょうぶ」
この数か月の間でレルフの態度は随分と軟化した。
ハーフエルフのため、という目的は変わっていないがそれをフィノに強要することはなくなったのだ。
もっともこれはカルロが口酸っぱく言い続けてきた結果でもある。
「それで、フィノは何か聞きたいことはないの?」
「え?」
「気になってること、あるんじゃなあい?」
にやにやと笑みを浮かべるカルロにフィノは言葉に詰まる。図星だった。
「んぅっと……」
「実はね、お兄さんから伝言預かってるんだ。フィノに伝えてくれってね」
「お師匠から?」
「大事な話があるから近いうちに顔を見せろだってさ」
「だいじな話……」
それを聞いてフィノはまったく見当がつかなかった。
石版だってまだ解読できていないし、何の成果もあげていないのにユルグの元に行っていいものだろうか? でも大事な話があるというし……行くべきなのだろうか。
難しい顔をして悩んでいると、そんなフィノを見かねてカルロが立ち上がる。
「フィノ、少し付き合ってよ」
「……つきあうって?」
「いいからいいから!」
問答無用でフィノの腕を掴むとカルロは外に出た。
彼女が向かったのは、村のはずれ。人気のない木陰に腰を下ろすとそこで一息つく。
「部外者が居ちゃ、フィノの本当の気持ち聞けないからね。静かなところで話そう」
「……いいけど」
「ずばり、行くべきかどうか悩んでるでしょ?」
「うっ、」
「ミアにも言われたんだよ。フィノにお別れの言葉も言えなかったって。お兄さんよりもミアの方がフィノに会いたいって騒いでるんだから」
カルロの話を聞いて容易に情景が想像できる。
思えばミアはフィノのことを一番気にかけてくれていた。ユルグがいつも素っ気ないからかわいそう、なんて。そんなことを思われていたかもしれないけれど。
でも、そうであってもフィノにとっては嬉しいことに変わりはないのだ。
「誰にだって気遣いも遠慮もしなくていいよ。おじいちゃんはきっと止めるだろうけど、フィノがどうしたいか。自分の気持ちを優先したらいい」
「……うん」
「でもね。一応、老婆心からのお節介はするよ」
そう言ってカルロは話し出す。
「私たちは人間より寿命が長いからね。元気なうちに、会いたいときに会っておいた方がいい。いずれ会いたくても会えない時は来るんだから」
「……そうだね」
「フィノにはまだ分からないかもしれないけど、……長く生きているとこうすれば良かったって後悔する時が必ず来るんだ」
「それ、カルロも?」
「あー……うん」
少しだけ気まずそうに歯切れの悪い返答をする。それを気にしていると、カルロはぽつぽつと語ってくれた。
「私が後悔しているのは……カルラと喧嘩別れしちゃったことかな」
「カルラって、ユルグの師匠?」
「うん。あの時別れたっきり、一度も村には帰ってこなかった。お兄さんに会ってなかったら、きっと死んだことにも気づかなかったと思う」
それを聞いてフィノは意外だった。
彼女と初めて会った時、カルロは姉であるカルラの存在を快く思っていないような態度を取っていたのだ。とにかくとても怒っていた。
それが今は真逆のことを言っている。
「でも恨んではいないよ。彼女の決断は尊重してる。自分の力で未来を創ろうとしたんだ。この村の連中じゃ絶対出来ないことをやろうとした。それを馬鹿なことだって罵り続けることはもうしないよ」
今の話はカルロの本心なんだろう。ずっと秘めていたもので、誰にでも話せることじゃない。
打ち明けられた想いにフィノはどうするべきか。覚悟が決まった。
「だから、後悔しないうちに会いに行ってきなよ。本当は会いたくてたまらないんでしょ?」
ニヤニヤと笑うカルロに、フィノは恥ずかしくなり俯いた。
何から何まで筒抜けである。
「わかった。お師匠とミアのところにいってくる」
「そうこなくっちゃ! だったらすぐに準備して出発した方がいいね。おじいちゃんには私から言っておくから!」
「えっ、レルフ心配して」
「いーの、いいの! あんなジジイのことは放っておきな」
さあさあ、とカルロはフィノの背を押して急かす。
ユルグと別れてより未だ何も成せていないけれど、どうしてか。フィノの足取りは自分でも驚くほどに軽やかだった。




